私はあなたのニグロではないのクチコミ・レビュー

クチコミ・レビューFilmarks

3.8

観た人
853

観たい人
2918

投稿者:Marinana 2019年04月20日

The story of the Negro in America is the story of America, and it is not a pretty story.

投稿者:Vocalise 2019年04月20日

自分自身に問うことと
向き合うこと

とてもシンプルなのに
ものすごくそれが困難であり
錯覚すらともなうものであるから

明快に歴史は進んでこなかったと
あらためて感じた

投稿者:Kaz66 2019年04月15日

黒人であるが故に(迫害を恐れ)ヨーロッパの文壇で主に活躍していたジェイムズ・ボールドウィンが、祖国の人種差別の現状を見るに見かねてアメリカに戻り綴った未完成原稿「Remember This House」を基に、当時の公民権運動指導者のメドガー・エバース/マルコム・X/マーティン・ルーサー・キングの回想を通して米合衆国の人種差別の歴史(=米国史と本人は考えている)を描いたドキュメンタリー映画。
本作は89回(17年)アカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞の他、数々の映画賞のドキュメンタリー部門にノミネート&受賞している。
今年の3月以降、「グリーンブック」「LBJ」「ブラック・クランズマン」の順で米公民権運動に関連する映画を観てきたが、段々とスパイク・リー監督が怒るのも無理はない!というかどちらかと言うと『支持』に思えてきて、この映画で確実に『白人はもっと反省・(上辺でなく心からの)謝罪をしなきゃならない』とまで思うようになりました。
『我々は同じ人間だ』というスタート地点になかった400年間をゼロには出来ないし、その間の米の経済・文化発展に黒人がどれ程寄与してるかを考えると、ホントいたたまれない気持ちになります。
いま一度、歴史を正確に理解し後世にも正しく残していく事を、『同じ人間』として誤魔化さずにしていかなければと思いました。

ps.丁度、東大入学式の上野千鶴子さんの祝辞が話題になってたので(それを読むと)、人種差別の上に性差別もあったことを考えると、『同じ人間じゃない』前提で図られてきた“選民思想的”長い歴史をリセットするのは相当難しいと思いましたし、だからこそ上野さんやスパイク・リー監督のように事ある毎に『声をあげる』のも必要なんだと思うようになりました。

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黒人の歴史はアメリカの歴史。美しい物語ではない

投稿者:ポッシュ 2018年12月16日

黒人作家ジェームズ・ボールドウィンの未完の原稿を元に作られたドキュメンタリーです。

ボールドウィン自身の生い立ちや、彼が生きてきた時代を彩る映画作品などを紹介しながら、
政府やメディアによって黒人に対する無知・偏見が助長されてきた側面があるという、彼の見解が語られる。

また、抑圧される側は長年の抑圧によって現状を認識できなくなる、と演説会で語っている映像があって、
自分は行動心理学のある理論を思い出した。セーリックマンの犬の実験というもので、長くなるけど引用させてください。

中央に柵をした部屋の片方に犬を入れ、犬のいる側の床に電気を流す。犬は逃げ出そうとするが柵があるので
柵の向こう側には行けない。それを何度も繰り返した後に、柵を外して電流を流しても、犬はうずくまったまま動かない。
部屋の反対側の床には電気が流れていないのに、そちらに移動しようとはせず甘んじて電気刺激を受け続けるというのだ。
ワンちゃんに何するねん!というムゴい実験なのだけど、これが示唆するところは大きい。
この犬は「絶望」と「無気力」を学習してしまった・・・。
この知見は、黒人の置かれた状況を(全てとは言わないが)ある程度、説明し得るのではないか・・・。

ボールドウィンは3人の黒人運動家、メドガー・エバース、マルコムX、マーティン・ルーサー・キング牧師と交流があり、
彼らに関する思い出も描かれる。4人が登壇する討論番組が興味深い。過激な黒人解放運動のリーダーであるマルコムXは
「愚かな黒人牧師が、白人に虐げられても歯向かうなと教えている」とあからさまにキング牧師を糾弾!(ひえー)
それに対しキング牧師は「愛がひ弱だとは思わない。無抵抗ではなく暴力は使わないだけだ」と言う。
個人的にはキング牧師の姿勢に、打たれるものがありましたね・・・。

イントロダクションには「暗殺された公民権運動家たちの生き様を追いながら」とありますが、
3人の運動の全容が描かれる訳ではなく、あくまでもボールドウィンが接触した部分、彼らの“人となり”の
一部がプロフィール(横顔)として回想されるに過ぎない。
米国史としての黒人差別に関する事件などもサラッと映像が流れるだけで、時代を追って国全体の
意識の変遷があるのか無いのか、良く分からない。
まぁ、これは元ネタのボールドウィンの原稿が1970年代に書かれたものだから仕方ないのだけど、
映画自体は2000年代の事件や映画作品なども紹介していくので、その辺がチグハグな印象は受けた。

ボールドウィンは言う。「白人は自分たちの純潔を守りたいがために、黒人という役割を我々に押し付けたのだ」と。
社会の安定のために「沈め石」の存在が政治的に作り出される・・・というのは差別の構造としてある訳ですが、
正直、私自身は、差別の正体というものが良く分からない。
例えば、海外旅行先で「おや?」と違和感を覚えることはあったりする。
フランスの観光地で、我々ツアー客の横を、地元のフランス人の男が両手をこめかみに当ててツリ目を作って
大笑いしながら通り過ぎて行ったこと。
パリ郊外で、すれ違いざまにデタラメな中国語っぽい言葉を投げかけて嘲笑した若者がいたこと。
自分がアジア人であるという、その事だけでバカにされるって何なんだろうと考え込んでしまう。
一方で、国内の観光地で出くわす中国人観光客の喧しさに、つい顔をしかめてしまう自分もいる。
「心のありよう」はコントロールが難しいという気がしてしまう。

当時のテレビ番組が興味深い。
「時代は変わったんじゃないですか?黒人は様々な世界で活躍してる」と白人の番組ホストがボールドウィンに尋ねると、
彼は厳しい表情で「問題をすり替えている限り希望はない」と語る。
表情が曇る司会者。意識の違いがハッキリと現れている象徴的な場面だ。
白人の学者と討論するシーンもあるが、そこでも両者の意見は平行線を辿る。
差別する側とされる側の、この「意識の違い」はどうやっても埋められないのではないか?
という、ちょっと絶望的な思いにかられる。この番組から半世紀経った今、どれだけ状況は改善されているのだろう。

歴史が明らかにしているところだが、黒人の権利を主張した先述の3人の活動家は暗殺されてしまう。
盟友を次々と失ったボールドウィンの悲嘆にくれる述懐が辛い。
「黒人の歴史はアメリカの歴史。美しい物語ではない」と言い切る彼の言説は悲観的で辛辣だ。
(本人は「自分は悲観主義ではない」と言ってるのですがね・・・)

政治の問題ではなく国民一人ひとりの「意識」の問題なんだと訴えるボールドウィンの涙目を見ていると、
なんだかモゾモゾと居心地の悪さを覚えてしまうのでした。自分アメリカ人じゃないんだけどさ(苦笑)。

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