「現代の日本にも通じる」―映画『サウルの息子』(15)公開直前トークイベントで、堀潤と橋本一径がアウシュビッツを語る!

 

議論を交わした堀潤氏と橋本一径氏

ハンガリーの新鋭ネメシュ・ラースロー監督の長篇デビュー作で、1月23日より全国公開を迎える映画『サウルの息子』。その公開を前に、ジャーナリストの堀潤氏と、早稲田大学文学学術院准教授の橋本一径氏がトークイベントを行い、アウシュビッツで一体何が起こっていたのかについて議論を交わした。

© 2015 Laokoon Filmgrou

『サウルの息子』より © 2015 Laokoon Filmgrou

『サウルの息子』は、アウシュビッツ強制収容所でユダヤ人の死体処理に従事した部隊「ゾンダーコマンド」の一員である男が、息子と思しき少年の遺体を発見したことをきっかけに始まる1日半を描いた作品。今回のトークイベントは、「ゾンダーコマンド」を取り上げた書籍『イメージ、それでもなお アウシュヴィッツからもぎ取られた四枚の写真』(ジョルジュ・ディディ=ユベルマン著)を訳書したことで知られる橋本氏が、同著で扱われた4枚の写真(本作の監督を務めたラーシュロー監督も、この4枚の写真に大きく影響を受けたという)を用いながら当時の状況を解説し、それに堀氏が質問をするという形式で行われた。

一見すると、何を撮っているのかわからない写真。

一見すると、何を撮っているのかわからない写真。

橋本氏は、アレックスという名のギリシャ系ユダヤ人とされる男が撮影したこの4枚の写真は、存在していることに意味があると言う。というのも、言うまでもなく収容者に対する監視体制は厳しく敷かれていたため、アウシュビッツで写真を取ることはほぼ不可能だったからだ。ナチス側がプロパガンダ的に撮った写真は残っているが、収容者が撮った写真はこの4枚しか現存していないそう。

ガス室の扉から撮った写真。死体が燃やされているのが分かる。

ガス室の扉から撮ったとされる写真。死体が燃やされているのが分かる。

ドイツ文学科出身でナチスについて卒論を書いたという堀氏は、現地での聞き取り調査などを通じて、一般的なドイツ国民がアウシュビッツの状況を全く知らなかったことを学んだという。これを受けて橋本氏は、当時のドイツ人がアウシュビッツについて「知らなかった」ことと共に、「知ろうとしなかった」ことが問題だったとも指摘した。

連行されていく人々を捉えた写真。

連行されていく人々を捉えた写真。

堀氏はアウシュビッツなどの歴史的な事柄について、「その後」に明らかになる写真などの証拠は、プロパガンダ的な要素も含むため、検証が難しいことにも触れた。これについて橋本氏は、女性が映った写真を示しながら、収容者が女性であることを強調するために、顔の輪郭や胸部を強調するという修正が為されたこともあったと解説。また、一見すると何を映しているのかわからない、不明瞭で不鮮明な写真にこそ、落ち着いてカメラを構えられず、不鮮明な写真を撮っていたという収容者の厳しい状況が如実に物語られているとも付け加えた。

写真と共に捨てられていた手紙。アウシュビッツの現状を伝えてほしいという願いと、「フィルムを送ってほしい」とも書かれている。

一枚の手紙を映した写真。「アウシュビッツの現状を伝えてほしい」「フィルムを送ってほしい」といった願いが書かれている。

橋本氏は、自身が翻訳したユベルマンに反論した、クロード・ランズマンによるドキュメンタリー映画『SHOAH ショア』(85)についても言及。アウシュビッツに関わったあらゆる人々の証言が淡々と語られていくという構成の同作は、9時間半という長さでありながら、意外にもストーリー性に満ちている魅力的な作品であると批評。そして、人の証言という要素のみでアウシュビッツを再構築したランズマンは、ユベルマンとは異なり、「アウシュビッツを写真や映像で描くことは不可能で、ただただ証言を用いることでこそ、その真実に達しうると主張した」と二者間の表現方法の差異についても言及した。また、日本が南京大虐殺について中国と論争していることに触れ、ユベルマンやランズマンが事実を踏まえた上で表現について論争していることに対し、日本は事実があったか否かについての論争しかしていないため、レベルが違う(低い)ともコメント。

堀氏は昨夏、アメリカのネバダ州とカリフォルニア州の間に位置する、日系人を対象にした収容所を訪れたそう。現在この収容所は米国によって運営されており、収容者の子供や孫が訪れると、記録されている詳細なデータを提供してもらえることなどに触れ、その設備性の高さに感銘を受けたという。一方で日本については、国立の戦争資料館・戦争研究機関が存在しないことを指摘し、戦争認識に対する意識の低さをチクリと刺した。

日系人を対象とした収容所を訪れたという堀氏

日系人を対象とした収容所を訪れたという堀氏

橋本氏によると、現在も健在のユベルマンは、本作を高く評価しているという。そして、「想像力に依拠する表現」が自己満足なのではないかというランズマンの主張に対して、映像表現としての本作が、アウシュビッツの真実に到達する一つの手段になりうることを証明したことで、本作がユベルマンとランズマンの論争に対する、一つの答えになったのではないかと結論付けた。

会場に集まった観客からの質問コーナーで、アウシュビッツを研究する中で印象に残った事柄について訊かれた橋本氏は、ゾンダーコマンドがガス室で生き残った少女を銃殺したエピソードなどが収録されたプリモ・レーニンの書籍が印象的だったと回答。

橋本氏

ベルマンやランズマンにも言及して解説した橋本氏

2人の賢人が1時間ほどにわたって繰り広げた議論には、会場に詰めかけた映画ファン、そして歴史に関心のある人々も大きく頷いていた。最後には、「無関心を装うことで感情を無くし、虐殺に加担していく大衆心理が非常に怖い。ユダヤ人虐殺ほどの規模ではないにしろ、人々が日常の生活を維持することで精一杯になり、あらゆる社会問題に対して当事者性を持つことなく無関心であることは共通するテーマだと思う。本作から学ぶ事柄は、必ずしも、特異な歴史上の悲劇ではないということを胸に刻むべき」(堀氏)、「時代的にも距離的にも、遠い話ではない。現代の日本にも通じることだと意識して鑑賞してほしい」(橋本氏)と両名が総括し、トークイベントは幕を閉じた。

(取材・文:岸豊)


映画『サウルの息子』

1月23日(土)より 新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国ロードショー

監督:ネメシュ・ラースロー

脚本:ネメシュ・ラースロー、クララ・ロワイエ

主演:ルーリグ・ゲーザ

2015年/ハンガリー/カラー/107分/スタンダード

配給:ファインフィルムズ

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アーティスト情報

堀潤

生年月日1977年7月9日(41歳)
星座かに座
出生地兵庫県

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