【レビュー】『日本で一番悪い奴ら』―個性派キャストが織りなす、笑撃のクライム・コメディ!

 

(C)2016「日本で一番悪い奴ら」製作委員会

ド派手で愉快な犯罪者の一代記

今からおよそ3年前、白石和彌監督は、恐ろしい2人の犯罪者と彼らを追うジャーナリストの横顔を淡々としたリズムで描いた映画『凶悪』を発表し、第37回日本アカデミー賞で4冠に輝くという前代未聞の長編監督デビューを果たした。そんな白石監督の2作目に対して、多くの映画人は期待を寄せていたのだが、我々は良い意味で期待を裏切られることになった。というのも、白石監督の最新作『日本で一番悪い奴ら』は、かつて「黒い警部」と恐れられた北海道警察の刑事・稲葉圭昭の自伝『恥さらし 北海道警 悪徳刑事の告白』を基に、札幌の繁華街すすきのに君臨した一人の悪徳刑事の半生を、底なしに明るく描いたクライム・コメディなのだ。

柔道の腕を見込まれて北海道警察に採用された諸星要一(綾野剛)は、先輩刑事の村井(ピエール瀧)に、裏社会のS(スパイ)を作ってのし上がるように教えられる。諸星は村井の指導に従ってSを中心とする情報網を構築し、拳銃の押収によって「銃器対策課のエース」と称されるように。その後、諸星は黒岩(中村獅童)や山辺(YOUNG DAIS)、ラシード(植野行雄)を中心とするSの協力を得ながら、違法捜査によって実績を積み重ね、すすきのの帝王として君臨する。しかし、ある泳がせ捜査の失敗を機に、彼を取り巻く状況は一変してしまい…。

 

(C)2016「日本で一番悪い奴ら」製作委員会

物語の骨子となる脚本を執筆したのは、「任侠ヘルパー」「極悪がんぼ」の脚本で知られる池上純哉。やくざ絡みの作品での活躍が目覚ましい池上の脚本で特筆すべきは、個々のキャラクターになされた肉付けである。主人公の諸星をはじめ、彼を慕ってSとなる黒岩、山辺、ラシードらの個性は凄まじく、それぞれ一度見たら忘れられないキャラクターとして確立されており、なおかつ互いに存在感を消し合うことなく、チームとして良い具合に噛み合っているのがグッド。また、池上は観客が期待する銃撃戦を描くことなく(実際に銃器対策課で銃撃戦が起こることはほぼないし、稲葉の原作にもそういった描写は登場しない)、やくざやジャンキーを中心とする情報網を活用した捜査の描写を事細かに描くことに主眼を置くため、観客は既存の刑事モノにはない意外性を見出すことができる。池上の脚本と同様に、メガホンを取った白石監督のディレクションも随所で光る。キャラクターが覚せい剤を打つ姿、そして打った後の反応や、風俗店で見られるさりげない一瞬など、教育上非常によろしくない描写は実に生々しく、これらのシーンから感じ取れる、白石監督の演出に対する細やかなこだわりは、本作のリアリティを効果的に底上げしている。

俳優陣のパフォーマンスにも拍手を送りたい。主演の綾野は劇中で26年にわたって諸星を演じているのだが、時の流れとともに見せる変化の振り幅が凄まじく、中盤以降では、初期の童貞臭い青年とは全く異なる、ゲスで手垢にまみれたクズ刑事としての諸星の姿を、話し方から歩き方に至るまで、あらゆる所作を使って体現している。すすきののソープ嬢や、諸星の最初の女となる高級クラブのホステス・由貴(矢吹春奈)、署内一の美人府警・敏子(瀧内公美)らとのラブシーンで見せる濃密な絡みも、良い意味で下品で、見ごたえ十分。綾野以外にも、ドスのきいたセリフ回しで黒岩の姿をイキイキと浮かび上がらせた中村や、諸星の変容の先に待ち受けていた破滅に対して複雑な思いを抱く山辺を演じたYOUNG DAIS、パキスタン人という設定に対するハマりっぷり(実際にはブラジル人とのハーフ)が半端ではない植野など、個々の演者のパフォーマンスも、キャラクターの設定と調和した魅力を放っている。

 

