【レビュー】「戦争の愚かさ」や「正義とは何か」を改めて伝えてくれる、極めて重要な作品―『顔のないヒトラーたち』

(C)2014 Claussen+Wobke+PutzFilmproduktion GmbH / naked eye filmproduction GmbH & Co.KG

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我々が知るべきなのは、ニュルンベルク裁判だけではなかった。

第二次大戦の終結から70周年となる今年は、同大戦を題材にした映画が多く公開されている。その中でも筆者が特に感銘を受けた作品が、『ヒトラー 〜最期の12日間〜』(2004)でアカデミー賞外国語映画賞にノミネートされた経歴を持つドイツの名匠オリヴァー・ヒルシュビーゲル監督の最新作で、10月3日より全国公開中の、『顔のないヒトラーたち』だ。

本作の主人公は、若く聡明な検事のヨハン・ラドマン(アレクサンダー・フェーリング)。彼はある日、アウシュビッツ強制収容所の元親衛隊員(通称・SS)の男が、田舎町で教職に就いていることを知る。この一件をきっかけに、ヨハンは裁かれることなく、何事もなかったかのように戦後の社会へ溶け込んでいる元親衛隊員ら戦争犯罪者を捜索・逮捕していく。その結果ヨハンは、アウシュビッツ強制収容所で人体実験などの非人道的行為を繰り返し、「死の天使」と呼ばれた医師ヨーゼフ・メンゲレの存在を知り、彼を逮捕することに邁進(まいしん)するのだが…。

戦後ドイツで行われた戦争裁判では、ニュルンベルク裁判(1945~1946)が最も知られている。ニュルンベルク裁判は、ナチスのNO.2だったヘルマン・ゲーリングらを死刑台に送った裁判であり、後には『ニュールンベルグ裁判』としてバート・ランカスター主演で映画化もされている。しかしこの裁判は、「連合国がドイツに裁きを与えた」裁判でしかなかった。ドイツ国民が、ナチス、そしてナチスを支持した自国民たちが犯した過ちの重大さを本当の意味で知ることになったのは、1963年から1965年にかけて行われた、アウシュビッツ裁判でのことだった。

本作は、このアウシュビッツ裁判に至るまでの過程を描く。驚くべきことだが、事前にリサーチを重ねたヒルシュビーゲル監督曰く、当時のドイツ国民のほとんどはアウシュビッツで起こったことを知らなかったという。もちろん知っている人もいたが、彼らは固く口を閉ざしており、大半の国民は知りえなかったのだそうだ。本作はそうして、「歴史の闇に葬り去られようとしていた真実」を白日の下に晒すヨハンの姿を通じて、「罪に向き合うこと」の重要性を解き、第二次大戦という人類史上最悪の過ちに関わった全ての人、そして彼らの後世である我々に、「戦争の愚かさ」や「正義とは何か」を改めて伝えてくれる、極めて重要な作品と言える。

そんな本作で注目すべきは、メンゲレへの執着から、徐々に精神を蝕まれていくヨハンの姿だ。元先遣大隊の隊長を父に持つマレーネ(フリーデリーケ・べヒト)との婚約を経て、数々の元親衛隊員を逮捕し、全てが順調に見えたヨハンだったが、肝心のメンゲレは幻影のように掴みどころがなく、一向に逮捕することができない。いらだちを重ね、周囲やマレーネに当たってしまうヨハンが露呈する脆さや葛藤、その人間臭い姿は観客を強く引き込む。この人物描写の味わい深さこそ、ヒルシュビーゲル監督作品の魅力だ。そうして苦心に苦心を重ねた彼が勝ち得た「本当の正義」には、多くの鑑賞者が心を打たれることだろう。

戦後70周年という言葉は、それだけ平和が維持されてきたことを意味すると同時に、ある意味では第二次大戦とアウシュビッツという醜悪な過去が、忘却の彼方へと消えゆこうとしているようにも聞こえる。また今となっては、連合国・枢軸国に属していた国や、日本が原爆を落とされたこと、アウシュビッツ強制収容所があったという事実を知らない若年層がいるという話も聞く。本作がこうした状況を変え、若い世代に我々の先人たちが犯した「罪」を知ってもらうきっかけとなってくれることを祈るばかりだ。

(文:岸豊)


映画『顔のないヒトラーたち』
10月3日よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館 他全国順次ロードショー

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アーティスト情報

オリヴァー・ヒルシュビーゲル

生年月日1957年3月26日(61歳)
星座おひつじ座
出生地独・ハンブルグ

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