【レビュー】映画『湯を沸かすほどの熱い愛』―余命僅かな母の愛に号泣必至な感動作!

(C)2016「湯を沸かすほどの熱い愛」製作委員会

(C)2016「湯を沸かすほどの熱い愛」製作委員会

二つの秘密を通じて描かれる、湯を沸かすほど熱い母の愛

2012年に公開した『チチを撮りに』で、母に頼まれ、老い先短い離婚した父と向き合う姉妹の姿を描いて注目を浴びた中野量太監督が、最新作で再び余命というテーマに挑んだ。監督・脚本を兼任し、宮沢りえを主演に迎え、末期癌を患った母が、命が尽きるその最後まで、家族に注ぎ続ける愛を描いた『湯を沸かすほどの熱い愛』は、この冬に必見の感動作である。

主人公の幸野双葉(宮沢りえ)は、一年前に夫の一浩(オダギリジョー)が失踪してから、経営する銭湯「幸の湯」の暖簾を上げることができないでいた。そして、一人娘の阿澄(杉咲花)は学校でいじめられているようで、双葉の心配は尽きることがない。そんなある日、双葉はパート中に体調を崩し、病院で診断を受けることにする。その結果、彼女は癌が全身に転移しており、自分に残された時間が幾ばくも無いことを知る…。

(C)2016「湯を沸かすほどの熱い愛」製作委員会

(C)2016「湯を沸かすほどの熱い愛」製作委員会

「余命についての映画」という文脈において、本作は極めて個性的だ。というのも、劇中では双葉が余命宣告に対してショックを受ける姿が、全くと言ってよいほど描かれないのである。既存の同ジャンル作品では序盤の見どころとして描かれることがほとんどの「余命宣告に対するショック」を、中野監督はたった1カットで処理している。しかし、そのカットでは突然の報せに動揺し、すぐさま遺される家族のことを思う双葉の愛に満ちた心情がありありと現れているため、淡白な印象は全く生じていない。寧ろ中野監督は、双葉の家族に対する思いが凝縮された1シーンとして余命宣告を映し出し、家族思いの母親として、双葉を印象付けることに成功している。

余命宣告の後、双葉は蒸発した一浩を探し出し、一浩が育てていた娘・鮎子(伊藤蒼)と共に幸野家に招き入れ、四人での新生活をスタートさせる。新生活の開始は、余命を明かすにぴったりなタイミングに思えるのだが、双葉はここでも秘密を明かすことをしない。彼女は、秘密を明かして労わられることよりも、今まで自分が支えてきた家族が、それぞれの足で立つことができるまで、世話を焼き続けること(自己犠牲)を選択するのだ。自己犠牲を行う人物の姿を構築する場合は、その行いの尊さと釣り合うだけの人間味を表現しなければ、キャラクターとしてのバランスが取れず、観客が共感することが難しくなってしまう。これに関しては、中野監督による双葉の人物描写が秀逸だ。家族を心から愛する「いいお母さん」としてだけでなく、時には家族を傷つけてしまう「ダメなお母さん」としての顔も見せることで、中野監督は双葉を、非常に人間臭い、共感できる女性に仕上げている。

(C)2016「湯を沸かすほどの熱い愛」製作委員会

(C)2016「湯を沸かすほどの熱い愛」製作委員会

これを実現する上では、百戦錬磨の大女優・宮沢の技量が存分に発揮されている。特筆すべきは、慈愛が満ち満ちた笑顔だ。作っていながらも作っていると感じさせないのは、彼女自身も母であるからだろうか。見ているだけでこちらの心も温まる双葉の笑顔は、ずっと見ていたいと思わせるし、ずっと見ることができないからこそ悲しくもある。他にも、セリフ回しにおける絶妙な間や、ふとした瞬間にのぞかせる苦悶の表情、時には眉間にしわを寄せることで、感情をストレートに表現することが多い双葉の心情を余すところなく表現する宮沢の名演には、たびたび「巧い」と感じさせられる。そのハマりっぷりは、まるであて書きされているかのようだ。

