「この作品には、僕の中にある葛藤、そのすべてを反映させています」―『シーヴァス 王子さまになりたかった少年と負け犬だった闘犬の物語』カアン・ミュジデジ監督インタビュー

(C)COLOURED GIRAFFES

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昨年のヴェネツィア国際映画祭で審査員特別賞を受賞した『シーヴァス 王子さまになりたかった少年と負け犬だった闘犬の物語』。

友だちと遊んでも、なぜかノケ者になってしまう11歳の少年アスラン。好きな女の子もいるけれど、まったく相手にしてもらえない。クラスで上演することになった『白雪姫』では王子さまを演じたいのに、七人のこびと役。そんなアスランが小さな体いっぱいに悩み葛藤し、負け犬のシーヴァスと共にトルコの闘犬チャンピオンをめざす。

といっても、少年と犬のハートウォーミングな物語という言葉では決して括れないのが、この作品の面白さ。トルコ出身のカアン・ミュジデジ監督の長編デビュー作である本作は、監督の故郷であるトルコ・アナトリア地方の骨太なリアリティが感じられ、大人の観客をも引き込む迫力に満ちている。この映画を監督に撮らせたのは、いったいどんな思いなのだろう。

少年の葛藤の向こうに描かれているもの

―まず、この映画は闘犬がモチーフになっています。そこに着目したのは?

「マジョリティ(多数派)として社会を支配する男たちの暴力性を描くのに、闘犬はぴったりだと思ったんです。闘犬はトルコでは違法なんですよ。だから、裏社会に通じる友人に頼んで、この映画のためにリサーチさせてもらいました。その模様は『Fathers & Sons』というドキュメンタリーになっています」

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―舞台は、監督の故郷であるアナトリア地方。封建的な社会だそうですが、映画からは古くからの常識や風習に縛られた男社会の生きづらさが伝わってきます。

「そういう社会なんですね。けれど、これはトルコに限ったことじゃないと思うんです。どの社会でもマジョリティがいて、その人たちが社会を支配し、マイノリティ(少数派)が問題を抱えてしまう。アメリカなら白人の人たちがそうだろうし、それぞれの社会でのマジョリティがいるわけです。それがトルコのこの地域では男性たちで、その男たち独特の村社会に、この映画は焦点を当てているんです」

―そういった社会の中で、主人公の少年アスランが抱える感情は、友だちに相手にしてもらえなかったり、好きな女の子に振り向いてもらえなかったり、父親や兄弟にちょっと雑な扱いを受けたり……国境を越えて誰もが共感できるようなものだと思うんです。けれど、年の離れた兄や父親、先生や闘犬を通じて出会う大人たち……11歳のアスランをとりまく大人の男性たちに、そうした村社会独特の雰囲気が感じられる。その結果、小さな体いっぱいに大人たちに抵抗するアスランの姿が、社会の因習と闘っているようにも見えるのですが、そこには監督自身が社会の中で感じてきた葛藤が表れているんでしょうか。

「その葛藤に気づいてもらえて、うれしいです。この作品には、僕の中にある葛藤、そのすべてを反映させています。様々なキャラクターが出てきますが、いい人物にも悪い人物にも僕自身のどこかが反映されています。この映画がちゃんと出来ているとしたら、観客の受けを狙ったりせず、自分の中の葛藤と向き合いながら撮った作品だからかもしれません」

大人も子どもも動物たちもみんな同じ目の高さで

―アスランを演じた少年は、まったくの素人だそうですね。

「そうです。この映画のために100人以上の子どもたちと会い、30人の子どもたちに絞ってワークショップを開き、徐々に絞り込んでいきました。その中で、アスランを演じたドアン・イズジに決めたのは、ゲームをやらせる度に、いつも負けていたんです。彼は子どもたちの中でいちばん小さかったんですね。負ける度にすごく悔しがっていて、体が小さいことにコンプレックスを感じていた。そんな彼の心に惹かれました」

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―アスランだけでなく、闘犬のシーヴァスからも葛藤が感じられます。特に闘いに負けそうになる時のシーヴァスの表情がとても豊かで、どこか大人の男性の苦悩のようにも見える。動物たちの撮り方が他の映画と明らかに違いますが、そういう撮り方は意識されているんですか?

