【レビュー】『オデッセイ』―絶望的な状況でこそ光る、ユーモアの力。

 

(c) 2015 Twentieth Century Fox Film Corporation. All Rights Reserved

今までにない、サバイバル・エンタテイメント

2011年、ある男がネット上に公開した小説が話題を呼んだ。そのストーリーは、宇宙飛行士の男が火星の調査中に事故に遇って救出不可能(=死んだ)と判断された結果、一人ぼっちで火星に取り残されてしまうというもの。元コンピューター・プログラマーのアンディ・ウィアーが書いた小説の名は、“MARTIAN”、直訳すれば、火星人だ。この前代未聞な小説を、巨匠リドリー・スコットが名優マット・デイモンを主演に迎えて実写化したのが、2月5日に公開を迎えた映画『オデッセイ』である。

物語は火星で幕を開ける。植物学者で宇宙飛行士のマーク・ワトニー(マット・デイモン)は、メリッサ(ジェシカ・チャスティン)らクルーと共に火星の調査を行っていた。しかし、大規模な嵐が襲来して調査は中断に追い込まれ、ワトニーたちは直ちに避難を開始する。その時、突風に飛ばされたアンテナの断片がワトニーに直撃し、彼は彼方に吹っ飛ばされてしまう。クルーたちはワトニーを必至で捜索したが、嵐の影響で見つけることができず、「ワトニーは死んだ」と判断して帰投する。

ところが、ワトニーは生きていた。火星に一人ぼっちで置き去りにされたという厳し過ぎる現実に打ちひしがれるワトニーだったが、彼は自身が持つ植物学と科学の知識を駆使して、食料と通信を確保することに成功する…。

 

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近年では、宇宙空間での苦境を乗り越える女性飛行士の姿を描いた『ゼログラビティ』(13)や、黒人差別を生き抜いた男の実話を描いた『それでも夜は明ける』(13)、ネイビー・シールズの隊員マーカス・ラトレルが経験した「レッド・ウィング作戦」に基づく『ローン・サバイバー』(13)、「マースク・アラバマ号」乗っ取り事件についての『キャプテン・フィリップス』(13)など、上質なサバイバル映画が製作され、アカデミー賞を席巻してきた。しかし、本作はこれらの作品に決定的に欠けていた「ある要素」を持つが故に、これらの作品と一線を画す、新たなサバイバル映画として成立している。その要素とは、劇中で主人公のワトニーが見せ続けるユーモアだ。

絶望的な状況に置かれた人間は、笑えるジョークよりも生き抜く方法を最優先に思考するが、人にのみ与えられたユーモアを失えばこそ、人は真の絶望に苦しむことになる。ワトニーはその理を知っているからこそ、常にユーモアを欠かさない。失敗した実験も、ログに笑い話として記録する。自身の救出に関わる重要な写真を取る瞬間でも、おどけてみせる。全世界に発信されているNASAとのやり取りでも、わざと放送禁止用語を乱発して文句を言う。そして、宇宙空間に放り出された時も、張り詰めた緊張感を和らげるジョークを飛ばす。彼はこうして、危機的な状況に絶えず笑いを生み出すことによって、自身のみならず、助けようと奮闘している人々にも、苦境を乗り越えるパワーを与える。

本作がユーモアを主眼に置いているのに対して、先述の作品群では、一貫してサバイバルにおける緊張感が強調されていた。もちろん、サバイバル映画において緊張感を演出するのは正しいことだが、本作は緊張だけでなく、それを壊す緩和(ユーモア)が付与されることによって、今までのサバイバル映画にない、斬新な空気を帯びている。これに関して、ユーモアの色が強くなりすぎるとサバイバルの緊張感が希薄化してしまう懸念もあったはずだが、そこは名優マット・デイモンの腕の見せどころ。コメディからサスペンスまで百戦錬磨の演技力で、ストーリーにおける緊張感とユーモアを両立させている。

 

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サバイバル映画としての本作における、ワトニーのユーモアとポジティブさは斬新で素晴らしい。だが、SF作品の場合は、科学的根拠に基づくこと、つまりリアリティも要求される。本作の場合はどうか?

まず、冒頭で起こる砂嵐について、火星の大気密度は地球のそれの1%ほどなので、その強さは地球のそよ風に等しく、アンテナやワトニーを吹き飛ばす程の力は持ちえない(これについてはウィアー自身がインタビューで認めている)。また、高い数値を示す火星における放射線から、ワトニーがいかに身を守っているのかについて何も説明がないのも問題だろう。一方で、ワトニーが劇中で見せる「宇宙農業」は、極めてリアルだと称賛の声が上がっている。実際に、NASAとユタ州立大学は火星の土を使用して作物を育てる研究を行ってきたし、国際宇宙ステーションでも同様の試みがなされ、一定の成果もあげている。ただ、火星における光量は農業を行うには絶対的に不足しており、劇中でその解決策が提示されていないのは引っかかるところだ。

つまり、本作も従来のSF映画と同様に、科学的に正しい部分と、正しくない部分が共存している。本作におけるリアリティに関しては、他の場面も含めると、「ある」部分よりも「ない」部分の面積のほうが大きく感じられるかもしれない。しかし、だからと言って本作をリアリティに欠ける映画として断罪するのは些か浅薄だ。シーンの見栄えなどを考慮した上で、作劇(フィクション)とリアリティのバランスを取ったと言うのが妥当だし、先述したユーモアに満ちたワトニーの姿がリアリティの問題を補い、本作を感動的な物語として成立させているのは否定しようがない。

 

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ユーモアよりも緊張感の割合が濃くなっていく終盤、生き残ることを諦めずに戦い続けるワトニーの姿に象徴される、美しい生命賛歌にカタルシスを得ることは筆者が保証する。ユーモアというサバイバル映画に欠けがちな要素を主軸に据えつつ、リアリティとフィクションのバランスを取った本作は、近年のSF、そしてサバイバル映画において、際立った個性を確立することに成功した。原作者のウィアーは勿論、主演を務めたデイモン、そして御年78歳にして本作を纏め上げたスコット監督は、称賛を受けるに値するだろう。

(文:岸豊)


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アーティスト情報

マット・デイモン

生年月日1970年10月8日(47歳)
星座てんびん座
出生地

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ジェシカ・チャスティン

生年月日1977年3月24日(41歳)
星座おひつじ座
出生地米・カリフォルニア・サクラメント

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