サン★ロレンツォの夜のクチコミ・レビュー

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3.4

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354

投稿者:Jeffrey 2021年06月15日

「サン★ロレンツォの夜」

〜最初に一言、ダヴィアーニ兄弟の誠に見事な起承転結で描いた素晴らしい戦争悲劇で、82年のスピルバーグの「E.T」に次いで上映中に何度も拍手の沸いた人気ぶりだった事や残酷で滑稽なまでのストーリーが激しい衝撃と感動を呼び起こす名画である〜

本作はパオロ、ヴィットリオ兄弟によるヒューマン・ドラマで、この度BDにて久々に鑑賞したが素晴らしい。第二次大戦末期のトスカーナ地方を舞台に繰り広げられた戦争の悲劇をうまく描いている。本作は第35回カンヌ国際映画祭で審査員特別グランプリエキュメニカル賞受賞しており、第18回全米批評家協会賞作品賞と監督賞を受賞している。タイトルは聖ロレンツォの夜、流れ星に願いをかけると叶うと言う言い伝えから撮られたものだそうだ。この作品は82年と言うことでスピルバーグの「E.T」に次いで上映中に何度も拍手の沸いた人気ぶりだったことを思い出す。拍手して笑いながらも、それが同じ村の幼なじみや親戚の間で起こっている事件で、あい撃ちあい傷つけ合いながら、介抱の水を求めあってはまた殺し合うと言う、優しさと残酷さが背中あわせになったシーンの連続が深く激しい衝撃的な感動を呼び起こし、上映後たちまち、ダヴィアーニ兄弟の傑作「父、パードレ・パドローネ」がなかったなら、今年のグランプリは本作に決定だったとニース・マタン紙他各紙の異例の賞賛を浴びたのも確かこの作品であった。

「父、パードレ・パドローネ」のレビューの時に言ったが、過去にグランプリ(パルムドール)を受賞した作者は主要な賞は再度受賞できないのがカンヌの習わしだからである。それだけに、審査員会が通例を曲げて審査員特別大賞の受賞決定を発表したときには、それがまた拍手を持って迎えられると言う異例ずくめとなったのである。これはダヴィアーニ兄弟のファンにとっては当然知っている事柄である。カンヌ国際映画祭は基本的に最高賞受賞した監督が次出品した際には最高賞より格下げの賞も受賞できないと言うしきたりみたいなのが確かあったのだが、この作品は特別に審査員賞受賞しているのだ。だから新聞の異例な書きようはこのためである。でも今はそんなことなく普通に受賞できると思う。さて前置きはこの辺にして物語を説明していきたいと思う。




さて、物語はイタリア中部のトスカーナ地方では、8月10日、聖ロレンツォの日の夜、流れ星に願いをかけると願うと言う言い伝えがある。今、チェチリアが流星にかける願いは、彼女がまだ6歳の少女だった頃の思い出話を、愛する人に聞き届けてもらうことだ。それは第二次大戦も終わりに近づいた1944年の夏。連合軍上陸ですでにローマは解放されていたが、中部ではドイツ軍の占領とファシスト支配が続き、連合軍の北上が待たれていた。トスカーナ地方の小さな村、サン・マルティーニの郊外の教会で、秘密の結婚式が行われた。新郎のコラードは徴兵拒否者なので、村の大聖堂には入れてもらえず、新婦ベリンディアは出産間近の身重だった。チェチェリアも出席し、参列者たちは、わずかなパンを分け合って、若い2人を祝った。サンマルティーニの村は、ほとんどの家に緑色で十字の印が付けられていた。

それはドイツ軍が、撤退するときに爆破して去ると言う目印なのだ。パルチザンのニコラが、フィレンツェから仲間のブルーノと帰ってきた。ブルーノはこの村の者ではないが、ニコラが怪我したので送ってきたのである。村外れで2人は別れた。家に戻ったニコラは、自分の家も爆破されることを知る。両親と妹ロザンナが、彼を避難所に連れて行く。人影の失せた村の上空に、戦闘機の不気味な爆音が響き渡る。村の名士の弁護士ミリアラーティは、ファシストではないが、家に緑十字の印を付けられていなかったので、その地下室が、人々の避難所になっていた。地下の闇の中で、人々はじっと耐えていた。そこへ、どこからともなく、軽快で活活としたマーチが聞こえてきたのである。米軍が来た!人々は一斉に外に飛び出し、姿は見えぬが近づきつつある彼らの救いの神に胸ときめかすのだった。

