松浦美奈が選ぶ「字幕を手掛けた作品で印象に残った映画」10本

アカデミー賞受賞作品をはじめ、数々の名作映画の字幕翻訳を手掛けてきた松浦美奈さん。翻訳時の苦労話からは、それぞれの巨匠たちの演出の特徴まで見えてきた!

※ピックアップ作品は、2011年末に発行された『シネマハンドブック2012』掲載のものとなります。ご了承ください。


松浦美奈が選ぶ「字幕を手掛けた作品で印象に残った映画」10本

BIUTIFUL ビューティフル

スペイン・バルセロナの裏社会を舞台に、妻と別れ、末期がんで余命わずかな男が愛する子どものために懸命に生きる姿をつづる。ハビエル・バルデムが第63回カンヌ国際映画祭最優秀主演男優賞受賞。

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ゼア・ウィル・ビー・ブラッド

ダニエル・デイ=ルイスが第80回アカデミー賞をはじめ、数々の主演男優賞を総ナメに。20世紀初頭のカリフォルニア。石油採掘でアメリカンドリームをかなえた男の利権争いと血塗られたアメリカの歴史。

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ボルベール<帰郷>

ペドロ・アルモドバル監督が故郷ラ・マンチャを舞台に、母、娘、孫娘、3世代の女性たちの葛藤と和解をユーモラスに描いた人間ドラマ。カンヌではペネロペ・クルスら全6人の女優が最優秀女優賞に。

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ブラックホーク・ダウン

米軍にとってベトナム戦争以来最大の銃撃戦となったソマリア将軍の副官二人捕獲作戦をリドリー・スコット監督が映画化したアクション。4ヵ月をかけて作られた巨大なオープンセットでの市街戦は圧巻。

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ソーシャル・ネットワーク

世界最大のソーシャル・ネットワーク・サービス「Facebook」創始者の物語。ハーバード大学に通うマークは学内交流サイトを創設。登録数は激増し、時の人となった彼は金と裏切りの渦にのまれていく。

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第9地区

アメリカでスマッシュヒットしたSF。南アフリカの上空にある日、巨大な宇宙船が飛来。政府は不気味な姿をしたエイリアンを“難民”として受け入れるが、それが思いがけない事態の引き金になってしまう。

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インファナル・アフェア

香港黒社会を背景に、警察への潜入を命じられたマフィアと、マフィアに潜入し囮捜査に挑む警察官の宿命の対決をスリリングに描く。ハリウッド・リメイク『ディパーテッド』は第79回アカデミー賞作品賞を受賞。

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アメリカン・ギャングスター

オスカー俳優、デンゼル・ワシントン&ラッセル・クロウが共演を果たした実録犯罪ドラマ。60~70年代のニューヨークに君臨した麻薬王と、彼を追う刑事の攻防を描く。

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ミュンヘン

'72年、ミュンヘン・オリンピック開催中にイスラエル選手団がテロリストに殺害される。イスラエル政府は報復を決めるが、暗殺団リーダーは報復に疑問を抱き葛藤する。

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ドッグヴィル

鬼才ラース・フォン・トリアーが、ギャングに追われる女性と彼女をかくまう村人たちの関係の変化を緊迫感たっぷりに描出。建物を表す白線を引いただけの空間が圧巻。

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『BIUTIFUL ビューティフル』―スペイン語と英語では“ウィスキー”の訳し方が微妙に違う

『BIUTIFUL ビューティフル』

『BIUTIFUL ビューティフル』

イニャリトゥは完璧主義者で、スペイン語映画なのに「これが全世界向け最終台本だ」と自分がOKを出した英語台本しか送ってこなくて。英語だけだと細かいディテールが不安だから、と食い下がったんですけどね。結果的にスペイン語台本が届き、照らし合わせたところ、齟齬はほとんどありませんでした。でもウィスキーが英語台本でジャック・ダニエルと訳されているのに対し、スペイン語はジョニー・ウォーカーになっているなど微妙な違いはありました。字数の問題もあるので最後はウィスキーと訳しました。ハビエル・バルデムは今一番好きな俳優です。

『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』―緻密な脚本と迫力に満ちた芝居に負けない字幕にしたかった

『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』

『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』

日本で70年も前に出版された原作『石油!』を探しまくった結果、神戸の古本屋で手に入れました。ただ翻訳が難解で読みきれず、買ったものの、実はまったく参考にならなかったんです。でも映画の公開間際に原作本復刻の話が出て版元にも完全な形の見本がないとのことで寄贈したという裏話があります。

翻訳にあたっては、緻密な脚本と迫力に満ちた芝居に負けない字幕にしたかったので“語尾”にはかなり気を遣いました。目で見る字幕と耳から聞こえてくるセリフの“強さ”が一致するように、セリフと同じリズムで字幕を読み終えられるよう心がけましたね。

『ボルベール<帰郷>』―アルモドバルが私に乗り移って翻訳をするような感覚

『ボルベール<帰郷>』

『ボルベール<帰郷>』

アルモドバルはとても好きな監督ですが、観客として観るのと翻訳するのとでは当然ながら違うので毎回苦労します。翻訳する立場としては、アクの強い登場人物たちと同じ気持ちにならないといい訳ができない。でもアルモドバルの脚本がみごとなのは、翻訳者を逃がさないんですよ。気を抜くことを許さない。極端に言うと監督が私に乗り移って翻訳するような感じでしょうか。

