【レビュー】『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』―ハリウッド史上最も偉大な男の実像

Photo: Hilary Bronwyn Gayle

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ハリウッドには華やかなイメージがつきものだが、その裏側には血生臭い闘争の歴史が隠されている。その歴史の中でも、最も重要かつ広く認知されるべきなのは、稀代の名脚本家ダルトン・トランボを中心に展開された、共産主義追放運動・通称「赤狩り」に対する抵抗運動だ。『オースティン・パワーズ』シリーズで知られるジェイ・ローチ監督の最新作で、人気ドラマ『ブレイキング・バッド』で一躍脚光を浴びたブライアン・クランストンの主演映画『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』は、この抵抗の日々を駆け抜けたトランボの姿を描いた作品である。

 

©2015 Trumbo Productions, LLC. ALL RIGHTS RESERVED

物語は、冷戦下にして「赤狩り」(共産主義追放運動)の機運が高まりつつあった、1947年のロサンゼルスで幕を開ける。売れっ子脚本家のダルトン・トランボ(ブライアン・クランストン)は、家族3人と幸せに暮らしていた。しかし、批評家のヘッダ・ホッパー(ヘレン・ミレン)や俳優のジョン・ウェイン(デヴィッド・ジェームズ・エリオット)を中心に構成された「アメリカの思想を守るための映画同盟」(以下MPA)は、かつて共産党員だったトランボを「赤」として批判し、スタジオ側に圧力をかけて解雇させてしまう。脚本家のブラックリストに掲載されて依頼が来なくなったトランボだったが、彼は名前を変えて脚本を執筆し、数々の傑作を世に放っていく…。

 

 

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まず言及すべきは、脚本を執筆したジョン・マクナマラの見事なストーリーテリングだ。彼はオープニングで「赤狩り」と当時の時代背景について必要最低限の説明を行い、それに続いてトランボがいかに魅力的で、どれほどハリウッドに貢献したかを、軽快な描写を通じて紐解いていく。導入部分で、高圧的なスタジオ側とトランボの間に存在する制作思想の乖離を描くことで、「融通の利かない雇用主」vs「無茶な要求に苦心する労働者」という、現実世界で普遍的に存在する関係性を提示し、観客に対してトランボへの感情移入を誘うのも上手い。

 

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これに続くのは、ホッパーやウェインらがメンバーを務めるMPAとの対立(ミレンの演技が実に憎たらしく、悪役として素晴らしい)、それに伴って表出する「自由の虐殺」、そしてこれと対照的にトランボが体現する「自由の尊重」だ。これによって、先述したスタジオVSトランボの関係性は、明快な善(トランボ)と悪(「赤狩り」側)の対立関係に変化し、観客はチャーミングで正しい信条を持つトランボを、何が何でも応援したくなってしまう。その一方で、ストーリーの進行に伴い、『深夜の告白』で知られるエドワード・G・ロビンソン(マイケル・スタールバーグ)など、トランボのように信念を貫くことができず、ハリウッドという名の「長いもの」に巻かれてしまった男たちの姿もドラマティックに映し出していくことで、本作には単純な善悪の構図では割り切れない灰色の部分が生まれ、深みのある人間模様を描く作品として、見る者をより強く引き込んでいく。

 

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トランボに扮したクランストンの熱演も素晴らしい。クランストンは、眉毛や皺を上げる角度などの細やかな表現によって、トランボが脚本を執筆する際に見られる「思考の変遷」を巧みに表現している。そして、トランボの実娘2人から引き出したという、バスタブの中でタイプライターを打っていたといった最高のディテールも再現することによって、クランストン扮するトランボの姿には生々しさが増していく。さらに、「家族への愛」と「愛するが故に愛を見失いかけた父親の愚かさ」をバランスよく見せることによって、信条の一貫と家族に対する配慮の間で板挟みになっていたトランボの複雑な心境を、哀愁を漂わせながら生々しく浮かび上がらせているのも秀逸。こうしてクランストンは、脚本家としての完全性、そして夫・父としての不完全性が生むコントラストを両立させることにより、自身を観客がトランボ本人の分身と見まごうほどのキャラクターとして立脚させていく。

 

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私財を投げうち、嫌がらせに耐え忍び、「赤狩り」との戦いを続ける中で、名を変えながら数多のB級映画、そしてこれらとは全くテイストが異なる『ローマの休日』『黒い牡牛』といった感動作の数々を生み出したトランボの仕事ぶりには、一映画ファンとして脱帽し、感謝するほかない。しかしその一方で、夫として、そして父として、家族との軋轢にも思い悩んでいたという人間臭い実像は、「天才脚本家」「脚本の神様」として我々が偶像化してしまいがちなトランボも、「一人の男だった」という、目の覚めるような事実を教えてくれる。

 

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そんなトランボの作品群でも、名優カーク・ダグラス、そして巨匠スタンリー・キューブリックと共に完成させた大河ロマン『スパルタカス』は、実に意味深い作品だ。というのも、同作の「奴隷である主人公が、奴隷主、そしてその根源であるローマ帝国に戦いを挑む」という物語は、「赤狩り」という名の「奴隷制」に抵抗し、公権力に対する反骨のムーブメントとして一時代を築いたアメリカン・ニュー・シネマの一端をも担ったトランボの信条と作風、ひいては人生を象徴するものだからだ。そんな彼が、苦心の末に『スパルタカス』の脚本を書き上げ、映画が完成したのち、ついに「赤狩り」に対する勝利を宣言する瞬間には、思わず涙が溢れた。

 

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今日に映画館を訪れる人々は、何気なく映画を楽しんでいる。しかし、この現状があるのは、自由な創作精神を貫いて、「赤狩り」という名の思想弾圧を打倒したトランボがあってこそだ。今でこそ、映画人を除いて知る人が少ないであろうトランボは、ハリウッド史上もっとも偉大な男と言える。そんな男の実像を描く本作で、見事な作劇を披露したマクナマラ、熱演を見せたクランストン、そして彼らのパフォーマンスが放つ輝きを自身の演出によってさらに高めたローチ監督には、大きな拍手を贈りたい。

(文:岸豊)


映画『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』
公開中

監督:ジェイ・ローチ(『ミート・ザ・ペアレンツ』)
脚本:ジョン・マクナマラ
原作:ブルース・クック(Based on the book “Dalton Trumbo” by Bruce Cook)
出演:ブライアン・クランストン、ダイアン・レイン、エル・ファニング、ヘレン・ミレン ほか
原題:TRUMBO
2015年/アメリカ映画/上映時間:124 分/字幕翻訳:李静華
配給:東北新社 Presented by スターチャンネル

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