映画『汚れたミルク/あるセールスマンの告発』― 母親の愛の強さと深さに胸を打たれた【連載コラムVol.19】

映画ライター・新谷里映が心動かされた、本当に観て欲しい映画たちを連載コラムでお届け。

第19回目は、パキスタンで実際に起こった事件を基に描かれる『汚れたミルク/あるセールスマンの告発』。「このニュース、この事件の背景に何があったのかをもっと知りたい」と心を突き動かされる、そんな本作の魅力に迫る。


(C) Cinemorphic, Sikhya Entertainment & ASAP Films 2014

(C) Cinemorphic, Sikhya Entertainment & ASAP Films 2014

毎日さまざまなメディアで世界のニュースを知ることができるが、その多くは“今日、最近、こんなことがあった”という事実や社会情勢を把握する程度であり、次の日には次の日のニュースがあって、どんどん上書きされていってしまう。だがドキュメンタリーや事実をもとにした映画となると、約2時間ピックアップされた事件や問題について考えるわけで、価値観が変わることも意識が変わることも多々ある。

『汚れたミルク/あるセールスマンの告発』に興味を持ったのは、“パキスタンの大手グローバル企業が起こした粉ミルクによる乳児死亡事件”──パキスタンで粉ミルクを強引に販売したことによって、清潔な水が手に入らない貧困層は不衛生な水で粉ミルクを溶かし、その結果、子供たちが死に至ってしまっている──自分の知らなかった事件、事実を描いていたからだ。主人公のセールスマンのアヤン(イムラン・ハシュミ)は、ある日自分の販売した商品によって子供たちの命を奪っていることに気づき、声を上げ、人生を投げ打って、世界最大企業を相手に訴訟を起こす。そんなことが本当にあったなんて……と驚いた。大企業相手に公害訴訟を起こした女性の奮闘記、ジュリア・ロバーツ主演の『エリン・ブロコビッチ』を観たときもそうだったが、こういう作品を観ると、見て見ぬふりはしたくない、勇敢でありたい、誠実でありたいと姿勢を正される。遠い国の出来事だとしても、その事件の背景にある本質はどの国にもどの人にも置き換えられることで、『汚れたミルク~』を観たことによって、上書きされていた日々のニュースの見方も変わった。このニュース、この事件の背景に何があったのかをもっと知りたい、と思うようになった。

(C) Cinemorphic, Sikhya Entertainment & ASAP Films 2014

(C) Cinemorphic, Sikhya Entertainment & ASAP Films 2014

この映画の監督がダニス・タノヴィッチであることも興味を持った理由のひとつだ。戦争の愚かさを描いた『ノー・マンズ・ランド』、保険証がなく高額の治療費が払えないボスニア・ヘルツェゴヴィナに暮らすある家族の苦悩と愛を描いた『鉄くず拾いの物語』など、彼の作品はどの作品にも知るべき事実が描かれている。決して楽しい映画ではないけれど、何年経っても忘れることがない、忘れられない映画ばかり。だからタノヴィッチ監督の作品はすべて観たい、見逃したくない。

今回の『汚れたミルク~』で、アヤンが真実を証そうとすることで危険にさらされるように、この映画を撮るにあたっても「多くの問題に突き当たった」とタノヴィッチ監督は語っている。なるほどと感心したのは、描き方だ。企業名や登場人物の名前を変えたとしても、実際の事件であることが分かるようであれば当然リスクが発生する。でも実際の事件であることはしっかり伝えたい──。そこでタノヴィッチ監督が考えたのは、アヤンの告発を取材してドキュメンタリー番組を作る映画作家を映画のなかに登場させることだった。劇中劇のような形をとることで、アヤンのモデルとなった“実在する”セールスマンが、“実在する”某大手グローバル企業で働いていたことを強調させている。さらにドキュメンタリーを観ているような感覚になるのは、アヤン役のイムラン・ハシュミの演技が素晴らしかったことも大きい。彼はボリウッド映画界のスター俳優で、これまで30本以上の商業映画に出演しているが、非ボリウッド映画は今回が初となる。イムラン・ハシュミという名前もこの機会に覚えておきたい。

(C) Cinemorphic, Sikhya Entertainment & ASAP Films 2014

(C) Cinemorphic, Sikhya Entertainment & ASAP Films 2014

女性の立場として印象的だったのは、アヤンの妻ザイナブ(ギータンジャリ)の言葉だ。夫と離ればなれに暮らすことになっても、家計が苦しくなっても、家族に危険が降りかかるかもしれなくても、夫のアヤンに「私や子供を言い訳に信念に背くの? 私は信念に背く夫を尊敬できないわ」と、善良に生きること、胸を張って生きてほしいことを伝える。何とたくましき女気。自分自身の家族はもちろん大切だが、夫が大企業相手に戦うことによって多くの子供の命が救われるかもしれない──母親の愛の強さと深さに胸を打たれた。

『汚れたミルク/あるセールスマンの告発』を観たばかりで、そのショックや感動がまだ続いているが、この映画の後にもう1作ダニス・タノヴィッチ監督の最新作が公開される。2014年にサラエヴォの国立劇場で上演された戯曲「ホテル・ヨーロッパ」を原案にした『サラエヴォの銃声』だ(3/25〜公開)。サラエヴォ事件から100年の記念式典が開催されるホテルで起こる群像サスペンス。これも見逃さずに観たいと思っている。

(文・新谷里映)

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新谷里映

フリーライター、映画ライター、コラムニスト
新谷里映

情報誌、ファッション誌、音楽誌の編集部に所属、様々なジャンルの企画&編集に携わり、2005年3月、映画ライターとして独立。 独立後は、映画や音楽などのエンターテイメントを中心に雑誌やウェブにコラムやインタビューを寄稿中。

【tumblr】新谷里映/Rie Shintani 

映画『汚れたミルク/あるセールスマンの告発』
3月4日公開

監督:ダニス・タノヴィッチ
脚本:ダニス・タノヴィッチ、アンディ・パターソン
撮影:エロル・ズブツェヴィッチ
編集:プレールナー・サイガル
音楽:プリータム
出演:イムラン・ハシュミ、ギータンジャリ、ダニー・ヒューストン、カーリド・アブダッラー、アディル・フセイン
配給:ビターズ・エンド
2014年/インド=フランス=イギリス/原題:Tigers /94分/シネマスコープ

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