【レビュー】映画『サウルの息子』-長篇デビュー作とは到底思えない怪作

© 2015 Laokoon Filmgrou

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「ゾンダーコマンド」という言葉をご存知だろうか。これは、20世紀最悪の悲劇の一つとして語り継がれるアウシュヴィッツ強制収容所で、移送されてきたユダヤ人のガス室への誘導と、その処刑後に死体処理を任されていた部隊の通称だ。ハンガリーの新鋭ネメシュ・ラースロー監督の長篇デビュー作で、第68回カンヌ国際映画祭でグランプリに輝いた『サウルの息子』は、この「ゾンダーコマンド」の一員である男の姿を描いた衝撃作だ。

主人公のサウル(ルーリグ・ゲーザ)は、「ゾンダーコマンド」の一員として機械的にユダヤ人の誘導と死体処理に従事していた。そんなある日、サウルはガス室から奇跡的に生還しながらも、無残に殺された息子とおぼしき少年を発見する。少年をユダヤ教式の土葬で葬ってやりたいと考えたサウルは、遺体を回収し、ユダヤ教の司教:ラビを探し回る。しかし、収容所内では蜂起の用意が整えられており、サウルも巻き込まれてしまう…

 

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「ゾンダーコマンド」の日常は単純ながら極めて暴力的だ。移送されてきたユダヤ人をガス室に誘導し、その死体を運搬・焼却するという作業をひたすら繰り返す。この地獄のような日常を送っているため、サウルの心理状態は、さぞかし荒んでいるのだろうと思うのだが、サウルは淡々と作業をこなしている。まるで機械のように…。

アウシュヴィッツでは、ユダヤ人の死体は「部品」と呼ばれている。アウシュヴィッツは産業的に虐殺を行う死体生産工場であり、サウルはその歯車になっているのだ。歯車として、死体を見ても平然と作業を遂行するサウルの姿に象徴されている「(人間に内在する)暴力への適応性」にはゾッとする。この非人間的な状態にあるサウルが、人間性の欠片を取り戻すきっかけとなるのが息子とおぼしき少年の遺体なのだが、彼は少年の死を悲しむのでもなく、怒り狂うのでもなく、ただ土葬することだけを目指す。

作劇のセオリーから言えば、少年の遺体の発見以降は、サウルについての人物描写がなされるはずだ。なぜなら、人間性が欠落したサウルが人間性を取り戻していく姿を描くことでストーリーには感動が生まれ、鑑賞者を強く引き込むことができるからだ。しかし、ラースロー監督はサウルに人間性の欠片(=葬儀をしてやりたいという願い)を与えるに留め、それ以上の人物描写(=鑑賞者に感動を煽ること)をしない。「処刑へのカウントダウン」や「秘密裏に進められる反乱への準備」といったサブプロットが挿入されてもなお、サウルの行動原理は「ラビ探し(=土葬の達成)」に限定されている。この極めてミニマルな作劇の背後にあるのは、実際に親族がアウシュヴィッツで殺害された歴史を持つラーシュロー監督が、人間性に主眼を置き、感動や悲劇を描きがちな「既存のアウシュヴィッツ(を題材にした)映画」に対して抱くアンチテーゼだろう。

というのは、人間性に主眼を置いて感動的なストーリーを構成してしまうと、残虐性や恐怖といったアウシュヴィッツの本質は希薄化してしまうのだ。そこでラーシュロー監督は、サウルが人間性を取り戻していく過程を徹底的に排除し、ナチスの残虐性や人間らしからぬサウルの姿に象徴される「非人間性」の恐怖を一貫して描いた。だからこそ、本作は既存の「アウシュヴィッツ映画」とは一線を画す、生々し過ぎるほどのリアリティを湛えた怪作として完成されている。

 

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既存の「アウシュヴィッツ映画」とは異質なストーリーテリングに加えて、撮影に困難を伴う長回しを多用しているのも素晴らしい。サウルの姿を捉え続ける長回しを一貫して用いることで、鑑賞者は限りなく収容者に近い視点(画面上に存在しない、もうひとりの収容者の視点)でサウルの動向を眺め続けることになり、自然とストーリーに引き込まれる。また、本来は避けるべきであるカメラの揺れを敢えて残し、視点の揺れを鑑賞者に体験させることで臨場感と真実味を感じさせるのも巧い。

終盤における、「何かを得れば、何かを失う」という皮肉ながら現実的な展開は秀逸の一言に尽きる。劇中でサウルが唯一見せる笑顔が、いかにして生まれるのか。その結末は、是非とも劇場で確かめて欲しい。…ちなみに、本作は当時の「ゾンダーコマンド」の記録などを基にしてはいるものの、あくまでもフィクションである。しかし、徹底した写実主義、無駄のないストーリーテリング、そして計算された撮影によって紡がれる物語には、恐ろしいほどのリアリティと、目を背けることを許さない凄みが宿っている。長篇デビュー作とは到底思えない怪作を生んだネメシュ・ラースロー監督には、惜しみない称賛を送ると共に、今後の活躍にも期待したい。

(文:岸豊)


映画『サウルの息子』

1月23日(土)より 新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国ロードショー

監督:ネメシュ・ラースロー

脚本:ネメシュ・ラースロー、クララ・ロワイエ

主演:ルーリグ・ゲーザ

2015年/ハンガリー/カラー/107分/スタンダード

配給:ファインフィルムズ

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