ところが、それはミリアラーティのいたずらだった。ドイツ軍の怒りに触れて、その夜から、ミリアラーティ夫妻も地下室に移った。翌朝、村の司教が、ドイツ軍司令部がいよいよ午前3時に家を爆破することを決定し、全員、大聖堂に集合する命令を受け取ったと告に来る。教会は爆破されるはずがない。しかしそれがドイツ軍の罠でないとの保証もない。考え抜いた末に、ガルヴァーノは村人たちに呼びかけた。村を脱出して連合軍を探しに行こうと。人々は迷い、動揺し、結局命令通り大聖堂に残る者と勇気を振って脱出に命をかけるものに別れた。日没を待ってガルヴァーノの一行は出発した。チェチェリアも母親のイヴァーナと一緒に加わっていた。午前3時、野原で身を寄せ合っていたガルヴァーノ達の耳に、村の方から爆破の音が響いた。

翌朝、一行はスイカ畑を見つけ、空腹を満たした。シチリア出身のマーラは、米軍第五師団には、シチリア系兵士の部隊があると聞かされ、同郷人に会いたくて1人野原に出て、ドイツ兵に撃たれる。脱出組の最初の死者だった。一方、村を抜け出した一団がいることを知ったファシストも追手をよこした。陣痛が始まったベリンディアは母親と一緒に一旦村に帰ることになった。夫のコラードは村の手前まで見送ることになった。マルディーニ夫妻は怖じ気づき、母親のコンチェッタを近くの実家まで送ってくれとガヴィーノに頼んで大聖堂に戻る。居残り組と戻ってきたものを前に、大聖堂で司教がミサを行った。前の広場にはドイツ兵とファシストが見張っている。突然、大音響が轟天、硝煙の中から、傷ついた人々がよろけながら出てくる。生き絶えたベリンディアを母親が引きずってくる。司教の手助けを頑に拒んで母親は娘を荷車に乗せた。

米軍捜査組の一行はコンチェッタの実家の前を通りかかる。が、家には火の手が上がっていた。この時、チェチリアは母親から、怖さが消えると言う呪文を教わった。数人のドイツ兵が接収したバスを霊柩車がわりにしてやってくる。後から、そのバスの運転手が追ってくるから、ガルヴァーノたちの目の前で生き絶えた。死ぬ直前にその男ダンテと言う男が米軍の居場所を知っている、と言い残した。ガヴィーノ達は、そのダンテなる人物を求めてアルノ川沿いを進んだ。小麦畑でガルヴァーノ達は、ダンテとその仲間に出会った。その中にブルーノもいて、ニコラは再会を喜ぶ。ダンテたちは、サン・ダンジェロ村の百姓たちの小麦の収穫を手伝っていた。ドイツ軍やファシストに略奪されないように急いで収穫して隠さなければならないと言う。ガルヴァーノ達も、米軍捜査を中断して、手伝うことにした。

ニコラやディルボ、コラード、老人オリントたちは、米軍捜査を止めて、ダンテ達と行動を共にすると決心する。ダンテは彼らに名前を変えて身元を隠すように言う。この日は聖ロレンツォの日だったが、夜になってもそのことを思い出す人はいなかった。翌朝、チェチリアは大人たちより早く起き、友人のレナータと2人で街道に出た。そこに見慣れる兵士が2人、くつろいでいた。ガムと即席の風船をもらった彼女たちは大人たちに告げに戻った。しかし、再びその場所に来た時、兵士の姿はなく、米国製のタバコが残っているだけだった。その上、人々は、米軍どころかファシストのー団が来ていることを知った。小麦畑の中で、パルチザン、米軍捜査組とファシストの銃撃戦が始まった。互いに敵同士だが皆、同じ村の幼なじみや親戚と言う、残酷な戦闘だった。

