【レビュー】映画『手紙は憶えている』―気持ちよく騙されることができる、悲劇系サスペンスの秀作!

(C)2014, Remember Productions Inc.

サスペンスのお手本のような作品

サスペンスというジャンルは、意外な真実の暴露(=どんでん返し)によって観客を驚かせることを要求されるものだ。しかし、その驚きを生むプロセスにおいて、観客にとってアンフェアな手法、つまり真相の解明を不可能にする細工を組み込むことは許されない。また、驚きを重んじるあまり、物語が薄味になってしまうこともしばしばある。適切に伏線を配置して、魅力的な物語を紡ぎ、ラストでは驚愕の真実を明かすことこそが、サスペンスにおける最上のスタイルだ。実現するには骨が折れるものだが、『白い沈黙』などで知られる名匠アトム・エゴヤン監督は、最新作『手紙は憶えている』で、これを巧みにやってのけた。

物語は、アメリカの老人ホームから幕を開ける。妻のルースを亡くしたばかりのゼブ(クリストファー・プラマー)は、認知症が進んでしまい、目を覚ますと必ず亡き妻を探すようになっていた。そんなゼブに、友人のマックス(マーティン・ランドー)は、ルースの死後に決行すると約束していた作戦を思い出させる。それは、彼らの家族を殺した後に、アメリカに逃げ、身分を偽って生きてきたナチの新鋭隊員:ルディ・コランダーを探し出し、殺すというものだった。マックスの導きに従って老人ホームを抜け出したゼブは、アメリカ各所に散った四人の容疑者を訪れ、一人ずつ正体を突き止めていくのだが…。

 

(C)2014, Remember Productions Inc.

本作において極めて効果的に機能しているのが、ゼブの「老い」、つまり認知症である。認知症とサスペンスという組み合わせがそもそも珍しいのだが、ゼブの認知症は、「睡眠からの目覚め」がトリガーになっているという点が実に面白い。というのも、老人ということもあり、ゼブは1日のうちに何度も何度も眠りについてしまう。そのたびに、彼は自分がどこにいるのかを忘れて、妻のルースを探して彷徨う。そんな迷えるゼブを「正しい道」に導くのが、マックスがしたためた手紙である。そう、たとえゼブが忘れても、「手紙は憶えている」のだ。

 

(C)2014, Remember Productions Inc.

この手紙の存在によって、ゼブの処刑ミッションは、ゆっくりと、しかし確実に進んでいく。処刑ミッションの中で興味深いのは、人々がゼブに対して危機感を全く抱かないことである。それはなぜか。彼が老人だからだ。足取りもおぼつかないゼブは、社会的に見れば、守られる側の存在なのであり、市井の人々は誰も、彼が処刑人だとは思わない。道を聞いても、ちょっと無理な要求を出しても、人々はゼブの願いを聞き入れてくれる。老人であるがゆえに、ゼブは「守られた処刑人」として、非常に有利にミッションを遂行することができるのだ。

 

(C)2014, Remember Productions Inc.

そんなゼブの姿に確かな真実味を与えているプラマーの演技力には、脱帽するほかない。これまでに『ビューティフル・マインド』『ドラゴン・タトゥーの女』といった秀逸なサスペンスが描かれる作品でも魅力的なパフォーマンスを見せてきたプラマーだが、本作におけるゼブ役では、ルースを呼ぶ声、おぼつかない歩き方、恫喝された際の反応といった表現によって、「弱弱しい老人」としての姿を、非常にリアルなものに仕上げている。このプラマーが体現したゼブの弱弱しさこそ、復讐劇としての本作で着目すべき個性である。容疑者に身分を明かすよう要求する際も、はたまた銃口を向ける際も、ゼブは心身ともに怯えている。彼の姿は、決して勧善懲悪の復讐劇の主人公たる、気迫と威厳に満ちたものではなく、恐れと戸惑いに揺れる、一人の老人のそれでしかない。しかし、である。だからこそゼブの姿には真実味があるのだ。

 

(C)2014, Remember Productions Inc.

プラマーに加え、脇役の演技にも引き込まれる。ゼブを手紙で導くマックスを演じたランドーは、自身の計画に友人であるゼブを巻き込んでしまったことへの罪悪感や、ナチスに対する静かで深い怒り、そして胸に秘めた秘密に揺れる心情を、その視線と戦慄きで巧みに表現している。一方、伝説的なテレビシリーズ『ブレイキング・バッド』で知られるディーン・ノリスは、ナチの信奉者を父に持つ警官を熱演。地方の閉塞感や人生の孤独に悩まされる、哀愁に満ちた警官の姿は観客に感情移入を促すが、その後に明かされる偏見に凝り固まった真の姿は、直視するのも憚られるほどの恐怖を感じさせる。

 

(C)2014, Remember Productions Inc.

物語の終盤にかけて、ゼブは求めていた真実にたどり着くのだが、この暴露が実にドラマティックだ。テクニック自体は斬新なものではないのだが、キャラクターに対して観客がいつの間にか抱いていたバイアスを利用した、脚本家ベンジャミン・オーガストの作劇手法は見事としか言いようがないし、観客は気持ちよく騙されることができる。この真実を受け止めたゼブが、ラストシーンで下す衝撃的な決断には、思わず目頭が熱くなった。

 

(C)2014, Remember Productions Inc.

ホロコーストを扱う作品は、多くの場合、戦時中を舞台にしたり、現代とクロスオーバーする形で描かれることが多い。しかし、本作は現代に舞台を絞り、さらにフラッシュバックなども用いることなく、「ホロコーストの悲しさと愚かさ」を、技巧的なサスペンスを通じて描き出してみせた。新人ながら練りに練られた脚本を書き下ろしたオーガスト、名演を見せたプラマー、ランドー、ノリスらキャスト陣、悲劇的な物語を彩ったモーリッツ・モシュコウスキー、リヒャルト・ワーグナー、フェリックス・メンデルスゾーンの楽曲、そしてすべてをまとめ上げたエゴヤン監督には、大きな声で「ブンダバー!」(=素晴らしい!)という言葉を送りたい。

(文:岸豊)


映画『手紙は憶えている』
10月28日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー

監督:アトム・エゴヤン『エキゾチカ』『スウィート・ヒア・アフター』『アララトの聖母』『白い沈黙』
脚本:ベンジャミン・オーガスト
出演:クリストファー・プラマー、ブルーノ・ガンツ、ユルゲン・プロホノフ、ハインツ・リーフェン、ヘンリー・ツェニー、ディーン・ノリス、マーティン・ランドー
原題:REMEMBER/2015年/カナダ=ドイツ/95分/ヴィスタサイズ/5.1chサラウンド
字幕翻訳:遠藤壽美子
配給:アスミック・エース

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