【レビュー】『キャロル』―時代に翻弄された美しき愛の物語

(C)NUMBER 9 FILMS (CAROL) LIMITED / CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION 2014 ALL RIGHTS RESERVED

映画『キャロル』より (C)NUMBER 9 FILMS (CAROL) LIMITED / CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION 2014 ALL RIGHTS RESERVED

史上最高に美しいラブシーンは必見

『見知らぬ乗客』(アルフレッド・ヒッチコック監督が映画化)や『太陽がいっぱい』(後にルネ・クレマン監督がアラン・ドロン主演で映画化)などの名作小説で知られる作家のパトリシア・ハイスミスは、かつてデパートの店員だった。1948年のある日、人形売り場で働いていたハイスミスの元に、ブロンドヘアーでミンクのコートを身に纏った女性が現れ、人形を買った。その時、ハイスミスの頭の中に物語が浮かび上がり、ハイスミスは同日に8ページにわたるプロットを執筆した(生前のインタビューより)。その後、1952年に"The Price of Salt"として発売されたこの小説(後に“Carol”として再発売、日本では『キャロル』として発売)は、女性同士の恋愛を当時の「形式」とは異なる形で描いたことによって、同性愛者から絶大な支持を集め、ハイスミスの文学界における地位を確固たるものにした。『エデンより彼方に』で知られるトッド・ヘインズ監督の最新作で、2月12日に公開を迎えた映画『キャロル』は、この小説に基づくラブストーリーだ。

物語は、1952年のクリスマスを迎えたニューヨークで幕を開ける。デパートのおもちゃ売り場で働くテレーズ(ルーニー・マーラ)は、娘のために人形を買いに来たキャロル(ケイト・ブランシェット)という夫人と、ひょんなことから親しくなる。互いの家を訪問し合う友人となった2人だったが、テレーズは恋人と、キャロルは離婚を決めた夫との関係に悩んでいた。そんなある日、キャロルの夫が娘のリンディの単独親権を要求し、キャロルはリンディと引き離されてしまう。その悲しみから逃れるように、キャロルはテレーズを連れて西へ旅立つのだが、2人の関係は友人から恋人へと変わっていき…。

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本作について語る上では、50年代のアメリカについて触れておく必要があるだろう。当時のアメリカは、マッカーシー(反共政策“マッカーシズム”で知られた政治家)やトルーマン(第33代米国大統領で、日本への原爆投下を許可した張本人とされる)といった圧制者による社会的な弾圧が激しい、いわば「不安の時代」の中にあった。同性愛に関しては、1950年にはロサンゼルスで史上初の同性愛者による組織“Mattachine Society”が設立され、1951年にはドナルド・ウェブスター・コリーの“The Homosexual in America: A Subjective Approach.”(同性愛研究にまつわる本で最も重要な1冊と言われている)が発売されるなどの社会的前進も見られた。

だが、偏見と差別の矛先は一般レベルから政府に至るまで広く及んでいた。文学界や映画界では、同性愛者のキャラクターが、極端に悲劇的な運命(その多くが死)をたどることが暗黙の了解となっていた(この表現規制こそが、冒頭で記した「形式」である)。また、劇中でもその名前に言及があるが、1953年には、トルーマンの後任であるアイゼンハワー大統領の「大統領令10450号」によって、性倒錯者(=同性愛者)と判断された政府関係職員が大勢追放された。あるいは、ハイスミスが『見知らぬ乗客』を出版した大手出版社“Harper Brothers”に"The Price of Salt"の出版を拒否され、別の出版社からペンネームを使って出版したという裏話からも、当時の同性愛者に対する偏見の強さが伺える。こうした厳しい時代において、ハイスミスはテレーズとキャロルの純愛を、それまで義務づけられていた「形式」を用いずに描きあげ、偏見と差別から隠れて生きる同性愛者たちに、人を愛する希望を与えた。つまり"The Price of Salt"は、歴史を変えたレズビアン小説だったのだ。

