【レビュー】映画『あゝ、荒野』前篇―菅田将暉×ヤン・イクチュンの大傑作!寺山修司の精神を継承した脚色も光る

(C)2017『あゝ、荒野』フィルムパートナーズ

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47歳で早逝した日本文芸界の巨星・寺山修司が唯一残した長編小説を、今を時めく菅田将暉と、韓国を代表する名優ヤン・イクチュンをW主演に迎えて実写化した映画『あゝ、荒野』の前篇が、10月7日にいよいよ全国公開を迎える。映画における実写化の意義とは、原作の根源的な精神性を残しつつ、映画独自の魅力的な要素を組み込むことだと筆者は考えるが、本作でメガホンを取った岸善幸、そして菅田とイクチュンをはじめとするキャスト陣は、これを見事に実現してみせた。

物語は2021年の新宿・歌舞伎町で幕を開ける。少年院上がりの不良・沢村新次(菅田)、そして吃音と赤面対人恐怖症に悩む二木建二(イクチュン)は、元ボクサーの堀口(ユースケ・サンタマリア)に誘われたことをきっかけに、海洋拳闘クラブに入門する。自身を裏切って恩人を傷つけた後にプロボクサーとなった山本裕二(山田裕貴)への復讐心を燃やす新次は瞬く間に実力をつけ、強くなりたいと願う建二も新次や周囲の人々との交流を通じて少しずつ成長を遂げていくが、彼らには思いがけない運命が待ち受けていた...。

(C)2017『あゝ、荒野』フィルムパートナーズ

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寺山の小説は、若者たちが安保闘争や学生運動に情熱を注いでいた1960年代を背景に、ボクシングに打ち込む2人の青年の心の交流、そしてその悲劇的な結末を描いた。一方、本作で脚本を手掛けた岸監督と港岳彦(『蜜のあわれ』『夏美のホタル』など)は、物語の大枠、そして寺山が込めた“孤独”や“愛への飢え”といった主題は残しながらも、震災の余波、自衛隊や介護に関する問題が浮き彫りになった東京オリンピック後の2021年に舞台を移している。

それとともに、キャラクターの関係性に変化を与え、映画独自のキャラクターも登場させている。そういった設定の変化に加え、意図的に隙間が空けられていた寺山の小説とは異なり、具体的な肉付けを通じてキャラクターの過去や心情を掘り下げ、感情移入しやすい人間模様を構築しているため、展開は原作のそれとは大きく異なるものになったが、それでも根源的な部分では繋がりを感じさせる仕上がりとなっている。よって、原作ファンがストーリーに関して拒絶感を抱くことはないはずだ。

(C)2017『あゝ、荒野』フィルムパートナーズ

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寺山の原作では、洒落のきいたセリフ回し、過去のエッセイや詩からの引用、ポップカルチャーのコラージュが他の小説にはない異彩を放っていたが、本作でもこれに通じる面白味のある“遊び”が見受けられる。というのも劇中では、生々しい濡れ場の最中に拍子抜けするようなやり取りが挿入されたり、誰もが知る有名女性歌手の名曲が突然歌われたりするのだ。シリアスな人間模様、そしてボクシングのドラマとしての鋭さが増していくのと並行して、こういったギャグが弛緩剤的な効果を発揮することにより、重厚な物語には軽やかなリズムが刻まれ、その結果として、観客に対する求心力は高まっていく。

演者たちに関しては、文句のつけようがない。特に、主人公の2人を熱演した菅田とイクチュンの芝居は、日本映画史で語り継がれるものとなるだろう。菅田は原作由来のノリの良い若者感、そしてその内に秘める心の影を、大胆かつ繊細な表現を通じて拡大し、観客が共感しやすい人物に変容させている。前篇においては、ボクサーとしての体作りのプロセスが映し出されるとともに、濡れ場における露出も多く、これまで爽やかなイメージがあった菅田が、野性的な気迫を全開にして肉体を曝け出す姿は、とても新鮮に映った。

イクチュンの芝居も非常に質が高い。出世作の『息もできない』では、恐ろしくも不器用な優しさを秘めた男を好演したが、本作では同作とは対照的な、気弱で繊細、そしてかわいらしさを持った青年像を見事に構築し、演じるキャラクターを問わない役者としての天才的な器量を見せている。特筆すべきは、全身から醸し出すペーソスである。強くなりたいと願う中で様々な壁にぶち当たる建二が纏う言いようのない哀愁には、思わず目頭が熱くなることも少なくなかった。

(C)2017『あゝ、荒野』フィルムパートナーズ

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菅田とイクチュンを中心とするキャスト陣によって形成される人間ドラマに引き込まれる本作では、ボクシングシーンの作りも隙が無い。言うまでもなく、安全が考慮されていることは確かなのだが、劇中における試合には疑問を抱かせるようなコリオグラフィーはなく、可能な限りギリギリを攻めているという印象を受けた。手に汗握る瞬間も少なくないし、KOシーンの見せ方も上手い。原作では想像するしかなかったボクシングのシーンが、激しく、鮮やかに、そして美しく描き出されているのは、原作ファンとして喜ばしい限りだ。

岸監督と港、そしてキャスト陣は、原作のテーマ性を損なうことなく、現代的な発想・アイディアを交えながら、寺山が意図的に空けていた隙間を埋めて、違った風景の荒野を見せてくれた。その仕上がりは非常にレベルが高く、後篇に向けての期待が高まることは必至である。冒頭で記したように、筆者は実写化の意義を、オリジナルの精神性を保ったまま、新たな何かを加えることだと捉えているが、本作はこれを十分に達成している。157分という長尺は、内容を問わずして敬遠されかねないものの、間延びやムダを全く感じさせない。だからこそ、ネットでの先行配信や異例の早さのソフト化があるとはいえ、できれば本作は大画面を備えた劇場で鑑賞してほしい。

(文:岸豊)


映画『あゝ、荒野』
10月7日(土)前篇、10月21日(土)後篇 全国順次公開

出演:菅田将暉、ヤン・イクチュン
木下あかり モロ師岡 高橋和也 今野杏南 山田裕貴
でんでん 木村多江 / ユースケ・サンタマリア
原作:「あゝ、荒野」寺山修司(角川文庫)
監督:岸善幸
撮影:夏海光造
脚本:港岳彦 岸善幸
音楽:岩代太郎
制作・配給:スターサンズ 制作プロダクション:テレビマンユオン

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