今明かされる! 映画『フューリー』の字幕をめぐるもうひとつのバトル

(C)Norman Licensing, LLC 2014

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1945年、第二次世界大戦下ヨーロッパ戦線を舞台に、たった一台の戦車でドイツ大軍を相手に戦い抜いた、5人の兵士たちの絆を描く今冬最大の戦争アクション超大作『フューリー』が、11月28日(金)より全国超拡大公開中。
今回、字幕監修に全面的に協力したのは、浪江俊明氏。兵器や戦機について造詣が深い同氏が、その“もうひとつのバトル”に対する葛藤を披露。寄稿文が寄せられたのでこれを紹介したい。

『サブタイトル』の戦い(浪江俊明)

映画の字幕というと、その簡潔さゆえにやや無愛想に感じられるし、場合によっては言葉が足りないと思えるかもしれません。実際、字幕には特有の厳しい制約があるので、省略や妥協と言わざるを得ない部分があるのも否めません。
しかしそれは、少しでも多くの情報を盛り込み、場面にぴったり当てはまる表現を探し当てるべく、吟味に吟味を重ねた上でのことです。スクリーンの裏では、その映画により相応しい字幕を追求した、静かな戦いが繰り広げられています。

字幕は場面ごとのセリフに対応させるのはもちろんですが、1行に入れられる文字数は、画面が表示される時間に左右されます。真っ黒なバックから徐々に立ち上がるとか、シーンのつなぎ目でスパっと切り替わる、あるいは前のシーンからオーバーラップするのかによっても変わってきます。

さらに、表示される時間は同じでも、激しい動きや大きな音など、画面にインパクトのある場合は文字数を少なめに調整します。それらに注意が向くと、字幕を追いきれなくなる可能性があるからです。
そんなわけで、ひとつのセリフに4文字、5文字といった限られた文字数しか割当られないことも少なくありません。

字幕翻訳の松浦美奈さんは、このあたりの事情をシビアに勘案しながら、ベストな表現を求めて、何度も何度も検討を重ねています。プロフェッショナルらしい真摯な姿勢は、いくら強調してもしすぎることはないと思います。

『フューリー』は戦争を描いた作品なので、軍事や兵器に関する専門用語が頻出します。それも説明のセリフなど抜きにして、出演者の口はごく自然にその省略形を発します。
ただでさえミリタリー用語は長くなりがちだし、セリフ通りの意味を逐一説明しようとすると、どんどん文字数が増えてしまうので、これは困ったことです。そこで初出では訳語を出し、以後は原語そのままを活かすようなことをしています。

例えば“フューリー”は目標に応じて4種類の砲弾を撃ち分けています。
対戦車砲などに対しては、命中すると爆発して鋭い破片をまき散らす「榴弾」(りゅうだん)を使用します。原語はHE(High-Explosive)で、「高性能爆薬」の訳語もありますが、字幕では大戦中の陸軍も現在の陸上自衛隊も使っている用語としました(ちなみに、“榴”の字は、果物の“ザクロ”の弾けるさまからきています)。

ティーガーに対しては「徹甲弾」を射撃しています。これは文字通り、硬度の高い特殊鋼でできたムクの弾を高速で撃ち出し、力ずくで装甲板を貫くものです。原語はAP(Armor-Piercing)です(同じ“ピアス”でも、耳に開けるのと鋼板に穴を穿つのでは、ずいぶんイメージが違いますね)。

ティーガーへの目潰しとして、また建物のなかの敵に対しては白燐弾を撃ち込みました。白燐(黄燐とも)は、炸裂によって湿った空気や人体に触れると水分と反応して自然に燃え出し、濃密な白煙を発します。本来は発煙弾(煙幕)なのですが、作品ではむしろ焼夷弾としての効果が高いのが強調されています。白燐は猛毒であり、これを撃ち込まれたドイツ軍の戦闘日記にも、非人道的兵器だと憤っている記述を見ることができます。本来の呼称はWP(White-Phosphorus)ですが、アメリカ兵にもゴロが悪いのか、Willy Peteと俗称されました。映画でもウィリー・ピートと呼ばれています。

歩兵の集団に対しては「強炸薬弾」が使われます。榴弾の炸薬(炸裂させるための火薬)を増量して、いちだんと爆発力を高めたもので、“スーパーチャージ”と通称されました。これを「短延期信管」に切り替えて射撃しています。瞬発信管では砲弾が当たった瞬間に爆発しますが、このモードにして目標手前の地面を撃つと、地表で跳ねた砲弾が空中爆発することになります。地表での爆発では爆風と破片の半分は地面に吸収されるのに対して、空中爆発はそれらが全部の方向に広がり、より効力が大きくなるテクニックです。
(無粋なことをいうと、この砲弾は“ルーシー・スー”と“マーダー・インク”が装備する75mm砲の砲弾で、“フューリー”の76mm砲では撃てないのですが、そこは映画的な演出ということで・・・)

