暗殺者のメロディのクチコミ・レビュー

クチコミ・レビューFilmarks

3.3

観た人
106

観たい人
128

投稿者:saeta 2020年08月16日

トロツキーを扱ったレオナルド・パドゥーラの「犬を愛した男」を読了後、ロージーの映画も20数年ぶりに鑑賞してみました。

当時から、ドロンよりトロツキー役のリチャード・バートンの方が存在感が強かった印象だった。
闘牛シーンやドロンの当時の恋人のロミー・シュナイダーも配役されており、見所はそこそこあったように思う。

投稿者:ひらさま 2019年09月30日

ロシア革命の立役者の一人であったトロッキーは、権力抗争に敗れメキシコへ亡命、政敵であったスターリンが放った暗殺者によりピッケルで殺害される
イギリス出身のジョセフ・ロージー監督は、史実(だと思われる)を淡々とした展開で描き、とくに悲劇性を強調する訳でもなく、歴史の再現に徹しているかと思われる一方で、暗殺者役がアラン・ドロンだとゆー時点で、いわゆるリアリズムよりも演劇性を選択しており、ハマり込んでるトロッキー役のリチャード・バートンのなりきりぶりからも、脚色されたドラマ色を強調しようかという帰来も見え隠れして、結果的にはどっちつかずになっちゃった感はあるあるです
よって酷く退屈で盛り上がりに欠ける出来栄え
でも退屈だからつまらない、とゆー事ではなく、最後まで観入ってしまう吸引力があり、だから映画は面白い
暗殺者はその後懲役刑に服するも、その後ソビエトに戻り英雄として勲章を授与されたらしい
何が正しくて何が間違っているのか?
決めるのは時の政権と権力者、やりきれませんな

投稿者:キクラゲ 2019年08月17日

終盤の展開は良かったです。また、アラン・ドロンやスターリンの肖像などが画面にヌルーっと現れるシーンもなかなか気味が悪くてグッド。なによりトロツキーを演じたリチャード・バートンの孤独さを抱えた演技は素晴らしかったのではないかと思います。

ただ、葛藤の描き方が中途半端だったり、おそらく脚色のキモのひとつであろう女性陣の描き方がザ・良妻とザ・状況理解してないやかまし娘ですごく雑だったり、アラン・ドロンが流石にちょっとやり過ぎ演技だったりと全体としてはぼんやりとした印象。ラストが良かったのでそこまで悪くは思わないですがね。

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クチコミ・レビューTSUTAYA DISCAS

在庫はあるので、追加レンタル設定にするとよいかも?

投稿者:ちゅく 2014年06月28日

DISCASで、昔の名画がありますが、「メーカー在庫切れ」というのは、「直ぐ見たい」人は、諦めた方がよいです。
けれども、メーカー次第で、復活もあります。
気長に待てば……。

ベルトルッチ監督の「革命前夜」は、8年待ちました。
需要があれば、メーカーも考えてくれるのです。(ウォッチリスト、復刊希望、直談判など……)

この「暗殺者のメロディ」は、TUSTAYA店舗で借りられました。昔の話ですが……。
その後、中古DVDを購入し、今みています。

画質は、VHS時代と変わりなく、良くないです。ジェネオンさんで再発願いたい。

この映画の魅力は、次の三つです。

① トロツキー暗殺を描いている。

 レーニンにも、トロツキーにも、著書がある。スターリンには、著書がない。
 著書があるから、かれらに思想があるかといえば、決して、そうではない。
 レーニンの死後、政治闘争で勝ち上がったのは、スターリンだった。
 彼は、生存を最終目的にしているので、思想や書物は、必要がなかった。


② 監督の政治思想と反逆

この映画を監督した、ジョセフ・ロージ―は、イギリス生まれです。
アメリカにわたり、映画を作りました。
最初期の長編「緑色の髪の少年」は、今、もっとも鑑賞しやすい作品です。
マイノリティではなく、自分個人の孤独と自負を、謳歌でなく……確認する作法。

1948年。
ここまでの、ロージ―の経歴は不明。(彼は、コミュニストであったのではないか?)

