狂気に満ちた「推し心」を描く驚愕の恋愛ミステリー『ソコナシイチズ』【TSUTAYAの名物企画人“仕掛け番長”のススメ】

│おっちょこちょいで可愛いそんな彼女の一途な狂気

一途に想われる事は幸せだろうか?
恋は綺麗なものという側面だけではない、という事を描いた漫画作品は多く存在する。
特に一方的な想いにより、人生を狂わせていく物語はすぐ近くで起こりうるようなリアリティがあり、“自分ごとのようにのめり込んで読んでしまう”なんて方も多いだろう。

今回紹介したい『ソコナシイチズ』は、妻を異常なほど愛する男性が主人公として描かれている。趣味は妻をストーキングする事という彼の愛情の歪さは1ページ目から全開で、それは思わず本から目を背けたくなるほどのものなのだ。
しかしこの作品の中心に置かれる「想い」は、彼の妻に対するものではない。

主人公である八坂勇が妻に浮気をされたと悩んでいる時に、目の前に現れた一人の若く綺麗な女性「花園雛子」。
『ソコナシイチズ』は、おっちょこちょいであざとく感じるようなしぐさを見せる彼女の恋心が起こした狂気の物語なのだ。

│『ソコナシイチズ』を読んで「推し」という感情が行き過ぎる事で生まれる歪な怖さを思い知ったように思う

1冊で完結するフェアなミステリー作品である本作は、犯罪者側のそばにいる人間の視点で描かれている。わかりやすく表現するならば、探偵役のそばにいつもいて、一般人目線で物語を進行する“ワトソン役”のような役割を犯罪者側に置いているような構成となっている。

また面白い事に、推理小説における探偵役とワトソン役の立ち位置や能力の比較のありようとも上手く重なる部分があるのだ。例えば、どんな謎も解いてしまう推理能力をもつ探偵と、推理を少しかじっただけの一般人のワトソン役、という役割が一般的なそれだと思うが、この物語においてそれは恋する想いに置き変わり、それにより「花園雛子」の異常さが際立つようになっているのだ。

犯人と行動を共にしている主人公の目線で描かれているため、基本的に読者はそこで何が起きているか、どんな犯罪が行われそれは何のためかを犯人本人の言葉として理解した上で行われる狂気を読んでいく事になる。
しかしそれゆえに見落としが発生し、この物語の探偵役の視点とのズレが生まれていく。
そのズレが重なり合い見えてくる「花園雛子」の真実に、思わず息を飲むこととなる読者は少なくないだろう。

どんでん返しの仕掛けがあるという作品ではないのだが(最後にタイトル回収は意外な形でされるが…)、しっかりと読み込む事で「花園雛子」の描く恋心の異常な深さに気が付き静かに驚く事になる本作は、まさに驚愕という言葉が似合う1作だろう。

最後になるが、『ソコナシイチズ』を読んで「推し」という感情が行き過ぎる事で生まれる歪な怖さを思い知ったように思う。

これはまさに読むべき名作だ。

(文:仕掛け番長)

│仕掛け番長のおすすめ本

ソコナシイチズ

発売・レンタル中

著者:保松侘助
出版社:日本文芸社

“仕掛け番長”栗俣力也

【コンシェルジュ】仕掛け番長

栗俣力也(くりまた・りきや)。TSUTAYA IPプロデュースユニット 企画プロデューサー。
TSUTAYA文庫、コミック、アニメグッズの企画を担当。10年以上のキャリア持つ書店員でリアル店舗からヒット作を次々と生み出す事から仕掛け番長と呼ばれる。人生のバイブルは『鮫島、最後の十五日』

Twitter(@maron_rikiya)

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