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本書で取り上げた英宗は、王朝の創始者でもないし、中興の祖でもない。ましてや、人に感動を与えるような人物でも、人を酩酊させるような人物でもない。中国皇帝史において、数多いた凡庸な皇帝の一人にすぎない。それにもかかわらず、本書で取り上げたのは、その凡庸さ故である。歴史に名が残るような名君も、ただ凡庸な君主も、結局のところは、政治的事象のなかに存在し、政治的事象の変転のなかでしかとらえられない。英宗は、その三十七年という生涯において、ふかぶかとした吹雪のなかに裸身のままで、運命もろとも投げ出されたような経験をいくつかした。それ自体が、宮殿奥深く住まう皇帝としては、稀有なことであった。だが、英宗の諸体験のみを描くのであれば、ほんの数頁で事足りる。しかし、それを、当該時代の政治的変転のなかでとらえようとすれば、その時代を出来る限り復元する作業が伴うのである。その故に、本書においては、名君伝や英傑史話とは全く異なる視点で、政治的変転のなかでの英宗の諸体験を追跡することにした。いわば、歴史ドキュメントを試みたものである。