【レビュー】映画『この世界の片隅に』―のんの声がハマりまくり!戦争映画の新たな傑作

(c)こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会

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「日常の尊さ」を教えてくれる感動作

昨年から今年にかけて、事務所からの独立騒動、および能年玲奈からの改名と慌ただしい日々を送った女優・のんが、アニメ映画『この世界の片隅に』で初の主演声優を務めた。こうの史代による同名漫画の映画化作品である本作では、昭和初期における広島での長閑な暮らしと、これとは対照的な、日本が太平洋戦争に敗れるまでの過酷な日々が描かれる。筆者が驚かされたのは、のんと、彼女が演じた主人公の親和性の高さだった。

物語は、広島県・広島市の江波で幕を開ける。浦野すず(のん)は、絵を描くことが大好きな心優しい少女だ。座敷童子を見るなどの不思議な経験をしながら18歳になったすずは、呉に位置する北條家に嫁入りする。義姉の黒村径子(尾身美詞)に小言を言われながらも、海軍に勤務する夫の周作(細谷佳正)と、慎ましくも幸せな新婚生活を送るすずだったが、日米間の太平洋戦争開戦に伴い、彼女の平和な日常は、少しずつ壊されていく…。

先述したように、特筆すべきはすずというキャラクターに対するのんの親和性の高さである。というのも、声が完壁といっていい程にマッチしているのだ。すずは、他人を思いやる心、そしてちょっと抜けたところがあるのが魅力的な女性なのだが、のんの高すぎず通り過ぎず、そして少女のような無邪気さを感じさせる伸びやかな声は、女性としてはまだまだ未熟ながらも、その未熟さで人々から愛されるすずという女性を演じる上で、見事にはまっている。

嫁入り後の義姉との関係に対する悩みや、戦争の激化がもたらした残酷な被害を目撃することによって生じるすずの心境の変化をうまく表現できている点も評価されるべきだ。これまでののん(つまり能年玲奈)は、『カラスの親指』『あまちゃん』『海月姫』など、明るいキャラクターを演じた作品での陽性な感情表現が強く印象付けられていたこともあり、負の感情表現を行うことが少ない、していても浅いというイメージがあった。しかし本作では、ネガティブな状態のすずが発す、まるで感情がどこかに行ってしまったかのように感じさせる空虚な声など、深みのある陰性の感情表現によって、戦争の時代に生きる女性の悲しみを醸し出すことに成功している。

(c)こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会

(c)こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会

のんの名演に加え、片渕監督のディレクションも素晴らしい。『名犬ラッシー』が代表的だが、片渕監督は日常を描く作品を得意とする。この手腕は本作でもいかんなく発揮されており、すずが送る生活の中の、ディテールに富んだ描写には感嘆するほかなかった。「すずが成長して北條家に嫁入りするまで」を描く前半では、昭和初期における、長閑で活気に満ち溢れている広島の風景が、戯画化されていながらもリアルに描かれている。商店から聞こえる元気な声、道行く人々の穏やかな顔、楽しそうに歩くすずの姿…。言いようのない温かさを感じさせる情景の数々は、後に冷酷な兵器によって破壊されるという事実も相まって、平和な街としての広島の魅力を強く感じさせる。

また、北條家に嫁入りしてからの日々を描く中盤では、料理や服作りなど、すずが披露する家事の描写が実に細やかで味わい深い。戦争の足音が忍び寄るにつれ、当時の人々は自由に買い物をすることができなくなった。闇市では様々なものが手に入ったが、価格は定価を遥かに上回るもので、思い通りに買い物ができた人は少なかった。そこで庶民は「工夫」に目覚める。すずもその一人で、彼女は徐々に減っていく配給をやりくりしながら、アイディア料理を編み出したり、着物を裁ってもんぺを作ったりと、今あるものを生かして生活を営んでいくのだ。象徴的なのが、米軍の飛行機が落とした伝単を集めてちぎり、トイレットペーパーにするシーン。ここですずの口から発される一言には、もので溢れ返り、様々な無駄が見受けられる今日の日本について考えさせられるものがある。

雀の涙ほどの配給、美しい呉の街並みを破壊する空襲…。終盤にかけては、すずの努力も虚しく、日々の生活がさらに厳しいものとなっていく。物語の大部分では温かみのあるアニメーションを紡ぐ片渕監督だが、空襲や原爆を含む戦争の描写では、その恐ろしさを希薄化させることをしない。直接的に描く必要がない部分は、アングルなどを駆使して上手く隠しながら、戦場で生じうる被害の数々を真摯に描くのだ。これによって片渕監督は、「日常がいかに尊いものであるか」「日常を侵食する非日常の恐ろしさ」というメッセージを観客に投げかける。

(c)こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会

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失うことなど考えられなかった大切なものを、不条理な出来事を通じて失いながら、凄惨な戦争の結末を目撃することになるすずだが、彼女には一つの希望が残される。その希望を大切そうに胸に抱きながら、明日に向かっての一歩を踏み出すすずの姿は、「被爆した敗戦国」というアイデンティティを背負う日本国民のみならず、何らかの形で戦争に携わってきた世界中の国々に住む人々の心に、戦争がいかに虚しい行いであるか、そして辛い過去を引きずりながらも前を向いて歩く姿が、いかに美しいものであるかを実感させるはずだ。

コトリンゴが手掛けた音楽も秀逸。特に主題歌の『悲しくてやりきれない』は、巧みなアレンジによって、ザ・フォーク・クルセダーズによる原曲よりも、緩やかで切ない旋律が生み出されており、これから生じる言葉にできない無情観は、戦争という人為的災禍が、いかに残酷で悲劇的なものであるかを雄弁に物語っている。

今でこそ、世界でも有数の平和国家としての姿を確立した日本だが、やはりその礎となった太平洋戦争の記憶を風化させてはならない。とはいえ、新世代が次々に生まれる中で、日本がアメリカに敗戦したことを知らない子供たちが出てきているのもまた事実だ。そういった意味において、アニメーションという親しみやすい形式で、戦争の時代を生きた人々の物語を伝えていくことは、重要な意味があるように思える。邦画史上稀に見るレベルで役柄との親和性を見せたのん、温かみのあるアニメーションを描き出した片渕監督、そして製作に携わったすべてのスタッフには、世界で唯一の被爆国の一員として、大きな拍手を送りたい。

(文:岸豊)


映画『この世界の片隅に』
公開中

CAST
北條すず:のん/北條周作:細谷佳正/黒村晴美:稲葉菜月/黒村径子:尾身美詞/ 水原 哲:小野大輔/浦野すみ:潘めぐみ/ 白木リン:岩井七世/北條円太郎:牛山茂/北條サン:新谷真弓/澁谷天外(特別出演)

STAFF
原作:こうの史代『この世界の片隅に』(双葉社刊)
企画:丸山正雄
監督補・画面構成:浦谷千恵
キャラクターデザイン・作画監督:松原秀典
美術監督:林孝輔
音楽:コトリンゴ
プロデューサー:真木太郎
監督・脚本:片渕須直
製作統括:GENCO
アニメーション制作:MAPPA
配給:東京テアトル(文化庁)

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アーティスト情報

のん

生年月日1993年7月13日(25歳)
星座かに座
出生地兵庫県神崎郡神河町

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星座てんびん座
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