『シン・ゴジラ』 批判から一転 成功の理由は「真の脅威化」と“伊福部昭”

「こんなのゴジラじゃない」

『シン・ゴジラ』公開前に新しいゴジラのビジュアルが公開された際、そう感じたゴジラファンは少なくなかったであろう。

『シン・ゴジラ』

『シン・ゴジラ』

1954年の初登場以来、過去28作を通して国民的人気を誇る怪獣に育ったゴジラ。しかし、新たなゴジラの外見は、過去60年に渡り培われた「ゴジラ像」とは一線を画したもので、親しみのあるキャラクター像との乖離に抵抗を覚えるファンも多かった。

そして7月29日『シン・ゴジラ』はいよいよ公開された。事前に聞かれた不安の声にも関わらず、公開2週目にして興行収入20億円を突破。さらに従来のゴジラファンからも喝采を送られる大反響を巻き起こしているのである。

決して好意的とはいえなかった受け止め方が、一体なぜこうも変わったのだろうか。

「ゴジラ」であることをやめる宿命

そもそも、冒頭のような拒否反応が起きる理由は、60年に渡る歴史の中で「あるべきゴジラ像」が人々の間に形成されていたことに起因する。しかし、ゴジラという怪獣は、その原点に立ち返った時、常に我々の想像を超える存在でなくてはならない。

尻尾で高層ビルを薙ぎ払い、熱線で街を焼き尽くし、巨体が通った跡にはコンクリートの残骸が残されるのみ。そんな光景がシリーズを観る者にとって馴染みのある映像となった時、ゴジラは「想定内」の怪獣となる。

しかし、ゴジラを人類にとって真の脅威として描くのであれば、その怪獣は常に我々の想像を超えた、コントロールし得ない存在でなくてはならない。

『シン・ゴジラ』の中でゴジラが見せた我々にとって馴染みのない歪な形態、これまでのゴジラではあり得なかった攻撃方法、今までに類を見ない壊滅的な被害規模。ゴジラを既存の存在として知っている私たちに、1954年に『ゴジラ』に初めて触れた観客と同じ脅威を追体験させる上では、そのどれもが、ゴジラを我々にとって新しい恐怖として生み直すための必然であった。

かくして『シン・ゴジラ』は我々の知らない怪獣として、スクリーンに出現したのである。

「ゴジラ」とは…「伊福部昭」である

しかし、ゴジラであることをやめることを宿命付けられていた『シン・ゴジラ』であったが、鑑賞後の感想として、この作品が「ゴジラではなかった」という声はほとんど聞かれない。

では、従来のゴジラ像を超えた怪獣を「ゴジラ」たらしめているものは一体何なのだろうか。一つには「ゴジラ」という名称そのものが考えられるが、決してそれだけで存在を規定しきれないというのは1998年公開のローランド・エメリッヒ版『GODZILLA』が置かれた微妙な立ち位置を見ればよくわかる。

では、今作でなぜ新ゴジラが「得体の知れないモンスター」として空中解体してしまわなかったのかといえば、何よりも「伊福部昭」という存在が大きい。

ゴジラ音楽の生みの親である作曲家、伊福部昭氏。

伊福部昭氏『伊福部昭の自画像』

伊福部昭氏『伊福部昭の自画像

彼が手がけた楽曲の数々が、60年の歴史の中でゴジラ映画の定番となり、シリーズにとって欠かせないものとなっていたのは誰もが知るところだ。さらに言えば、最早あのテーマ曲こそがゴジラそのものとだと言っても過言ではない。ゴジラそのものが登場しなくとも、光る海面や地鳴りと共にその曲が流れるだけで、その光景は我々の知っている「ゴジラ」になるのだから。

本作品ではその伊福部楽曲を惜しみなくふんだんに使用することによって、得体の知れない化け物を、観る者に紛れもない『ゴジラ』として受け止めさせることに成功した。昭和から平成までの名曲がエンディングに至るまで網羅されており、それだけでも劇場に足を運ぶ意味は十分にあると言えよう。

誰にとっても初めての経験となり、それでいて培われた歴史の上に堂々と立つ。

『シン・ゴジラ』はそのいずれにも成功した作品としてシリーズの歴史に、いや、映画界の歴史に記録されてよいだろう。

(文:小林三笠)

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庵野秀明

生年月日1960年5月22日(58歳)
星座ふたご座
出生地山口県宇部市

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