この作品で苦労したのは歌のニュアンス。挿入歌『ボルベール』は有名な曲ですが、一部しか歌わないので全体の歌詞がわからない。そこでガルデルのオリジナル曲を十分聴き込んでから翻訳しました。

『ブラックホーク・ダウン』―“わかりやすい字幕”を排除、軍事映画ファンも大喜び

『ブラックホーク・ダウン』

『ブラックホーク・ダウン』

配給会社から「誰にでもわかる翻訳はやめて、本当に戦場にいるような字幕にしたい」と注文がありました。これだけハードに戦争を描いた作品である以上、生半可な“小手先字幕”にすべきではないと。そこで監修の方にも付いていただき、徹底的にやりました。例えば、ロケット砲を“RPG”と訳したのですが、批評家からは「ゲームじゃないんだから」とネットで叱られました。まさしく想定内の批判です(笑)。戦場で一般人に通じる用語など使うわけがないですよね。大変でしたが、専門知識に詳しい軍事映画ファンにも喜んでもらえたのでよかったです。

『ソーシャル・ネットワーク』―台本は通常の倍のページ数! IT用語を調べまくりました

『ソーシャル・ネットワーク』

『ソーシャル・ネットワーク』

実はパソコンがものすごく苦手なので、字幕翻訳の依頼をいただいたときはビックリしましたね。しかも台本のページ数が通常の倍あって、とにかく必死でIT用語を調べまくりました。さらに私が翻訳したものをITの専門家の方が監修し、よりこなれた用語にしてくださったんです。最初の翻訳の段階では、いわゆる若者ことばも使っていたのですが、「ITの世界の人たちは、こういう話し方はしないです」という指摘もいただき、とても参考になりました。非の打ちどころのない素晴らしい脚本だと思いましたが、やはりアカデミー賞を獲りましたね。

『第9地区』―エイリアンはホントに“エビ”と訳していいのか悩みました(笑)

『第9地区』

『第9地区』

苦労したのはインタビュー部分。セリフの字幕と人物の肩書きの両方を入れなければならないわけです。セリフ量も多いので、本来はどちらかを読ませるべきなんですが、「ウソのドキュメンタリーだから肩書きはきちんと読めなくても構わない。でも、もっともらしく両方入れてほしい」と言われて。しかも南アフリカの名前の“読み方”がよくわからず、大使館にも聞きましたね。

それとエイリアンはホントに“エビ”と訳していいのかは悩みました。南アフリカでは“Prawn”はゴキブリのことも指すらしいですが、やっぱりエビ! “ゴキブリ”じゃ愛嬌がない(笑)。

『インファナル・アフェア』―英語台本だけで訳すことはしたくなかった。それほどの大傑作

『インファナル・アフェア』

『インファナル・アフェア』

最初に渡された英語台本にはセリフの話者が書いていなかったんですよ。しかもたくさん中国語の単語が聞こえるのに台本では「HELLO」だけだったりとか。これは大問題だと思い、中国語の翻訳者さんと組みました。香港や中国について私は詳しくないので、例えば作品中のAという街は日本でいうと渋谷なのか新宿なのか、A地点からB地点への移動はどのぐらいの距離なのかなど気になることは徹底的に聞きましたね。そこまでわかっていないとできない映画というか、英語台本だけでお茶を濁すことはしたくなかった。それほどの大傑作だと思いました。

『アメリカン・ギャングスター』―70年代が舞台の作品が好きで、ギャングが出ていればもう大満足!

『アメリカン・ギャングスター』

『アメリカン・ギャングスター』

ラッセル・クロウは大好きな俳優。スチール写真だとおばさんみたいですし、笑うと“田舎の木こりさん”に見えますが(笑)、動くと超カッコいいんです。70年代が舞台の作品が好きで、しかもギャングが出ていればもう満足なので、この映画は最高に面白かったですね。抗争、暴力、裏切り、そういう映画は観ていて気持ちいいですし(笑)、その迫力を字幕でできるだけ出したつもりですが、どうでしょう?

『ミュンヘン』―ギャングと並んで、テロリストを描いた映画が大好き

『ミュンヘン』

『ミュンヘン』

ギャングと並んで、テロリストを描いた映画が大好きなんです。当時の中東問題にとても興味があって、知識も比較的あるほうだったので翻訳もノレました。実際の事件もよく知っていますしね。幼い頃ベイルートに住んでいたし、大人になってから数週間イスラエルへ行ったこともあるので、いろいろ思い出しながら翻訳しました。役者も渋くて私好みで文句なし! スピルバーグ作品で最も好きな1本です。

『ドッグヴィル』―人生がイヤになるぐらい憂鬱で監督との闘いの日々だった

『ドッグヴィル』

『ドッグヴィル』

ニコール・キッドマン同様、翻訳者も精神的におかしくなりました(笑)。ここまで人間って陰湿でひねくれているのかと。膨大なセリフ量だし、棘があってネチネチしていて、ネチネチのとらえ方を間違えると話がわからなくなってしまうんです。もう、監督との闘いの日々でした。翻訳している間は人生がイヤになるぐらい憂鬱なんですが、“嫌いだけどなぜか放っておけない”のが彼の作品の魅力かもしれない。


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プロフィール

松浦美奈

字幕翻訳家。映画宣伝会社勤務を経て、字幕翻訳に携わるように。新作は『リアル・スティール』、『灼熱の魂』、『J・エドガー』、『イン・タイム』、『メランコリア』など。

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