【レビュー】『ボーダーライン』―狂気と暴力に満ちた麻薬戦争を、モラルに絡めて解剖する秀作【2016年アカデミー賞(R)3部門ノミネート】

映画『ボーダーライン』より © 2015 Lions Gate Entertainment Inc. All Rights Reserved.

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善と悪では割り切れない灰色の世界。

カナダ出身のドゥニ・ヴィルヌーヴ監督は、ひき逃げを犯してしまった女性の姿を描いたデビュー作の『渦』、家族の間に隠された残酷で驚くべき秘密を描いた『灼熱の魂』、娘をさらわれた男性が究極的な決断を下す姿を描いた『プリズナーズ』、自分そっくりな俳優と出会ったことで人生を狂わせていく男を描いた『複製された男 』というフィルモグラフィーで、一貫して善悪の境界線上に立たされた人間に突き付けられるモラルの問題を描き、高い評価を獲得してきた。ヴィルヌーヴ監督は、4月9日(土)に日本公開を迎えた最新作『ボーダーライン』でもこの作風を踏襲し、メキシコで繰り広げられる麻薬戦争を絡めることによって、上質なクライム・サスペンスを完成させた。

映画『ボーダーライン』より © 2015 Lions Gate Entertainment Inc. All Rights Reserved.

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主人公でFBIの誘拐即応班を指揮するケイト(エミリー・ブラント)は、現場での経験を買われて、特別捜査官のマット(ジョシュ・ブローリン)や国防総省顧問のアレハンドロ(ベニチオ・デル・トロ)が主導する特別捜査チームにスカウトされる。その後、ケイトは捜査対象の「ソノラ・カルテル」が拠点を置くメキシコのフアレスに足を踏み入れるのだが、彼女を待ち受けていたのは、想像を絶する麻薬戦争の現実だった…。

本作で興味深いのは、ケイトが主人公らしからぬ存在であることだ。というのも、非常に奇妙なことに、ケイトは力量を見込まれてスカウトされたにもかかわらず、捜査の意図や目的を一切知らせてもらえないまま、マットに「見て学べ」と言われるだけなのだ。主人公とは常に主体的な存在であるはずだが、ケイトは知らず知らずの内に放り込まれたその時々の状況に対して、常に受動的に対処せざるを得ない。極めて珍しい主人公の扱いではあるものの、この「非主人公性」は鑑賞者とケイトの間に「状況に対する理解の欠如」という共通項を生み出し、これによって鑑賞者はケイトと同じ視点で麻薬戦争を見つめることになり、自然とストーリーに引き込まれていく。

映画『ボーダーライン』より © 2015 Lions Gate Entertainment Inc. All Rights Reserved.

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善悪の関係性を曖昧化することによって、単純な二元論では割り切れない、灰色の世界を構築しているのも秀逸だ。通常、法治国家における警察組織は絶対的な善であり、犯罪者および犯罪組織は絶対的な悪なのだが、この二元論は本作に通用しない。というのも、マットやアレハンドロは、悪(カルテル)を倒すためには、悪をも辞さないのである。彼らは市民の安全を確保できていない街中で平然と銃撃戦を繰り広げ、表向きには禁止されている拷問も厭わず、非合法な手法でカルテルを容赦なく追い詰めていく。

あくまでも合法的な捜査を貫いてきた、いわば本作における正義の象徴であるケイトは、「目的は手段を正当化する」というスタンスのマットやアレハンドロの捜査姿勢に反発するのだが、彼女は自身のモラリズムがいかに理想論的で、いかに危険なものであるかを、身をもって知ることとなる。その結果、それまで彼女の信条を支持してきた鑑賞者も、彼女が掲げる正義は麻薬戦争においては理想論に過ぎないのではないか?悪を討つには一定の悪も必要なのではないか?と考えさせられる。

映画『ボーダーライン』より © 2015 Lions Gate Entertainment Inc. All Rights Reserved.

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それまで断片的に映し出されていた平和な日常が、実に意外な形で麻薬戦争とリンクする終盤では、カルテルと公権力の癒着構造や、麻薬戦争におけるメキシコとコロンビアの関係、さらにはケイトがスカウトされた真の理由が語られ、鑑賞者が抱きうる全ての疑問が鮮やかに紐解かれていく。そしてラストでは、善悪の境界線上に立たされたケイトに対して究極の質問が突き付けられ、鑑賞者は彼女が苦心の末に下す決断に心を強く揺り動かされながら、本作の終幕を目撃することとなる。

アカデミー賞では目立たなかった作品であるが故に、世間からの注目度はそう高くないかもしれない。しかし、サスペンスに満ちた構成、そしてモラルや善と悪の両義性を核とする人物描写によって完成されたストーリーには、凡庸なクライム・サスペンスでは味わうことができない深みがある。『灼熱の魂』や『プリズナーズ』と並ぶ、ヴィルヌーヴ監督の新たな代表作と称すに相応しい本作は、この春必見の一本としておすすめしたい。

(文:岸豊)


映画『ボーダーライン』
大ヒット上映中

監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ
脚本:テイラー・シェリダン
撮影監督:ロジャー・ディーキンス
出演::エミリー・ブラント、ベニチオ・デル・トロ、ジョシュ・ブローリン

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アーティスト情報

エミリー・ブラント

生年月日1983年2月23日(35歳)
星座うお座
出生地

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ジョシュ・ブローリン

生年月日1968年2月12日(50歳)
星座みずがめ座
出生地ロサンゼルス

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