(C)2016「日本で一番悪い奴ら」製作委員会

原作を踏まえた上で興味深いのは、劇中で諸星が見せる心理と、彼のモデルとなった稲葉が抱いていた心理における乖離だ。というのも、本作の劇中では、影響されやすい純粋な青年である諸星が、自ら進んで違法捜査にのめり込んでいき、一片の罪悪感を見せることがないまま、犯罪に塗れたド派手な人生を謳歌していくのに対して、モデルとなった稲葉は全く逆の心持を抱きながら人生を歩んでいたのだ。それは原作中の、「北海道警察保安課銃器対策室に異動して逮捕されるまでの約八年間、私は常に漠然とした不安に苛まれていました。いつ、どういう形で自分と警察組織がなり振りかまわず行ってきた違法捜査が露顕し、そのとき自分はどのように罪を償うのだろうか」(『恥さらし 北海道警 悪徳刑事の告白』 講談社文庫版15Pより)という言葉に表れている。

要するに、稲葉自身が語るところでは、彼は常に不安や罪悪感を抱えていたのだ。しかし、劇中にこれらのネガティブな心理描写はほぼ存在しない。諸星は覚せい剤の売買に手を染めた結果、自分の女が薬に溺れてしまうという皮肉な結果に対しては非常に強い罪悪感を抱いた様子を見せるのだが、銃器の違法取引や泳がせ捜査に対しては基本的にノリノリである。実際に稲葉が罪悪感を抱いていたかは本人のみ知るところだが、池上や白石監督はなぜこの感情を物語からそぎ落としたのか?

 

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結論から言うと、彼らは稲葉の罪悪感を諸星の喪失感に置き換えたのだ。終局に至るまで諸星は罪悪感を見せることはないが、終盤以降では、「道警のエース」から転落していく諸星が抱く喪失感に対してスポットライトが当てられていく(ここでもやはり綾野の演技が素晴らしく、堕ちていく男の姿を見事に体現している)。こうして紡ぎだされた喪失感が、陰惨な死の連鎖で結ばれるラストと組み合わさることによって、諸星という男の哀れさは、モデルである稲葉のそれ以上に、ドラマティックでエモーショナルなものへと昇華されている。筆者はこの「罪悪感と喪失感の置換」という脚色にこそ、池上と白石監督の上手さを垣間見た。

概ね問題はない本作だが、いくつかの改善点も見受けられる。まず一つに、時代についての説明がもう少しあってもいいはずだ。拳銃の押収が増加した背景にある、内地の広域指定暴力団の道内における勢力拡大や、中曽根康弘元首相事務所への発砲事件などには、さらっと言及しておくべきだろう(この一連の流れについては原作に詳細な記述がある)。また、劇中では諸星に刑事としての全てを教えた村井の失墜が早々に描かれたり、諸星にまつわる登場人物の示唆的なセリフが散見されるので、諸星の行く末が比較的明瞭に暗示されており、なおかつ「成り上がり映画」というジャンルは、往々にして主人公の失墜で幕を閉じることが多い(『スカーフェイス』『グッド・フェローズ』がその典型である)ので、結末にはいかんせん予定調和な印象がある。

 

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それでも、池上と白石監督は、巧みなキャラクター描写や彼らが交わすぶっ飛んだ会話、道警が遂行する滅茶苦茶な捜査、ラストで提示される「犯罪行為の組織的な隠ぺいに対する不正義」といったサプライズ要素によって、大枠が孕む予定調和な印象を上手くカバーし、終幕に至るまで観客の心を引き付け続けることに成功している。本作では綾野をはじめとするキャスト陣のパフォーマンスに目が向いてしまいがちだが、彼らの演技はあくまでも、池上と白石監督の作劇におけるバランス感覚があってこそ成り立っているものである。

原作者である稲葉は、丁寧な言葉で行儀よく自身の半生を記していた(そうでなかったら、それはそれで問題だが)。他方、白石監督は本作を、下品さと笑い、そして衝撃に満ちたクライム・コメディとして完成させただけでなく、稲葉が伝えたかった「道警の闇」に対する問題提起も怠ることがなかった。無論、脚本の池上の貢献度は極めて大きい。それでも、『凶悪』とは180度異なるアプローチで新たな傑作を生んだ白石監督の手腕は、高く評価されるべきである。果たして彼は、3作目ではどんな世界を見せてくれるのだろうか?今から期待せずにはいられない。

(文:岸豊)


映画『日本で一番悪い奴ら』

大ヒット上映中

原作:稲葉圭昭「恥さらし 北海道警 悪徳刑事の告白」(講談社文庫)
監督:白石和彌
脚本:池上純哉
音楽:安川午朗
主演:綾野剛
企画:日活・フラミンゴ
製作:日活
配給:東映・日活

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