【レビュー】映画『モアナと伝説の海』―80年に及ぶ「恋の歴史」に別れを告げるディズニー最新作

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完全に恋を描かないことの意味とは?

2017年は、ディズニーにとって記念すべき年だ。というのも、長編アニメーション第1作目『白雪姫』の公開(1937年12月21日)から、ちょうど80年が経つのである。このアニバーサリーイヤーを祝うかのように、ディズニーは陽気で楽しげな雰囲気を持った新作『モアナと伝説の海』を2016年の11月23日に発表し、現在までに世界興行収入5億8700万ドル(アメリカ時間で3月7日現在)という大成功を収めている。個性的なキャラクター、美しい映像表現、元気を与えてくれる楽曲など、その魅力は枚挙に暇がないが、特筆すべきは「女性主人公の恋を描かない」というディズニー作品らしからぬストーリーだ。

物語は、自然に恵まれた南の島・モトゥヌイで幕を開ける。主人公のモアナは、父や母とともに幸せで平穏な暮らしを送っているが、彼女は海に出て冒険したいという思いを長年にわたって胸に秘めていた。そんなある日、島を暗い闇が包み込む。かつて半神半人の英雄マウイが、生命の女神テ・フィティから心を盗んだことで生まれた闇が、ついにモトゥヌイをも覆い始めたのだ。自身が幼少の頃に海から渡されたものの、失くしてしまったと思っていたテ・フィティの心をタラおばあちゃんから渡されたモアナは、故郷を救うため、小さな船で大海原に漕ぎ出す…。

 

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メガホンを取ったロン・クレメンツ監督とジョン・マスカー監督のコンビは、過去に『アラジン』『リトル・マーメイド』『プリンセスと魔法のキス』で、男女の恋と冒険を組み合わせた物語を描き、批評面でも興行面でも成功を収めてきた。しかし興味深いことに、ジャレド・ブッシュ(『ズートピア』など)が中心となって脚本が書かれた本作では、前者が取り除かれている。モアナは旅の途中で偶然にもマウイと出会い、彼の協力を得ながらテ・フィティへ心を返そうと奮闘するのだが、このプロセスにおいて、モアナとマウイの間にロマンティックな関係が生まれることはない。

伝統的に、ディズニー作品の女性主人公は、男性キャラクターとの恋と切っても切り離せない関係にあった。ディズニーはこれまでに、本作を除いて55本の長編アニメを製作しており、その中で人間の女性を主人公とする作品は、『白雪姫』『シンデレラ』『ふしぎの国のアリス』『眠れる森の美女』『リトル・マーメイド』『美女と野獣』『ポカホンタス』『ムーラン』『リロ・アンド・スティッチ』『プリンセスと魔法のキス』『塔の上のラプンツェル』『アナと雪の女王』の計12本(オムニバスは除く)。この中で主人公の恋を描いていないのは、ともに幼い少女を主人公とする『ふしぎの国のアリス』と『リロ・アンド・スティッチ』だけだ。つまりディズニーは、およそ80年の長編作品の歴史の中で、必ずと言ってよいほど、女性主人公と男性キャラクターの恋を描いてきたのである。

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この恋の歴史に変化を生んだのが、2012年に公開した『アナと雪の女王』だった。同作では、主人公の一人であるアナの恋は描かれたが、もう一人の主人公であるエルサの恋は描かれなかったのだ。恋という伝統に囚われないエルサの姿は、観客に斬新な印象を与えたが、エルサには恋の相手がいなかった。これが本作との大きな違いだ。というのも、本作は恋愛関係が生まれうる男女として、マウイとモアナの冒険を描くにもかかわらず、彼らの恋愛を描くことはないのである。つまりディズニーは本作で、女性の主人公にとって不変的なテーマとして継承されてきた「男性キャラクターとの恋」から、完全に脱却したのだ。今後も女性主人公の恋を描くことはあるように思われるが、いずれにしてもこれを一切描かない本作は、ディズニーの長編80年という歴史における一つの革新と言える。

