これは有能すぎるものの裏にある苦悩を描いた感動作だ。『勇者、辞めます』【TSUTAYAの名物企画人“仕掛け番長”のススメ】

│過去・未来・そして現在の3軸が同時に存在する、まるで現実のような厚みを持つ作品『勇者、辞めます』

ついにアニメ放送開始で今話題の本作。
ひとりで旅立ち、ひとりで魔王を倒した勇者が魔王城に「魔王軍で雇ってくれ」と面接に訪れるという展開から始まるこの『勇者、辞めます』。
たった一人で魔王を倒した実績を武器に魔王に自分をアピールする元勇者はもちろん? 不採用。しかし諦めず、その後、正体を隠しながら魔王城の四天王に協力してもらい、魔王に気に入られるように働くという有能すぎた元勇者の物語だ。

最初に言っておくが、この作品は読者に見えているそれとは別にもっとど真ん中で大きな物語が進んでいる。そもそも魔王軍を倒した後の勇者が主人公である事で、当時の戦いの回想など過去の描写が多い本作、しかしそれよりももっともっと前からこの元勇者の物語が始まっていたのだ…。
この『勇者、辞めます』という作品は未来に進んでいくだけでなく、過去にさかのぼる事でさらに物語の真実がみえる、過去未来そして現在の3軸が同時に存在する、まるで現実のような厚みを持つ作品として描かれている。

強すぎる、有能すぎる元勇者。
ファンタジー系のなかでも特に「なろう系」と言われる作品達の主人公は異常な強さ、チート能力を持っているものが少なくないので、この作品の主人公の強さに疑問を持つ読者は少ないかもしれない。しかし本来そんな有能さを持つのには理由が存在しなければならないものだ。

│「多数の読者はこう読む」という心理を利用して、物語の面白さを倍増させる。まさに読者目線を意識して書かれた作品なのだ。

どんでん返しと言われるものは、読者の思い込みを利用して驚きを与えるものが多い。
例えばバンドマンたちが「サリー」「ダン」「ロッキー」などあだ名で呼び合う所に「ジョン」と書かれたらバンドの仲間と思ってしまうが、実が「ジョン」は犬の名前だったというように「この流れならこうだよね」という固定概念から間違った認識を持ち、それがキーとなり驚きの展開が描かれる。

そういう意味でこの『勇者、辞めます』は、なろう系をよく読んでいる読者にとってはまさにどんでん返し作品と言えるし、魔王軍を倒した過去があるからそれ以上昔を意識することはないなど、「大多数の読者はこう読む」という心理を利用して、物語の面白さを倍増させる事も効果的に使われている非常に巧みな1作だろう。

この作品がアニメでどう展開されていくのか。
原作やコミカライズ版を読みつつそれを楽しみに待ちたいと思っている。

(文:仕掛け番長)

│仕掛け番長のおすすめ本

勇者、辞めます

5巻までレンタル、6巻まで発売中

著者:風都ノリ、クオンタム
出版社:KADOKAWA

“仕掛け番長”栗俣力也

【コンシェルジュ】仕掛け番長

栗俣力也(くりまた・りきや)。TSUTAYA IPプロデュースユニット 企画プロデューサー。
TSUTAYA文庫、コミック、アニメグッズの企画を担当。10年以上のキャリア持つ書店員でリアル店舗からヒット作を次々と生み出す事から仕掛け番長と呼ばれる。人生のバイブルは『鮫島、最後の十五日』

Twitter(@maron_rikiya)

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