「鍵穴から『ゾンダーコマンド』の世界を覗いてみたというイメージの作品」―『サウルの息子』(15) ネメシュ・ラースロー監督来日記者会見レポート

 

ネメシュ・ラースロー監督

第68回カンヌ国際映画祭でグランプリに輝いた『サウルの息子』で長篇映画デビューを果たしたハンガリーの新鋭ネメシュ・ラースロー監督が、駐日ハンガリー大使館で来日記者会見を行った。

MCの呼びかけと拍手に続いて、ネメシュ・ラースロー監督とセルダヘイ・イシュトヴァーン 駐日ハンガリー特命全権大使が入場。まずは全権大使が、「20世紀以降、ハンガリー映画は非常に新しい表現の力を世界に発揮してきました。私の隣に座っている若き天才の作品は、ハンガリーの歴史を回想する上で絶対に忘れてはならない出来事を、新たな表現を用いて世界に紹介したことで非常に高く評価されており、大変嬉しく思っています。日本の皆さんにも、本作を通じてハンガリーの歴史と芸術をより深く理解していただけることを期待しています」と挨拶。

 

左から、セルダヘイ・イシュトヴァーン 駐日ハンガリー特命全権大使、ネメシュ・ラースロー監督

ラーシュロー監督は「皆さんとお会い出来て大変嬉しく思います。今回は短い滞在で、日本の伝統や文化に触れる機会がないので、またいつか戻ってきたいと思っています。感触としては、本日はインタビューを受けたり、会見にもこれだけ多くのマスコミの方に来ていただいているので、本作を日本の方々にも理解していただけるのではないか、受け入れてもらえるのではないかという期待を寄せていますし、手応えも感じています」と初来日の印象を語った。

全権大使の退席後に、監督とマスコミの質疑応答がスタート。まず初めに、アウシュヴィッツを描くには様々な切り口がある中で、「ゾンダーコマンド」(アウシュヴィッツ強制収容所でユダヤ人の誘導と死体処理の任務を任された部隊)をモチーフにした理由を問われたラーシュロー監督は、「アウシュヴィッツという題材は色々な方々によって映画化されてきましたが、それはアウシュヴィッツが象徴的な出来事だったからだと思います。何を象徴しているかというと、いわゆる文明社会が自分自身を破壊に導いてしまう性質を持っているということです。この文明社会が孕む自己破壊願望を体感するための案内役になっているのが、本作で描いた『ゾンダーコマンド』なのです。『ゾンダーコマンド』を題材に選んだ理由のひとつは、『ゾンダーコマンド』そのものが社会的にあまり認知されていないことでした。もうひとつは、強制収容所という地獄において存在を許された人々である彼らが感じる精神的な痛み、つまり『ゾンダーコマンド』がどのように苦しみ、そして何を思って、どのように生きていたのか。彼らに何ができるのかといったことを伝えたいと思ったのです」と答えた。

 

 

続いて、サウルが「ゾンダーコマンド」に選ばれた瞬間や、その後の時間を敢えて描かなかった理由について質問が飛ぶと、「本作は、『ゾンダーコマンド』のとある1日半を描いた作品で、鍵穴から『ゾンダーコマンド』の世界を覗いてみたというイメージの作品なのです。全てを描き切ってしまうと、全体的にメッセージ性が弱くなると思いましたし、全てを伝え切れるだけの時間や余裕はなく、全てを消化することができる鑑賞者も存在しないと思います。なので、寧ろ一部分だけを切り取って、1日半でサウルがどのようなことを想い行動したのかに焦点を当てることによって、彼の気持ちをより深く描くことができるのではないかと思い、余計な部分は省いたのです」と回答。

 