彼は、アメリカの「赤狩り」という政治の中で、国外追放にされる。(当時の米国の政治勢力が、彼を狩ったのは正解であった。)

ロージ―は、「召使」「できごと」「夕なぎ」「恋」……名作を、彼は、欧州で撮る。

この作家を今も、追いつづけるのは、中田秀夫さんです。


③ 俳優の存在

●トロツキーを演じる、リチャード・バートン

この映画が、歴史映画として成り立つために、不可欠な名優。
なんども結婚し別れた、リズ(エリザベス・テーラー)との「クレオパトラ」、
「1000日のアン」のヘンリー八世、
「聖衣」での、「マーセラス」。(「英雄の証明」という力作あり。レイフ・ファインズ、ジェシカ・チャスティン……)

バートンは、大根役者ですが、歌舞伎役者のように、所作の良い人。色気があります。

●トロツキーの秘書を演じる、ロミー・シュナイダー

「ルードヴィヒ」のロミー、「夕なぎ」のロミー、「離愁」のロミー、この三作品で十分なのですが。
この「暗殺者のメロディ」と、「太陽が知っている」のビキニ姿を加え、五つです。

●暗殺者を演じる、アラン・ドロン

ドロンは、チンピラや、失敗する(最後は殺される)ギャングを演じては、名優ですが、この映画は、意外に、素晴らしい。
ロミーと絡む場面が、とくに良い。
ドロンの性格俳優(古い言葉ですが…)の一面が出た作品です。
この映画のロージ―監督、ドロン主演で、もう一作、ありましたね。

思い出せません。













トロツキー

投稿者:まりこ 2014年03月04日

無知な自分がレビューするのもはばかられるのだが。

トロツキーを知ったのはロバート・キャパの写真(コペーンハーゲン演説)。
後に観た映像で、口角泡を飛ばし聴衆に噛み付かんばかりの形相に圧倒された。
歴史の授業で専ら語られるのはレーニンやスターリンで、トロツキーは権力闘争に敗れた存在でしか無かったのだが。
オールバックの髪、神経質でなお爛々と輝く両眼、口髭という容貌は、私の中の「主義者」と一致するものとなった。
リチャード・バートンには一抹不安があったのだが、意外に違和感無く受け入れられた。
メキシコ亡命中は愛人もいたらしいが、ここでは夫婦仲睦まじく描かれており、如何にも映画的な印象は残ったのだが。

暗殺者ラモン・メルカデルはフランク・ジャクソン(偽名)として登場する。
共産主義者ではあるが、家族を人質に取られた形で命令を遂行しており、国家に翻弄される個人という複雑な側面も。
本作では功名心とも思われる表現があった(ような気がした)が、どちらも本当なのだろう。
アラン・ドロンの抑えた演技が素晴らしかった。
目的の為トロツキーの秘書に接近、要塞化した屋敷に入り込み暗殺を遂げるのだが、その秘書がかつての恋人ロミー・シュナイダーなのだから、こちらも映画的に申し分無いキャスティングだろう。

頭を割られたトロツキーの悲鳴と、袋叩きに合うジャクソンの悲鳴、捕まったジャクソンへ迫るギタ(秘書)のヒステリックな叫び。
三者三様の「素」の叫びが耳に残った。

陰鬱で抑制の利いた内容だったにも関わらず、トロツキーもジャクソンもひどく格好良い。
直後に再見、それでもなおその「格好良さ」には痺れた。

ジョゼフ・ロージーの冷徹なまなざし

投稿者:ロキュータス 2013年12月01日

( ネタばれあり )

洋画の邦題には『 華麗なる~ 』とか『 愛と○○の~ 』とか、内容に関連性がなくても流行がありますが、『 小さな恋のメロディ 』『 死刑台のメロディ 』 ( ともに1971年 )と当時は『 ~のメロディ 』がそうだったのでしょう。
原題を直訳すると『 トロッキーの暗殺 』。
映画の題名に簡潔で叙事的、散文的な題名を好む英語 と、ハイカラな外来文化風と叙情的な題名を好む日本語との違いでしょうか。
コーヒーにたとえると、無糖と加糖のようにテイストに開きを感じます。
興業上の事情とはいえ、題名の印象は内容の観方にどうしても影響を与えて困りますね。