双葉の娘・阿澄を演じた杉咲は、もともと演技力が高く評価されている若手実力派女優だが、本作では「いじめられっ子」役で新境地を切り開いた。改めて、その演技のふり幅の広さ、感情移入を誘うリアリティの生み方といった技術には驚かされたのだが、特筆すべきは、「泣き」に至るまでの演技の積み上げ方だ。泳いでいるのではなく揺れる視線、上づるのではなく震える声、泣きに至るまでの表現技法は、もはや熟練俳優のそれである。また、いじめられるままだった阿澄が不器用な反抗を見せるシーンも必見。事情を知らないクラスメートから見れば驚くほかない行動だが、「強く生きてほしい」という双葉の思いを背負い、震えながら必死の反抗を試みる阿澄の姿は、涙なしには見られなかった。

(C)2016「湯を沸かすほどの熱い愛」製作委員会

(C)2016「湯を沸かすほどの熱い愛」製作委員会

阿澄の父・一浩に扮したオダギリについては、さすがの一言に尽きる。オダギリは端正なルックスと飄々とした雰囲気で演じる役を選ばない稀有な俳優だが、「いい加減な男」を演じさせても天下一品であることを、本作で証明して見せた。そう、オダギリが演じる一浩は、実にいい加減な男なのだ。ただ、そのいい加減さに不快感が生まれていないのが素晴らしい。オダギリは、「愛すべき情けなさ」を漂わせることによって、一浩を「なぜか許せてしまういい加減男」たらしめたのである。この人物像を確立するのは至難の業に違いないが、そんな難役をこなしてしまうバランス感覚こそが、オダギリがオダギリたる所以なのだろう。

他にも、双葉と阿澄と鮎子が旅先で出会ったヒッチハイカーの青年・向井拓海を演じた松坂桃李は、爽やかな好青年としての一面と、これとは正反対の一面を見せることで、複雑な感情に悩む若者の姿を、実に上手く表現している。そして、劇中でキーとなる人物・酒巻君江に扮した篠原ゆき子が最高だ。彼女の「言葉がなくとも雄弁な演技」には、ただただ脱帽するほかなかった。終盤で見せる泣きの演技は、本作のハイライトと言っても過言ではない。

(C)2016「湯を沸かすほどの熱い愛」製作委員会

(C)2016「湯を沸かすほどの熱い愛」製作委員会

献身的に家族の世話を焼く双葉だが、癌は彼女の体を容赦なく蝕んでいく。観客は双葉に訪れるであろう死を惜しく思うのだが、ここでもう一つ大きな展開を組み込み、物語に厚みを与えるのが、中野監督の上手さである。というのも、終盤にかけては、双葉が胸に秘めていたもう一つの秘密が明らかになることで、物語に驚かずにはいられない、まさかの「どんでん返し」が生まれるのだ。既存の「余命についての映画」では見たことがない大胆不敵な発想によって、双葉という女性を最後まで輝かせ続ける中野監督による作劇には、思わず舌を巻いた。

迎えたクライマックスで、双葉が家族を思いながら洩らす、生きることへの執着心が込められた一言には、涙を禁じえない。タイトルの意味が明かされ、完璧なタイミングでタイトルバックが登場するエンディングも最高だ。先日に行われた本作の完成披露試写会で、松坂はこう言っていた。「心に温かく残る作品だと思ってます」と。松坂よ。全く以て、その通りである。本作は、冬の足音が聞こえてきた今日この頃に、体の芯から人々の心を温める、愛に満ちたドラマだった。

(文:岸豊)


映画『湯を沸かすほどの熱い愛』
公開中

出演:宮沢りえ 杉咲花 篠原ゆき子 駿河太郎 伊東蒼 /松坂桃李 /オダギリジョー
脚本・監督:中野量太
製作:「湯を沸かすほどの熱い愛」製作委員会(クロックワークス、テレビ東京、博報堂DYミュージック&ピクチャーズ、パイプライン、NTTぷらら)
主題歌:きのこ帝国「愛のゆくえ」
2016年/カラー/シネマスコープ/DCP5.1ch/125分 (C)2016「湯を沸かすほどの熱い愛」製作委員会
配給:クロックワークス

この記事を読んだ人におすすめの作品

アーティスト情報

宮沢りえ

生年月日1973年4月6日(45歳)
星座おひつじ座
出生地東京都練馬区

宮沢りえの関連作品一覧

松坂桃李

生年月日1988年10月17日(29歳)
星座てんびん座
出生地神奈川県茅ヶ崎市

松坂桃李の関連作品一覧

関連サイト

TSUTAYAランキング

おすすめ映画ガイド

TSUTAYA MUSIC PLAYLIST