【レビュー】映画『こころに剣士を』―子役の演技と「語りすぎない」演出が光る、実話ベースの感動作!

(c) 2015 MAKING MOVIES/KICK FILM GmbH/ALLFILM

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心がじんわりと温まる、至極のヒューマンドラマ。

1945年の第二次大戦終結から70年と少しの時を経て、同大戦にまつわる物語を描いた映画が、昨年ごろから数多く公開を迎えている。『顔のないヒトラーたち』や『手紙は憶えている』などの作品は世界中で激賞を浴び、日本でも高く評価されてきた。そして迎えた2016年12月。第二次大戦の「その後」を描く、新たな歴史ドラマが日本公開を迎えた。クラウス・ハロ監督の新作『こころに剣士を』は、実在したフェンシング選手:エンデル・ネリスと、彼を慕う人々が織りなす交流の日々を描いた感動作だ。

物語は、1950年初頭のエストニアで幕を開ける。ソ連の秘密警察に追われる元フェンシング選手のエンデル(マルト・アヴァンディ)は、同国の田舎町・ハープサルに降り立つ。子供が苦手ながら小学校の体育教師に採用された彼は、運動クラブの顧問を務めるよう校長から依頼され、用具を修理してスキー教室を開いたものの、軍による接収によって用具は奪われてしまう。そこで彼は、かつて情熱を注いだフェンシングを子供たちに教えることを決める。練習を通じて子供たちとの絆を少しずつ深めていくエンデルだったが、彼には追手の影が迫っていた…。

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第二次大戦の被害を受けた国というと、アウシュヴィッツ強制収容所があったポーランドがまず頭に浮かぶものだが、同大戦の戦火はヨーロッパ中に降り注いでいた。本作の舞台であるエストニアもその一つで、第二次大戦中は独ソ戦の舞台となり、戦争の終結後はスターリンの介入によってソ連への併合を受けた悲しい歴史がある。その過程で多くの成人男性が捕えられ、多くの子供たちが父親を失ったことはあまり知られていない。

そうした背景があるため、子供たちは目をキラキラと輝かせながら、エンデルを慕う。彼らにとってエンデルは父親の代わりなのだ。素晴らしいのは、子役たちがエンデルに向ける表情や視線に、「父親への思い」がしっかりと感じられること。本作にはプロの子役は起用されておらず(キュートな魅力を振りまくマルタ役のリーサ・コッペルは1度だけ演技経験がある)、彼らの多くは演技を初めて経験した。にもかかわらず、彼らの横顔には表現されるべき感情がしっかりと存在する。子役の中でも特筆すべきは、祖父(レンビット・ウルフサク)と暮らす少年ヤーンを演じたヨーナス・コッフの繊細な演技だ。柔らかな笑顔、怯えを感じさせる視線の揺れ動き、決心を固めた時の精悍な顔つき…。彼の心理描写のレベルは非常に高く、本作が俳優デビュー作品とはにわかに信じがたい。演技経験がない子役のディレクションは至難の業だが、ハロ監督は子役たちから最高の演技を引き出している。

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ハロ監督の演出で言えば、セリフに依存するのではなく、役者の表情や仕草によって思いを語らせている点も賞賛に値する。多くの映画では、別れのシーンに「好き」「愛してる」「また会おう」といったセリフが用いられる。こういったセリフは文字面こそ美しいが、実際に言葉にするのは無粋だ。というのも、好意とは口にせずとも伝わるものだからである。ハロ監督はこの点を踏まえて、演者にさりげない表情と仕草でこれらの思いを伝えさせている。それは例えば、エンデルと彼の友人であるアレクセイの別れ、ヤーンと彼の祖父の別れ、エンデルと恋人のカドリ(ウルスラ・ラタセップ)の別れから感じ取れるだろう。特に邦画に顕著だが、無意味に饒舌な映画が多い昨今、役者の表情によってキャラクターの思いを語ることができている本作のような映画は貴重である。

演出面では、エンデルに対するバックショット(後方からの撮影)も印象的だ。劇中でたびたび登場するこの撮影スタイルは、レンズが中心に捉えるエンデルの不安を意味している。彼はとある事情によってソ連の秘密警察から逃げており、バックショットはこの逃走に伴う彼の不安、そしてソ連の秘密警察が向ける追走の視線を象徴しているのだ。ハロ監督はこれをサスペンスを増幅させる小道具として効果的に用いているが、その一方では、これがもたらす緊張を予期せぬ人物の登場によって弛緩することで笑いを生んでいるのが上手い。

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フェンシングにおいて、最も重要なものの一つが相手との距離感だ。この距離感は物語にも落とし込まれており、本作ではエンデルと周囲の人々が距離感を縮めていく姿が心地よい人間模様を紡いでいく。それと同時に、もう一つの大きなテーマとなっているのが、自己犠牲である。物語のそこここで、登場人物は何らかの自己犠牲を果たしていくのだ。特に涙を誘うのは、エンデルのそれである。終盤にかけて、エンデルは子供たちの願いを叶えるために、ある決断を迫られる。その決断には二つの犠牲が伴うのだが、かつてあるものから逃げた彼が、厳しい運命から逃げず、勇気ある自己犠牲を果たすことによって、喪失感を抱き続けていた生徒たちの心の隙間を埋める姿は実に感動的だ。この自己犠牲によって、生徒たちは新たな喪失を経験することになるのだが、ラストで救いが与えられることによって、観客はカタルシスを感じることができる。

「少しうまくいきすぎかな?」という印象が去来する展開もあるにはあるが、トータルバランスを考えれば、ハロ監督は素晴らしい仕事をした。先述した子役たちの純粋無垢な演技や、物語の魅力はもちろん、エストニアの歴史的悲劇性が感じられる風景の数々や、ゲルト・ヴィルデンJr.が手掛けた音楽にも引き込まれるものがある本作は、第88回アカデミー賞外国語映画賞(フィンランド代表)ノミネート作品という事実にもうなづける出来栄えになっている。年末ということで、映画館にはハリウッドの超大作や子供向けの話題作が名を連ねているが、映画ファンには本作のように、小規模ながら質の高い作品も見逃さないでほしい。

(文・岸豊)


映画『こころに剣士を』
公開中

監督:クラウス・ハロ
出演:マルト・アヴァンディ、ウルスラ・ラタセップ、レンビット・ウルフサク、リーサ・コッペル、ヨーナス・コッフ
原題:THE FENCER
配給:東北新社 STAR CHANNEL MOVIES
フィンランド/エストニア/ドイツ合作 99分 カラー シネスコ

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