【レビュー】『リリーのすべて』―利己的な夫に自己犠牲を果たす妻の姿に感動は生まれるか?

映画『リリーのすべて』より (C)2015 Universal Studios. All Rights Reserved.

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名演が名演を打ち消すという皮肉。

『レ・ミゼラブル』で知られるトム・フーパー監督の最新作で、エディ・レッドメインを主演に迎えた『リリーのすべて』が3月18日より全国公開中だ。レッドメインに加え、アリシア・ヴィキャンデルら旬の若手実力派俳優が集結した本作が描くのは、風景画家アイナー・ヴェイナーとして名を馳せた後に、世界で初めて性別適合手術を受けた女性リリー・エルベと、彼女を支え続けた妻ゲルダが織り成す夫婦の姿だ。

映画『リリーのすべて』より (C)2015 Universal Studios. All Rights Reserved.

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物語の舞台はデンマーク。風景画家のアイナー・ヴェイナー(エディ・レッドメイン)は、妻で肖像画家のゲルダ(アリシア・ヴィキャンデル)と幸せに暮らしていた。ただ、夫婦には画家としての格差があり、アイナーはデンマークでも指折りの風景画家として高く評価されていたものの、ゲルダの絵画は全く評価されていなかった。そんなある日、アイナーはゲルダに、バレリーナの絵画のモデルを頼まれる。最初は気が進まなかったアイナーだが、ストッキングに足を通した瞬間、彼の中で何かが弾けた。その日を境に、アイナーをモデルにしたゲルダの絵画は人気を博すようになるのだが、その一方で、アイナーの女性になりたいという感情が大きくなっていき…。

映画『リリーのすべて』より (C)2015 Universal Studios. All Rights Reserved.

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『博士と彼女のセオリー』で、ALS(筋萎縮性側索硬化症)を抱えるスティーヴン・ホーキング博士を、まるで生き写しであるかのように演じてオスカーを獲得し、新世代の「憑依型」俳優として地位を確立したレッドメインだが、本作では見事な「女性化」を披露した。もちろん、骨格や声などの変えようがない部分には男性らしさが見え隠れしているが、歩き方、眼差し、言葉遣い、その他の細やかな所作など、表現できうる範囲には、柔らかく繊細な女性感が確かに宿っている。しかし、である。本作におけるレッドメインのパフォーマンスに魅力を感じるのは、こうした外面の描写だけだ。というのも、ストーリーが進行するにつれて、彼が演じるアイナー(以下リリー)は非常に利己的な人物として浮かび上がってきてしまうのである。

映画『リリーのすべて』より (C)2015 Universal Studios. All Rights Reserved.

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女性になるという願望を強めていったリリーは、女性として男性とデートをしたり、働くことを楽しむようになる。一方のゲルダは、女性としての夫を描いた絵画によって成功を収めるも、愛する夫が女性として生きようと望むことに戸惑いを覚える。しかしゲルダは、リリーを愛するがゆえに、彼女が女性として生きることを応援したいとも望む。つまり、リリーが自身の欲求を満たすことに邁進する一方で、ゲルダは「画家としての成功」「妻としての戸惑い」「愛するが故に応援したい気持ち」という、3つの感情を天秤にかけた複雑な心理状態の中で、妻として何を優先すべきなのかを必死に思い悩んでいたのだ。その果てに、彼女はリリーが望むように生きることをサポートしようと決めるのだが、リリーは自らの欲求を満たすことで頭が一杯で、妻が抱えた葛藤に対して敬意を払うことがない。

映画『リリーのすべて』より (C)2015 Universal Studios. All Rights Reserved.

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夫婦とは、平等に愛を注ぎ合う関係を指す。レッドメインが主演した『博士と彼女のセオリー』は、互いの幸せのために苦渋の決断をする夫婦の姿を通じて、切なさに満ち溢れた、涙なしには観ることができない夫婦愛を描いた。一方で本作は、リリーの利己的な姿勢とゲルダの自己犠牲という、対等とは言えないアンバランスな夫婦関係を描くに留まった結果、観る者の心を揺り動かすほどの夫婦愛を描くことができていない。

映画『リリーのすべて』より (C)2015 Universal Studios. All Rights Reserved.

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フーパー監督は、レッドメインやヴィキャンデルの名演を引き出すことには成功している。しかし、彼らの演技をまとめ上げる役割を持つプロットに不備が生じている(リリーの利己性の顕在化)ことで、それぞれの名演がシンクロすることなく、一方(ヴィキャンデル)が一方(レッドメイン)を打ち消してしまっているのは明白だ。結局のところ、映画の魅力はプロットと俳優陣のパフォーマンスによって構成される全体のバランスにかかっている。そのバランスを失く本作を、秀逸な一本と呼ぶことはできない。

映画『リリーのすべて』より (C)2015 Universal Studios. All Rights Reserved.

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(文・岸豊)


映画『リリーのすべて』
大ヒット上映中

監督:トム・フーパー
脚本:ルシンダ・コクソン
出演:エディ・レッドメイン、アリシア・ヴィキャンデル、ベン・ウィショー、アンバー・ハード、マティアス・スーナールツ 他
原題:The Danish Girl
提供:ユニバーサル映画
製作:ワーキング・タイトル、プリティ・ピクチャーズ
レイティング:R15+
配給:東宝東和

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