さて、革命という言葉には人々を高揚させる響きがあるし、政治家の暗殺というテロルにさえ、自らの命を賭けて相手の人生と切り結ぶところに、エロスとタナトスの葛藤という文学的なテーマを見出すことは可能です。
しかしジョゼフ・ロージーの冷徹な視線は、セクシーなアラン・ドロンを暗殺者役に起用しながら、暗殺に官能性を許さない。

無粋なネタばれになりますが、闘牛の描写にすでに暗殺が暗喩されていますね。
闘牛士が使う赤い布は、赤旗を連想させますが、勇敢な男のロマンとしてではなく、闘牛とは残酷な見世物、殺された牛はむごたらしく屠殺され、肉片に解体されていく作業として描写されています。

暗殺事件は、ただ血生臭くて、醜悪。  
暴力とは残酷で、そこに美はない。
覚悟も見せず醜態をさらす卑劣な暗殺犯の表情は虚ろで、不毛な事件として作品は終わる。

ジョゼフ・ロージーによれば、この作品は左翼に評判が悪かったらしい。( 「世界の映画作家シリーズ 17 カザン、ロージーと赤狩り時代の作家たち」キネマ旬報社 )
ロージー自身は、「トロッキーとスターリンは私の青春につきまとっていた」「自分はコミュニストであり、トロッキストではない。だが、それが現在何だというのだ」と言っています。


アラン・ドロンとロミー・シュナイダーの共演は『 恋ひとすじに 』とは大違いで、執着と倦怠が入り混じった大人の男女の官能的な関係を演じ成長を感じさせますが、男の裏切りで破たんに終わる。

ロージーは「本作は社会主義への批判的接近を見せるには十分で、この映画を作ることは、私にとって一種のカタルシスであった」と書いています。
不毛な暗殺と破たんした男女で映画は終わりますが、そこには逆に失われた革命と恋という、エロスへの思いを感じさせます
デモの行進にかかる「インターナショナル」、メキシコの壁画運動、トロッキーのスピーチには革命の高揚が感じられ、やはりこれは左翼が作った映画だと感じます。

さて、トロッキストとは何か。
まともに辞書的な回答では、「 トロッキズムの支持者。永続革命・世界同時革命を主張 」ということになりますが、実情は「 政治的に対立する相手につけるレッテル、烙印の一種で、左翼が左翼に対してつかうもの」というほうが端的でしょう。
「 スターリンに逆らう奴 」が起源で、その後ソビエト共産党、毛沢東、そして各国の左翼運動で転用されてきました。

レッテル、烙印というのは相手に対して一方的につけるもので、イメージは一人歩きして、恣意的に攻撃の材料として使われるもの。
個人の発する悪口や議論レベルでも広く一般的に使われるけれど、それが権力闘争のレベルまで行くと、最後は魔女狩りとなっていく。

魔女狩りになると、相手は「絶対悪」で攻撃し滅ぼすのは議論の余地がない正義として振りかざされて、攻撃する側にはその正当性も、「魔女である」という立証責任も問われることは無くなってしまう。
レッテルを貼られる側が「魔女ではない」ということの立証責任を求められる。
相手が勝手にはるイメージに対して「~ではない」ことの立証は困難かつ不条理なもので、
反論すれば魔女、沈黙や無視は言い分を認めたものとして魔女、弁明は言い訳・ごまかしと取られ、言い分を受け入れて考えを改めたと言っても、疑わしい負け犬として迫害される。

「魔女の記号」は恣意的なもの。
ナチスの「ユダヤ人」とは、よそもの、無神論者、異教徒、強欲な資本家、共産主義者、非国民、裏切り者何にでも転用可能な使う側の一方的で恣意的なイメージであり、実際のユダヤ人とのあいだには乖離がある。
「ヒトラーに逆らう奴」という記号なので、ユダヤ人でないドイツ人も呪縛し、何も考えない、逆らわないことが安全ということになり、すべての価値観を石ころに変えた。



( つづく )

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