ちなみに照準を「0.8度上げ」というセリフは「Up fifteen」と言っています。軍隊では角度の単位としてミルmilを使っていて、円周を6400等分したときの中心角(1km先の幅1mのものを見たときの角度が相当)が1ミルとなります。砲術では360分割の「1度」では精度が荒すぎて使えないためですが、一般には「15ミル」こそ意味不明ですので、字幕では換算しています。
反対に「30口径」機銃、「50口径」機銃は、口径0.30インチ(7.62mm)と口径0.50インチ(12.7mm)のことですが、ここは数字の表記をそのまま使用しています。

所属や戦車のナンバーを表す用語も同様です。“フューリー”をはじめとする小隊(5両)は「L1-1」から「L1-5」のコードが割り振られていて、無線での呼び出しも“オールドフィリス”や“ルーシー・スー”などのニックネームではなく、これを使っています。意味するところは、「L中隊第1小隊の1号車」から「L中隊第1小隊の5号車」というわけです。「L1-6」は、この小隊の指揮官(小隊長)を意味していて、同じく「B-6」は「B中隊の指揮官(B中隊長)」のことです。これらは画面の勢いや緊迫感を活かすため、そのままにしています。いちいち訳してもあまり意味がないばかりか、雰囲気を損ないかねないという判断でした。

乗員どうしの会話については、チームメイトというよりは、むしろ疑似家族的な描き方を尊重して、当初からフランクな表現とする方針が選ばれました。戦争を描いた映画というと機械的に「小隊長殿、自分は○○なのであります」的な訳が当てられることが多いですが、本作では基本的にそうはしていません。そして、戦闘シーンなどでの要所では、いかにも軍隊調の命令やプロフェッショナルを感じさせる専門用語の号令を使っています。

また、いくら対等に見える間柄でも、階級はもちろん入隊や昇進の年次による差は厳然として存在します。かなり乱暴な口調で会話する場面でも、部下が上官を「お前」呼ばわりするのはありえず、そこは「あんた」とすることで敬意のニュアンスを込めています。

そうすることで、普段はリラックスした自然体ながらも、引き締めるべきときにはビシッと決める歴戦の兵隊らしさを演出しています。
もっとも、画面で描写されない部分では、よくもまあこんなに多くの罵詈雑言や卑猥な比喩の種類があったものだと感心するような会話の連続だったりします。当時の兵隊どうしの会話はそんなものかもしれませんが、そちらの分野の語彙が少ない日本語には翻訳不能かもしれません。

戦車を動かしたり、射撃を行なうための号令などでは、陸上自衛隊の戦車乗員を教育するための部隊である第1機甲教育隊に助力を得ました。「戦車、前進用意、前へ!」「後退用意、あとへ」「停止用意、とまれ」「砲手、射撃用意」「撃て」「発射」といった用語は、陸上自衛隊が実際に使っているものです。

陸自は“フューリー”と同型のM4A3E8シャーマンを1970年代末まで使っていました。それに、そもそもアメリカからの供与戦車でスタートした陸自の戦車部隊は、アメリカ軍のマニュアル(の翻訳)にも馴染みが深いですから、これは誰にとっても違和感が少ないはずです。なにより『フューリー』には、機甲教育隊の幹部自衛官をして「学生教育のための教材になるような乗員の描写をしている場面がある」と言わしめたほど。

これには、“ホンモノ”指向の映画である『フューリー』を、字幕の面でも本物に近づける橋渡しが少しはできたかな、とうれしくなりました。


映画『フューリー』
大ヒット公開中!

【ストーリー】
1945年4月、戦車“フューリー”を駆るウォーダディー(ブラッド・ピット)のチームに、戦闘経験の一切ない新兵ノーマン(ローガン・ラーマン)が配置された。新人のノーマンは、想像をはるかに超えた戦場の凄惨な現実を目の当たりにしていく。やがて行く先々に隠れ潜むドイツ軍の奇襲を切り抜け進軍する“フューリー”の乗員たちは、世界最強の独・ティーガー戦車との死闘、さらには敵の精鋭部隊300人をたった5人で迎え撃つという、絶望的なミッションに身を投じていくのだった……。

製作総指揮:ブラッド・ピット
脚本・監督:デヴィッド・エアー
出演:ブラッド・ピット、シャイア・ラブーフ、ローガン・ラーマン、マイケル・ペーニャ、ジョン・バーンサル
配給:KADOKAWA (C)Norman Licensing,LLC 2014

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