チェチリアは母親に習った呪文を一生懸命に唱えた。ディルボが死んだ。ニコラも、オリントも死んだ。ファシスト親子も死んだ。その夜、ガルヴァーノ達は、パルチザンたちに招かれて、サン・ダンジェロの村に行き、数件の農家に分宿させてもらう。偶然にも、ガルヴァーノとコンチェッタに対する、若い時からの思いを告白する。死と隣り合わせの短い夜に、2人の心は初めて1つになった。翌朝、米軍の第五師団が、この地方の町や村を次々に解放したという知らせが入った。人々は、サン・マルチーノに帰る準備を始めた。日が照っているのに土砂降りと言う奇妙な天気の中で人々は帰途につく。ガルヴァーノだけは、その後もしばらく村の広場に残って、考えにふけっていた。現代のサン・ロレンツォの夜。流れ星が光り、チェチリアは愛する我が子に、あの呪文を唱えて聞かせている…とがっつり説明するとこんな感じで、1982年のカンヌ国際映画祭にコンクール参加作品として出品され、映像の美しさと詩的で人々を酔わせて笑わせ、泣かせて大喝采を浴びた作品である。

いゃ〜、久々に見たけどここまでリアリズムとリリシズムの昇華…内戦のおぞましさがかくも見事に描かれた映画は滅多にないだろう。映画史上かつてなかった感動的で最も慎み深いラブシーンが垣間見れるのと、子供の目を通しての戦争映画は様々あるが、この監督が非凡なのは、子供が大人になるのではなく、大人がかつて子供だったことをよく知っているからだと言わんばかりの作りになっている。まさに10年に1度しか巡り会えない美しい映画と言っても過言では無いのではないか。そもそもストーリーも面白い。監督たちが幼い頃に実際体験した、ナチスドイツとファシストが支配する小さな村から、アメリカ軍を探し求めて危険な脱出の旅を続けた事実の数々に基づいていて、冒頭のシークエンスの、姿は確認できない女性が彼女の最愛の人への願いとして語り始められ、ラストシーンで、スヤスヤと眠っている〇〇の〇〇への物語として観客に伝えられる構成になっているのが素晴らしいの一言だ。

やはりダヴィアーニ兄弟の作品は残酷な場面にユーモラスが混じっているため非常に見やすいと思う。いろいろな人物を多彩な群衆のドラマとして描いているのも特色の1つだが、のんびりとしたムードには戦争の恐怖と不安が混じり合っているのが本作の見所の1つである。回想の内容は決してロマンティックなものではないが、第二次大戦の末期のイタリアのトスカーナ地方のある村に起こった悲劇が丁寧に描かれている。特に子供がすごく救いを感じられるように扱われている。例えば2人のアメリカ兵がコンドームを膨らませて作った風船をもらって喜んだりする場面は落ち着くし、悲劇的な場面と牧歌的な場面の組み合わせがこの作品のユニークな味わいを出している。だって親戚同士殺し合う映画なんだから、石井監督の「逆噴射家族」でもここまでは行かなかった(笑)。

そして何よりも滑稽に満ちたシーンが、敵同士だと気づかずにお互いに負傷者の手当てをしようとした途端に気づきあって即効で殺し合う場面はなんとも笑えるし、ギリシャ神話(と言うより古代ローマの戦士たちが敵をやっつける場面を空想しているのが表れている)に出てくるようならえげつない槍で串刺しにされる場面も惨たらしいがなぜか笑ってしまう。敵と味方がお互いに背中合わせになっているこの映画の役割は色々とある。残酷で悲劇であり、ファシストの少年とその父親を捕まえ、ついに処刑してしまう場面もあまりにもひどいと思う。あのハンサムな少年が見るも無残に殺されていくのだ。しかもそれらの描き方が非常にドライであり非情なのである(印を踏んでいるつもりはない)。それとこの作品は主人公と言う主人公はいなくて、基本的に親戚全員がちょろちょろと画面に出てくる。そういった中、特徴的なのが少女なのだが、その少女の心理の表現も非常にうまくできている。





投稿者:蟯虫 2021年06月08日

冒頭から傑作の予感がしたけど期待通り。麦畑での攻防戦の寓話性 槍ヤバすぎんだろ
そして素晴らしい日向雨映画でもあった

投稿者:DamKeeper 2021年05月02日

好きです。
淡々としてユーモアがあるんですが、人がバタバタ死んでいく。
ちょっとこういうの他にない。

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