【レビュー】『ブリッジ・オブ・スパイ』に見る、スピルバーグ監督の極端な変化

(C)Twentieth Century Fox Film Corporation and DreamWorks II Distribution Co., LLC.  Not for sale or duplication.

(C)Twentieth Century Fox Film Corporation and DreamWorks II Distribution Co., LLC. Not for sale or duplication.

スピルバーグ監督の健在ぶりを感じるも…

スティーヴン・スピルバーグ監督は、『E.T.』『ジュラシック・パーク』などの娯楽作で広く親しまれてきたが、『シンドラーのリスト』を境に、『ミュンヘン』『リンカーン』など実話ものに舵を切ってからは、歴史ドラマの名手としても評価されてきた。そんなスピルバーグ監督の最新作で、名優トム・ハンクスを主演に迎えた『ブリッジ・オブ・スパイ』は、冷戦下の東ドイツで、ソ連人スパイとアメリカ人スパイおよびアメリカ人大学生の交換を成し遂げた弁護士:ジェームズ・ドノヴァンの姿を描いた映画である。

物語は冷戦下のアメリカで幕を開ける。主人公のジェームズ・ドノヴァンは、保険を専門とする敏腕弁護士。ある日ドノヴァンは、他の弁護士による推薦と上司の命令によって、ソ連のスパイで米国当局に逮捕されたルドルフ・アベル(マーク・ライランス)の弁護を任される。渋々引き受けたドノヴァンだったが、憲法を武器に、何とかアベルを死刑台から救うことに成功。しかし周囲からは白い目を向けられ、家族にも危害が及ぶようになってしまう。時を同じくして、アメリカ人のスパイと、大学生プライヤーがソ連に拘束された。CIAはドノヴァンにスパイの交換役を依頼し、ドノヴァンは東ドイツに渡るのだが、スパイの交換は困難を極め…。

本作と同様に、映画における冷戦は、スパイもので描かれることが圧倒的に多い。ただ、50年以上続く『007』シリーズや、昨年公開された『コードネーム U.N.C.L.E.(アンクル)』などが象徴的だが、その作風はコメディの色合いが強くなりがちだ。これらの作品はエンタメ作品として楽しめる作品に仕上がってはいるのだが、やはりコメディ性が冷戦の殺伐とした空気を希薄化してしまうので、リアルな冷戦の空気を伝える映画とは言えない。

一方の本作でスピルバーグ監督は、一貫して冷戦期の緊張感に満ちた空気をそのままにストーリーを展開する。前半では、ドノヴァンに向けられる市民たちの視線や、彼と家族に向けられる理不尽な暴力、CIAによる監視を通じて、当時のアメリカに生じていたヒリヒリとするような緊張を絶えず演出する。後半では、東ドイツと西ドイツの対立や、その国境における不安定な情勢、東ドイツとソ連の間における利害の不一致といった外交問題を不要な誇張なしに描き出しつつ、困難を極めるスパイの交換が生むサスペンスで鑑賞者を強く引き込む。また、冷戦に翻弄されるアベルとドノヴァン、ソ連に拘束されたパワーズ(オースティン・ストウェル)、東ドイツで拘束された大学生のプライヤー(ウィル・ロジャース)らの姿と各々の感情を代わる代わるに映し出すことで、多層的な人間ドラマを構成することにも成功している。

(C)Twentieth Century Fox Film Corporation and DreamWorks II Distribution Co., LLC.  Not for sale or duplication.

映画『ブリッジ・オブ・スパイ』より (C)Twentieth Century Fox Film Corporation and DreamWorks II Distribution Co., LLC. Not for sale or duplication.

しかし、である。ドノヴァンがアベルを救うことにこれほど尽力した動機や理由づけが、十分ではないと感じるのも否定できない。無論、命を賭してスパイ活動に従事するアベルの底知れぬ愛国心はドノヴァンのみならず鑑賞者にも深い感銘を与えるし、その悲劇性ゆえに、アベルは魅力的なキャラクターとして成立しているため、ドノヴァンがアベルを救いたいという思いを抱くのは自然だ。しかし、ドノヴァンはアベルへの敬意と、敵国のスパイを弁護することで危害が及ぶ家族への配慮を十分に秤にかけないまま、トントン拍子でアベルの弁護、さらにはスパイの交換に従事してしまう。これは、主人公として些か浅薄で、不自然に思える。

確かにドノヴァンの行いは、愛国心と正義感に満ちた尊いものだが、その行いを決定する背景に積み上げられるべき個人的葛藤が見えてこないが故に、彼は魅力的な英雄として成立しているとは言えず、寧ろ筆者には、(もちろん実際は違うはずだが)自らの正義感を最優先する、独善的な男としてのイメージが強く残ってしまった。

御年69歳にして、これほど大規模な作品を完成させたことで健在ぶりを示したスピルバーグ監督だが、主人公の人物描写を不必要に削ぎ落としてしまった(恐らくその背景には物語のテンポを早める狙いがあったのだろう)ことで、終盤に至るまでの積み上げに不足が生じ、結果的にクライマックスの感動を薄れさせてしまったのはいただけない。なぜなら、前作『リンカーン』は言うまでもなく、『シンドラーのリスト』や『ミュンヘン』では、主人公の葛藤や個人的感情が十分に掬い取られ、その結果として感動的なエンディングが生み出されてきたからだ。しかし、本作ではそのプロセスがごっそりと抜け落ちている。

…この極端な変化に象徴されるものは、いったい何なのか?杞憂であることを願うが、スピルバーグ監督の手腕に、一抹の陰りが見えてきたように思える。

(文:岸豊)


映画『ブリッジ・オブ・スパイ』

大ヒット上映中

監督:スティーヴン・スピルバーグ
脚本:イーサン・コーエン&ジョエル・コーエン兄弟、マット・チャーマン
出演:トム・ハンクス、マーク・ライアンス、エイミー・ライアン、スコット・シェパード

この記事を読んだ人におすすめの作品

アーティスト情報

トム・ハンクス

生年月日1956年7月9日(63歳)
星座かに座
出生地米国・カリフォルニア州

トム・ハンクスの関連作品一覧

ドノヴァン

生年月日1946年5月10日(73歳)
星座おうし座
出生地スコットランド・グラスゴー・メリーヒル

ドノヴァンの関連作品一覧

関連サイト

TSUTAYAランキング

おすすめ映画ガイド

TSUTAYA MUSIC PLAYLIST