とはいえ、単純に恋というテーマを除いたからといって上質な作品になることはない。本作が人々の心に響いているのは、物語それ自体の完成度が高いからだ。ブッシュ率いる脚本チームは、恋を描かないという枠組みの中に、「故郷を救うための旅」という極めて王道な物語の骨子、「自然に対する感謝と敬意の必要性」という現代人の胸に響くテーマ、そしてモアナとマウイそれぞれの精神的な挫折と成長を組み込むことによって、正統派かつ普遍的でありながら、とても私的で観客が感情移入しやすい物語を構築している。その一方では、モアナとマウイの「プリンセス」についての掛け合いや、マスコット的な立ち位置にある「おとぼけニワトリ」のヘイヘイの挙動をユーモラスに描き、絶えず笑いを生みながら、物語に中だるみを生じさせない絶妙なバランス感覚も見せた。

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リン=マヌエル・ミランダ、マーク・マンシーナ、オペタイア・フォアイが手掛けた音楽も素晴らしい。特にモアナが序盤で歌い上げる『How Far I'll Go』(日本語吹き替え版では『どこまでも ~How Far I’ll Go~』)は、共感せずにはいられない等身大の歌詞と、晴れやかなメロディの調和によって、吸い込まれるような魅力を持ったアンセムとして完成されている。また、アニメーションの質も高い。物語の大部分が海を舞台に展開する本作では、必然的に海(=水)の描写が重要になる。水はアニメーションで最も描くことが難しいものの一つだが、アニメーターたちは柔らかさを強調したデフォルメと、繊細な光の反射を融合させることによって、モアナとの間に絆を持ち、時には彼女を助けてくれる海の優しさに満ちた意志を、見事に描き出している。水の描写に関しては、『ファインディング・ドリー』などを擁すピクサーがディズニーよりも一歩、あるいは何歩も先を行っていた印象があったのだが、アニメーター陣はその差を感じさせないほどの洗練された映像表現を見せてくれた。

スタジオジブリ作品との関連性についても言及しておくべきだろう。マウイが犯した「神への挑戦」と、これが招いた火山の悪魔「テカ」の出現という構図には、宮崎駿監督の『もののけ姫』からの影響が伺える。終盤にかけてモアナとマウイが対決するテカのおどろおどろしい姿は、同作に登場した「でいだらぼっち」にそっくりだ。先述した「自然に対する感謝と敬意の必要性」という観点からは、『風の谷のナウシカ』『天空の城ラピュタ』といった作品にも通じる部分がある。スタジオジブリとディズニーのクリエイターはそれぞれリスペクトを捧げ合ってきたが、本作はスタジオジブリ作品からの影響が最も色濃く見られるディズニー作品となったように思える(これは両監督も認めている)。しかし、先述したユーモアや楽曲、アニメーションといったディズニーらしい魅力はしっかりと活かされているので、ジブリ作品の模倣であると感じさせることはない。

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同じくディズニーが手掛け、先日に発表された第89回アカデミー賞の「長編アニメ賞」を獲得した『ズートピア』と比較すると、本作は伏線などの存在が少ない、シンプルなストーリー構造を採用しているため、展開力・構成力に物足りなさを感じる観客もいるかもしれない。しかし、恋という伝統的なテーマから解放されたモアナとマウイが、ダイナミックなアクションを交えながら繰り広げる壮大で愉快な冒険は、確かな興奮と驚き、そして感動を与えてくれる。80年の長編の歴史を経ても、なお進化を続けるディズニーのクリエイティビティには脱帽するほかない。そして次にどんな物語を見せてくれるのかに、今から期待が高まってしまう。

(文:岸豊)


映画『モアナと伝説の海』
公開中

監督:ロン・クレメンツ&ジョン・マスカー(『リトル・マーメイド』『アラジン』
製作:オスナット・シュラー
製作総指揮:ジョン・ラセター
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
原題:Moana
全米公開:2016 年11月23日

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