少女たちが浸されていく。心も存在全ても、ゆっくりと。『みなそこにて』【TSUTAYAの名物企画人“仕掛け番長”のススメ】

│毎話違う少女の目線で描かれていく「一花」「五月」「春凪」「千年」「令子」。彼女たちの物語が少しずつこの町の真実を浮かび上がらせていくのだ。

寂しそうな笑顔でこっちを真っ直ぐ見る少女が描かれた表紙が印象的な本作。
とある姉妹が友達みたいな母親から、まるで友達に気軽に話すように「再婚する」「再婚相手が二人で住みたいと言っている」なんて事を告げられ、突然田舎の町のおばあちゃんちに住むことになる事からこの物語は始まる。

この町には人魚の昔話があった。
湖にむかし美しい女の人魚が住んでいた。ある不漁の年、彼女は飢えに耐えかね釣りをしていた村人を食べてしまう。
そして怒った村人たちに檻に閉じ込められ湖の底に沈められてしまったという。

姉妹の姉、一花は町に住む人たちが、自分、そしてこの町にくるまでの自分の知る周りの人間と目が違うという違和感。どことなく街に漂う不気味さ。一花は母親に早く迎えに来て欲しいという思いを抱えながら、町に馴染まないように距離を取り毎日を過ごしていた。
おばあちゃんの目も、一緒にこの町にきた妹の目も町の人たちと同じになり、まるでこの目に追いつめられているような印象を一花は感じるようになっていく。

母親に電話をかけても出てはくれない。
そんな時、母親に新しい家族が生まれる事を知る。悲しさの中で泣いている一花に話しかけ、この町という水底に彼女を呼び込み沈めたのは町に住む不思議な少女、千年さんだった。

この千年さんと人魚の昔話をめぐる、独特な世界観を持った怪異譚ミステリーが『みなそこにて』
毎話違う登場人物の目線で描かれており、サブタイトルにはその話の主人公となる少女の名前が付けられている。
「一花」「五月」「春凪」「千年」「令子」

彼女たちの物語が少しずつこの町の真実を浮かび上がらせていくのだ。

│みんなじゃなくて、独りぼっちが集まっている。

この作品は全体的に派手な演出はなく、丁寧に繊細に物語が紡がれている。
ゆえに心理的な変化が感じやすくそれが物語に深みを出している。

2話で描かれる、五月から見える変わってしまった後の一花の変化。
そして一花から零れ落ちる言葉で五月を一花がどう思っているのかも読み取れ、少女どうしの人間関係の歪さを感じずにはいられないし、大きな展開を見せる春風の話も物語の中心にあるのは春風の心の変化で、故に最後のセリフの恐ろしさは1巻全話の中でも一番の衝撃を読者に与えてくる。

タイトルである『みなそこにて』は色々な意味にとれる言葉だろう。
この物語が示す謎の答えと一花をはじめとする登場人物たちの未来がどうなるのか。
ゆっくりとこの作品を楽しんでいきたいと思っている。

(文:仕掛け番長)

│仕掛け番長のおすすめ本

みなそこにて

2巻 8月18日発売、1巻までレンタル中

著者:冬虫カイコ
出版社:双葉社

“仕掛け番長”栗俣力也

【コンシェルジュ】仕掛け番長

栗俣力也(くりまた・りきや)。TSUTAYA IPプロデュースユニット 企画プロデューサー。
TSUTAYA文庫、コミック、アニメグッズの企画を担当。10年以上のキャリア持つ書店員でリアル店舗からヒット作を次々と生み出す事から仕掛け番長と呼ばれる。人生のバイブルは『鮫島、最後の十五日』

Twitter(@maron_rikiya)

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