【追悼】高倉健さん「最後の最後まで、最前線に現役として立っていた」

高倉健の遺作となった『あなたへ』

高倉健の遺作となった『あなたへ』

俳優という肩書きがしっくりくるひと

世代によって、あがる作品名はそれぞれだろう。だが、彼のことを「健さん」と呼ぶとき、ほとんどの日本人はほぼ同じイメージを共有している。それをたとえば「憧れ」と名づけてもよいかもしれない。

たしかに国民的な人気を誇った。しかし、スターや役者というより、俳優という肩書きがしっくりくるひとだった。きらびやかなわけでも、泥臭いわけでもなく、あくまでも端正な俳優という字面こそが、高倉健という実直な字の連なりにはふさわしい。

無骨で寡黙。そのような人物を演じることを観客は期待しつづけたし、その像にことさら抵抗も示さなかった。だが、決して安住はしていなかった。求められる「高倉健」をしっかり受けとめながら、常にその先の可能性をまさぐっていた。

たとえば『鉄道員(ぽっぽや)』(1999)で幽霊役の広末涼子と対峙した際の、実にナイーヴなたじろぎと揺らぎ。あるいは中国のチャン・イーモウと旧知の降旗康男の共同監督による『単騎、千里を走る。』(2005)終盤のビデオレターによるヘン顔の、形容不能の可笑しさ。遺作となった『あなたへ』(2012)では、ビートたけしや田中裕子、大滝秀治ら馴染みの面々と再共演するばかりでなく、綾瀬はるか、三浦貴大といった若手と顔を合わせることを自ら望んだ。とりわけ、草彅剛とのふたり芝居では、それまで見たことのなかった微細な表情を浮かべ、「これから」の展開を垣間見せた。

もっと、もっと。その姿勢が変わらなかったことは、作品の細部が証明している。高倉健は、最後の最後まで、最前線に現役として立っていた。わたしたちは、その誇りと共に、彼に憧れつづける。

(文:相田冬二)

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アーティスト情報

高倉健

生年月日1931年2月16日(83歳)
星座みずがめ座
出生地福岡県

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