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この極めて魅力的かつ歴史的な小説の映画化において求められるのは、テレーズとキャロルの姿に真実味を与える2名の女優だ。本作でテレーズを演じたマーラと、キャロルを演じたブランシェットは、各々が持つ魅力と類稀な演技力を存分に発揮することによって、その要求に応えている。『ソーシャル・ネットワーク』ではマーク・ザッカ―バーグのガールフレンド、『ドラゴン・タトゥーの女』ではパンクな服装に身を包む天才ハッカー、『サイド・エフェクト』ではサイコパスな人妻と、演じるキャラクターのふり幅が広いマーラは、本作で繊細な女性としてのテレーズを見事に演じた。テレーズは一流のデパートで職を得ており、優しい恋人にも恵まれている。しかし、彼女はどこか満たされておらず、その胸の内に秘められた言いようのない空虚は、恋人でも埋めることができない。元よりそこはかとない儚さを感じさせるマーラは、テレーズのキャラクターと見事にシンクロしており、その親和性の高さは、テレーズは彼女が演じるために生まれたキャラクターなのではないかと感じさせる。キャロルにだけ見せる、儚さを湛えた美しい笑顔も印象的だ。

かつて『ブルー・ジャスミン』でオスカーの主演女優賞を獲得したブランシェットも、流石の名演を見せている。ブランシェットが扮するキャロルは、抜群のプロポーションと色気、そして身に纏った気品によって、一見すると完璧な夫人に思える。しかしその実は、夫の支配に喘ぐ、脆く弱い女性だ。母親としてのキャロルは、リンディのことを考えて、テレーズへの愛情を殺し、夫との暮らしを耐えることが最善なのかもしれない。けれども、キャロルはその自己犠牲を全うすることができず、テレーズへの愛に溺れていく。その美貌によって形成される「完璧なイメージ」とは裏腹な、生々しい「人間的な脆さ」が露呈されることによって、鑑賞者はキャロルに共感を抱き、感情移入することができる。抑揚の効いた感情表現で複雑なキャロルの心情を表現しきったブランシェットには、「ブラボー」という言葉を贈りたい。

(C)NUMBER 9 FILMS (CAROL) LIMITED / CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION 2014 ALL RIGHTS RESERVED

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名女優2人の演技が光る本作最大の見どころは、テレーズとキャロルのラブシーンだ。抱きしめると折れてしまいそうなテレーズの儚さと、テレーズを優しく包み込むキャロルの優しい愛撫が織りなすセックスは、見た目の美しさに加えて、ある種の神聖さが宿っていることで、より一層に美しく見える。これまでの筆者の映画人生を振り返っても、これほど印象深く、美しいラブシーンを含む映画は存在しなかった。

物語が後半に差し掛かると、テレーズとキャロルは厳しい現実に直面する。彼女たちの愛は不変でありながら、互いの幸せのために2人は距離を置いてしまうのだ(劇中で描かれる離別の原因は、ハイスミスが40年代に恋愛関係にあった、ヴァージニア・ケント・カザーウッドというフィラデルフィアの名士が、恋人の女性と共に実際に体験したできごとに基づいている)。だが、短い間に2人が紡いだ愛は、何物よりも強かった。これまでの人生で「何か」を決断することがなかったテレーズは、キャロルを失いたくないという一心から、人生で初めて、本当の意味での決断を下す。このテレーズの変化(成長)によって導かれる感動的なエンディングにおける、慈愛と喜びに満ちたキャロルの微笑みには、思わず涙が零れた。その一方で、柔らかな微笑みを見せるキャロルとは対照的なテレーズの表情が、マイク・ニコルズ監督の『卒業』のラストシーンを彷彿させ、恋愛映画としての本作に、味わい深い余韻を与えているのも秀逸だ。

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ハリウッドにおける恋愛映画は、客入りやウケを意識するばかり、浅薄で単純な物語を追求しがちだ。しかし、本作は時代性を掬い取った含蓄のあるストーリーを紡ぐことによって、恋愛映画として一段上の輝きを放っている。オスカーでは主演・助演女優賞を含む6部門にノミネートされている本作だが、その結果に関わらず、素晴らしき恋愛映画としておすすめしたい。

(文:岸豊)


映画『キャロル』
全国公開中

原作:パトリシア・ハイスミス
監督:トッド・ヘインズ
出演:ケイト・ブランシェット、ルーニー・マーラ

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アーティスト情報

ケイト・ブランシェット

生年月日1969年5月14日(49歳)
星座おうし座
出生地オーストラリア

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ルーニー・マーラ

生年月日1985年4月17日(33歳)
星座おひつじ座
出生地米・ニューヨーク

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