【レビュー】映画『愚行録』―妻夫木聡と満島ひかりが仕掛ける、恐ろしくも悲しい愛のミステリー。

(C)2017「愚行録」製作委員会

(C)2017「愚行録」製作委員会

満島ひかりの独白シーンは必見!

コメディからシリアスなヒューマンドラマ、そしてサスペンスまでジャンルレスに出演を重ね、ゼロ年代以降の邦画界をリードしてきた妻夫木聡。透き通るような透明感と、アクの強い役柄にもぴたりとハマる憑依性を持ち味に、演技派として地位を確立してきた満島ひかり。邦画界きっての名優二人が共演した映画『愚行録』が、2月18日より全国公開中だ。貫井徳郎による同名小説の実写版で、「理想の家族」に起こった凄惨な悲劇の真相に迫るミステリーとして展開する本作は、秀逸な脚色とキャストの名演によって、原作と同等、あるいはそれ以上に魅力的な物語を描き出している。

主人公の週刊誌記者・田中武志(妻夫木聡)は、ネグレクトで逮捕された妹・光子(満島ひかり)との面会を重ねながら、約1年前に発生し、犯人がいまだ捕まっていない「田向一家殺人事件」の真相を追っていた。世間の関心が薄れていく中、犠牲者の田向浩樹(小出恵介)と、その妻・友季恵(松本若菜)の過去を知る人物にインタビューを行う武志は、「理想」という世間の評判とは相反する、田向夫妻の意外な素顔を知ることになる…。

貫井による原作は、小説としてかなり特殊だった。というのも、物語が「光子による語り」と「関係者による語り」のみで構成されており、聞き手である主人公(武志)がどんな人物なのかが読者に伏せられていたのである。無論これは「仕掛け」の一つだったのだが、本作でペンを取った向井康介は、「顔の見えない主人公」という原作の特殊なスタイルを踏襲せず、主人公としての武志を具体化することを選択した。特に重要な意味を持つのはオープニングだ。ここで武志は、善でも悪でもない、曖昧な男として姿を現す。そのニヒルな振る舞いは主人公らしからぬ雰囲気を感じさせ、深淵で謎めいた人間としての印象を残し、この意味深な導入によって観客は物語に力強く引き込まれることとなる。

武志の具体化に関しては、妻夫木の演技も見事だ。明るく朗らかな役を務めることが多い妻夫木だが、本作では閉塞感のある現代社会をどんよりとした瞳で見つめつつ、ゆらりゆらりと漂う幽霊のような男を体現しており、その姿に既存の作品で披露してきた陽性の魅力は微塵も感じられない。近年では『渇き。』『ミュージアム』でも毒のある役柄を体現して俳優としての幅を広げた妻夫木だが、本作ではそれらの作品よりも遥かにシンプルな芝居によって、遥かに不気味な空気を役にまとわせている。原作ではイメージが伝わり難かった武志を、普通に見えて普通じゃない、得体の知れない男として構築した妻夫木のパフォーマンスは、原作ファンにとって映画化の意味を強く感じさせるものだ。

物語は、武志による「光子との面会」と「田向夫妻についてのインタビュー」を軸に展開するのだが、「光子との面会」において満島が見せる演技にも拍手を送りたい。光子は悲惨な過去を持つ故に心が壊れてしまった悲しい女性である。風船のようにふわふわと飛んで行ってしまいそうな心が、華奢な体と、今にも千切れそうな細い糸で辛うじて繋がっているかのような姿は、ぼろぼろになって捨てられた人形に似た悲しさを感じさせるが、時折見せる笑顔からはどこか「やばそう」な印象も得られる。光子のように精神性が不透明なキャラクターを構築するのは至難の業だが、満島は何気ない所作や話し方に「心がない」と感じさせる空虚な質感を伴わせることで実現してみせた。白眉は終盤における独白だ。切り返しによる長回しのショットの中で淡々と語られる「秘密」の内容と、満島が見せる「空っぽ」な演技とのギャップには、思わず背筋が寒くなった。

「光子との面会」と交互に描かれる「田向夫妻についてのインタビュー」では、関係者が回想を通じて、パブリックイメージとは大きな隔たりがある田向夫妻の実像を明かす。このプロセスでは、関係者それぞれが自分についても語るのだが、これを通じて愚かな人間像が発覚するのが面白い。一見すると普通に見える関係者の中には、あまりにも功利的な価値観、肥大したエゴイズム、そして歪んだ愛情といった人間の闇が潜んでおり、これらを彼らが悪びれもなく露呈することによって、インタビューにはブラックな笑いが生まれるのである。ここでもキャストの演技は素晴らしく、友季恵の知人でカフェを経営する宮村淳子役の臼田あさ美、浩樹の元カノである稲村恵美役の市川由衣、浩樹の親友である渡辺正人役の眞島秀和、淳子の元カレで友季恵とも繋がりがある尾形孝之役の中村倫也は、人間的な魅力を感じさせながらも、自らの醜悪性を語ってしまう「愚者」を、原作のイメージを損なうことなく、なおかつ観客が嫌悪感を抱かないバランスを保ちながら具現化している。

田向一家を惨殺した犯人と、その動機が示されるとともに、もう一つの謎がドラマティックに明かされる終盤では、原作にはなかった、ある関係者の「思い出し」が絶妙なタイミングで挿入され、そして原作の「言葉による語り」だけでは見えてこなかった風景、つまり本作独自の「映像による語り」から見えてくる風景が描かれることによって、真実の出現が放つドラマ性が効果的に高められているのが素晴らしい。脚本の向井と、石川監督の作家性がきらりと光る瞬間だ。これによって導かれる結末は、はっきり言って、かなりへヴィである。受け止めがたいほどに。しかし、同時に明かされる男女の愛には、胸を打たれる悲しみが秘められており、その悲しみは、劇場を後にする観客の心に深い余韻を残す。

貫井による原作は、ミニマルな構成を採用し、敢えて隙間を空けることでラストの衝撃性を高めていたが、本作はその「隙間」を埋めながら、原作に劣らない、あるいは原作を上回るインパクトを誇るエンディングを描き出した。そういった意味において、バランス良く情報量を加えた(本作にはオープニング以外にも原作にはないシーンが幾つか描かれている)脚本の向井、惹きつけられる演技を見せたキャスト陣、そして本作が長編デビュー作とは俄かに信じがたい演出・構成力を発揮した石川慶監督は、申し分のない働きを見せてくれた。興味を持った読者には、ぜひ原作と併せて、映画『愚行録』の衝撃的なストーリーを体験してほしい。

(文:岸豊)


映画『愚行録』
2017年2月18日(土)、全国ロードショー

出演:妻夫木聡、満島ひかり
小出恵介、臼田あさ美、市川由衣、松本若菜、中村倫也、眞島秀和、濱田マリ、平田 満
原作:『愚行録』貫井徳郎
脚本:向井康介
音楽:大間々昂
監督:石川慶
配給:ワーナー・ブラザース映画/オフィス北野

この記事を読んだ人におすすめの作品

アーティスト情報

妻夫木聡

生年月日1980年12月13日(37歳)
星座いて座
出生地福岡県

妻夫木聡の関連作品一覧

満島ひかり

生年月日1985年11月30日(32歳)
星座いて座
出生地沖縄県

満島ひかりの関連作品一覧

関連サイト

TSUTAYAランキング

おすすめ映画ガイド

TSUTAYA MUSIC PLAYLIST