トム・フォードの仕掛けにハマってみる心地よさ―『ノクターナル・アニマルズ』【連載コラムVol.35】

映画ライター・新谷里映が心動かされた、本当に観て欲しい映画たちを連載コラムでお届け。

第35回目は、ファッションデザイナーのトム・フォードが監督デビューを飾った2009年の『シングルマン』につづいてメガホンを取った『ノクターナル・アニマルズ』。彼が作中に散りばめた仕掛けは、考え始めたらすべての意味を考え始めてしまう…そんな思考の余地たっぷりの本作は必ず2度は観たくなる?


(C)Universal Pictures

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愛の映画というと、ドラマチックな出会いがあったり、障がいを乗り越えて結ばれたり、平穏な日々のなかにこそ愛があると謳ったり……“愛=美しいもの”として描かれることが多いが、トム・フォードが映画監督として映し出すのは、表には出さないけれど心のなかで感じている秘めた感情。それを美しい映像とともに描くことで、感情自体が浮かび上がってくる。彼の監督2作目となる『ノクターナル・アニマルズ』は愛と復讐のミステリーだ。

冒頭から強烈な問いかけを受けることになる。豊満な女性たちが誘うように踊っている。観客は、彼女たちは一体何を意味するのかを探ろうとする。その時点で、トム・フォードの仕掛けにハマったようなものであり、最初に「これは一体どういう意味なんだ?」と探る思考を植えつけられることで、映画を観ている間ずっと、トム・フォードが“仕掛けたもの”について考え続ける。

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この『ノクターナル・アニマルズ』は、アートギャラリーのオーナーであるスーザン(エイミー・アダムス)のもとに、20年前に別れた夫エドワード(ジェイク・ギレンホール)の書いた小説が送られてくるところから物語は始まる。特徴は、3つの舞台で描かれることだ。現在のロサンゼルス、小説のなかのテキサス、過去のニューヨーク。

そのなかで物語をいい意味で複雑にしているのは、エドワードの書いた小説の世界の描き方。小説のなかの小説であり、よくある劇中劇の仕組みではあるが、小説のなかのテキサスの話は、小説を読んでいるスーザンが読みながら頭に浮かべている世界で、さらにエドワードが小説のタイトルにつけた『夜の獣たち(ノクターナル・アニマルズ)』は、スーザンとエドワードの過去を表すもの。だからスーザンは思い込む。これは自分たちの話ではないかと──。観客もまたスーザンの目を通して、現在と小説を繋ぎ合わせようとする。その複雑さが面白い。

根底にあるのは愛と復讐だ。スーザンが、かつて自分が捨てた愛と再び向きあう物語であり、それは決して美しいものではない。気づかないうちに相手を傷つけて打ちのめしていたことが、20年の時を経て自分に戻ってくるかのような復讐だ。けれど、それは本当に復讐なのか? もしかすると愛なのか? と明確に提示しないことによって、ますます複雑になる。

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男女の恋愛の終わらせ方においてよく引用されるのが、女は上書き保存、男は別名保存。この映画を観て感じたのは、トム・フォード監督は上書き保存してきたスーザンの感情を一枚一枚剥がしながら、エドワードとの記憶を掘り起こしているようにも見えることだ。

これは監督が語っていることだが「エドワードが虚構の物語『夜の獣たち』を書く時、その感情と細部は彼とスーザンの過去から作り上げられている」。そして「スーザンが彼に対してした、と彼が感じていることを彼女に説明しているのだ」と。たとえば、小説のなかで死体がヴェルヴェットのソファに横たわっているのは、かつてスーザンがエドワードの短編を読んで退屈してしまったことで彼は打ちのめされる。その時、彼女が座っていたのが赤いソファだった──というように、そういう繫がりがたくさん散りばめられている。

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ラストシーンは、様々な解釈のできる終わり方になっている。エドワードの本心はそういうことだったのかとスーザンの愚かさを感じるかもしれないし、あるいは、現実と小説との境目がなくなってしまった結果なのかと想像するかもしれない。他の解釈だってあるだろう。

どちらにせよトム・フォードが創り出す世界で踊らされたことは確かで。先に挙げた赤いソファをはじめ、セリフ、衣装、アートなどトム・フォードが緻密に仕掛けた繫がりを解きたくなる。あのポスターに書かれた単語の意味は? あの衣装は? あの色は? あの車は? 考え始めると、すべてに何かしらの意味があるように思えてきて、もう一度観たくなる。物語自体は決してハッピーとは言えないが、映画を観終わった後の余韻と答えを探しながら思考を続けるその感覚は、案外心地いいものだ。

(文・新谷里映)

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新谷里映

フリーライター、映画ライター、コラムニスト
新谷里映

情報誌、ファッション誌、音楽誌の編集部に所属、様々なジャンルの企画&編集に携わり、2005年3月、映画ライターとして独立。 独立後は、映画や音楽などのエンターテイメントを中心に雑誌やウェブにコラムやインタビューを寄稿中。

【tumblr】新谷里映/Rie Shintani 

映画『ノクターナル・アニマルズ』
公開中

脚本・監督:トム・フォード
出演:エイミー・アダムス、ジェイク・ギレンホール、マイケル・シャノン、アーロン・テイラー=ジョンソン、アイラ・フィッシャー、アーミー・ハマー、ローラ・リニー、アンドレア・ライズブロー、マイケル・シーン
原作:『ノクターナル・アニマルズ』(オースティン・ライト著/ハヤカワ文庫)
2016/アメリカ/116 分/PG-12 /ユニバーサル作品
配給:ビターズ・エンド/パルコ

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