「この映画では、犬には犬と同じ目の高さで、子どもには子どもと同じ目の高さで向き合っています。子どもや動物に対して、上から目線で可愛がるのが、僕は好きじゃないんですね。子どもにも大人にも動物である犬にも、すべて同等に接したいし、そういう風に撮っています。だからこそ、主人公の少年をアスラン(ライオン)という名前にしたんです。人間は、この世界を自分のものと思っているけれど、それは危険な考え方なんじゃないかと思うんですよ」

―つまり、人間が地球上のマジョリティになっていると?

「そうですね。地球上で人間がマジョリティのように勘違いしてしまうのは、こわいことだと思います。ある世界のマジョリティになると、人間は自分たちだけの変なルールや常識を作ろうとする。この映画はそういうことに疑問を投げかけているんです」

これまでの作品と今後の展開について

―監督は、映画を学ぶため、2003年にトルコからベルリンに移住したそうですね。その後、アンディ・ウォーホールのジャケットについての短編『The Day of German Unity』(10)、ニューヨーク・フィルム・アカデミーの卒業制作で撮った「トムとジェリー」がモチーフの短編『Jerry』(11)、本作のための闘犬のリサーチを収めた短編ドキュメンタリー『Fathers and Sons』を手掛け、今回の長編デビュー作『シーヴァス』に至ります。これまでの作品について、監督自身で共通性を感じているのは、どんなところですか?

「まず、先ほどお話しましたが、どの作品も僕自身から出来ている、僕の一部のようなところがあります。そして、動物がモチーフになっているのも共通点です。動物たちを観ていると、人間と同じような感情や心理が感じ取れる。人間の感情のより本能的な部分が、動物たちを通すことで、さらに伝えられると思うんです」

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―もともと物理学を専攻していたそうですね。そこから映画の道に入られたのは?

「僕の中にいろいろ葛藤があって、自分のおかれた社会のさまざまなことを受け止めきれなくなっていたんですね。それが映画を撮ることで昇華されたんです。映画を撮っていなかったら、今頃、道を外れていたかもしれません(笑)」

―次回作は、東京が舞台ですね。実写とアニメが融合した『イグアナトーキョー』。また動物が出てきます。

「大きなイグアナが部屋の中にいる、ある家族の物語です。父親、母親、息子の関係をそれぞれの視点から描くのですが、その奇妙な関係性をイグアナが見つめている、そんなイメージです。日本は島国ですよね。外からも入りにくいし、中からも出にくい。だからこそ、この物語を東京で撮りたいと思いました。『シーヴァス』では、アスランが外の世界に目を向けて、外の世界に葛藤を抱きます。『イグアナトーキョー』はその逆で、家庭内の世界を内に向かって見つめていきたいと思っています」

現在は故郷を離れ、ドイツ・ベルリンの若者の街クロイツベルクで暮らすカアン・ミュジデジ監督。この作品のプロデューサーでもある実弟のヤーシン・ミュジデジと共に、カフェ・バーLuziaやコンセプト・ファッション・ストアVooを経営するなど、幼い頃とはまったく違った毎日を送っている。

だからこそ、故郷の村を舞台にしたこの作品には、そこで育った人にしか描けない清濁あわせ呑む力強さと幼い頃を想う懐かしさの両方が感じられるのかもしれない。作家個人の思いに端を発した映画の、一筋縄では語れない勢いを感じさせる作品。自分の中に描きたいテーマが息づく監督の次回作に、早くも期待が募る。

(取材・文:多賀谷浩子)


映画『シーヴァス 王子さまになりたかった少年と負け犬だった闘犬の物語』
10月24日よりユーロスペースほかにて公開

監督・脚本:カアン・ミュジデジ(長編第一回監督作品)
撮影:アルミン・ディエロフ、マルティン・ホグスネス・ソルヴァング
照明:エルシン・アルデミル 音楽:サメット・ユルマズ
出演:ドアン・イズジ、ムッタリップ・ミュジデジ、オカン・アヴジュ、パーヌ・フォトジャン、チャキル(シーヴゥス)
2014年トルコ・ドイツ合作映画│トルコ語│97分│1:2.35 シネマスコープ│DCP

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