© 2015 Laokoon Filmgrou 

また、多人種に渡る俳優を起用した意図については、「アウシュヴィッツはある種のバベルなのです。多様な国の人々が、多様な言語で、『自分がどこにいるのか』を把握しようと試みるも把握できない。劇中ではおよそ8カ国語が飛び交っていますが、これらの言語を字幕にしてしまうと全てが理解できてしまいます。そうではなく、例えばハンガリー人が観た時には、この言葉は理解できるけど、この言葉は理解できない。外国語をしゃべっていることはわかるけど、内容は理解できない。こうした微妙であやふやな、濃霧を歩くような不安感、混沌を表現したかったのです」と解説した。

日本でも問題になっている歴史の継承、歴史認識の問題については、「先程も申し上げた通り、文明社会は破壊本能を持っています。これを常に意識していれば、(歴史を)忘れるということも1つの選択になるかもしれませんが、現在の文明は、(歴史を)忘れてもいいと言えるほどには成熟していないと思います。歴史を学んで見つめ直すことで、安心して未来に向かって歩いていけるのではないでしょうか。現在は、負の遺産としての歴史を、人類が忘れずに1つのトラウマとして抱えていくことによって、自滅せずにいられるという状態にあると思います。アウシュヴィッツに限ったことではなく、それぞれの民族が、それぞれの負の遺産を忘れてはならないのです」と持論を展開。

 

© 2015 Laokoon Filmgrou 

作品についての質問から離れ、そもそもどういった経緯で映画監督になったのかについては、「私にとって、映画の世界は遠いものではありませんでした。というのも、家族の中に映画に携わっていた者がいたのです。幼い頃は、映画のセットやカメラを見てワクワクしていました。ですから、ある日突然『監督になろう』『映画を撮ろう』と思ったのではなく、幼少期から15年、あるいは20年をかけて、映画の世界に入ってみたいという意思が固まっていき、準備を重ね、自分だったらどういった映画を撮るかと自問自答していきました。それでも、『本当に自分には才能があるのか』と半信半疑でしたし、あまり自信もありませんでした。しかし、半生を振り返った上で、少なくとも言えるのは、常に映画には興味を持っていましたし、映画の世界にどのようにして関わっていけるのかということを、小さい頃から考えていました」と明かした。

『倫敦から来た男』で助監督を務めたタル・ベーラ監督については、「師事したのは偶然で、めぐり合わせが良かったのです。彼の助監督を務めることによって、色々なことを吸収できました。私の持論と言ってしまうと語弊がありますが、学校で映画を勉強するのも1つの方法ですが、いい師匠に出会い、弟子として(師匠の技術を)どれだけ吸収するか、そして何を吸収するのかが、映画監督の人生を左右することになると思います。私にとっては、師匠として尊敬できるタル・ベーラに出会えたことは非常に幸運でした」と語った。

【ネメシュ・ラースロー監督】
1977年に、ハンガリーのブダペストで舞台演出家と教授の両親のもとに生まれる。子供時代と青年時代をパリで過ごす中で、パリ政治学院とパリ第3大学で映画を学ぶ。2003年にブタペストへ戻り、タル・ベーラ監督に師事し、『倫敦から来た男』(07)で助監督を務める。長篇デビュー作となった本作で、第68回カンヌ国際映画祭のグランプリに輝いた。

【STORY】
主人公のサウル(ルーリグ・ゲーザ)は、アウシュヴィッツ強制収容所でユダヤ人の誘導と死体処理の任務を任された部隊「ゾンダーコマンド」の一員。ある日サウルは、ガス室から奇跡的に生還しながらも、無残に殺された息子とおぼしき少年を発見する。少年をユダヤ教式の土葬で葬ってやりたいと考えたサウルは、遺体を回収し、ユダヤ教の司教:ラビを探し回るのだが…

(取材・文:岸豊)


映画『サウルの息子』

2016年1月23日(土)より 新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国ロードショー

監督:ネメシュ・ラースロー

脚本:ネメシュ・ラースロー、クララ・ロワイエ

主演:ルーリグ・ゲーザ

2015年/ハンガリー/カラー/107分/スタンダード

配給:ファインフィルムズ

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