【レビュー】『スティーブ・ジョブズ』―アップル製品のように無駄のない、洗練された作品。

(C)Universal Pictures

映画『スティーブ・ジョブズ』より (C)Universal Pictures

愛に迷った父娘の物語。

パソコン、スマートフォン、タブレット。テクノロジーの粋が結集されたこれらの電子機器は、街角でも、電車の中でも、周りを見渡せば誰もが手にしているものだ。もはや現代社会において、仕事から私生活に至るまで、これらの電子機器なしでは我々の生活は機能しない。かつてアインシュタインが「I fear the day technology will surpass our human interaction. The world will have a generation of idiots.(テクノロジーが人間を上回る日を私は恐れている。世界は愚かな世代でいっぱいになるだろう)」と予言した通り、すっかり人々はテクノロジー(=電子機器)に支配されている気がするのは筆者だけだろうか?

…とはいえ、人々の生活を支配しうるほどの力を持つ電子機器の影響は、現代で最も象徴的な変革の1つだった。その電子機器業界において、最も大きな功績を残したのは誰だろうか。何人かの人物が頭に浮かぶが、多くの人はiPhoneでお馴染みのアップル社を立ち上げた創設メンバーの1人で、2011年に死去したスティーブ・ジョブズの名を挙げるのではないか。そのスティーブ・ジョブズの知られざる姿を、彼のキャリアにおいて最も重要な3つの製品のプレゼンの舞台裏を通じて描いたのが、2月12日(金)に全国公開を迎えたダニー・ボイル監督の最新作『スティーブ・ジョブズ』だ。

(C)Francois Duhamel

映画『スティーブ・ジョブズ』より (C)Francois Duhamel

本作は、ジョブズ(マイケル・ファスベンダー)が1984年に行ったプレゼンの30分前から幕を開ける。この日ジョブズは時代を変えうる新製品「マッキントッシュ」のプレゼンを行う予定だったのだが、プレゼンの直前に音声の不具合が生じてしまう。これに激怒したジョブズは、音声担当のアンディ・ハーツフェルド(マイケル・スタールバーグ)を、修理しなければ聴衆の前で恥をかかせると脅す。この切迫した状況の中、ジョブズの元恋人のクリスアン・ブレナン(キャスリン・ウォーターソン)が現れ、ジョブズに怒りをぶつける。ジョブズは、クリスアンとの間に生まれた娘リサ(マッケンジー・モス)の認知を拒否しており、十分な養育費も払っていなかったのだ。迫りくるプレゼン、激高するクリスアン、さらには過去の功績についてプレゼンで言及するよう頼みに来た旧友スティーブ・ウォズニアック(セス・ローゲン)を前にして、ジョブズが取った行動とは…。

実話ベースの作品、殊に伝記の映画化作品の場合、最も重要なのは「作劇と事実のバランス」を取ることだ。『ソーシャル・ネットワーク』でFacebook社の創業者マーク・ザッカーバーグの学生時代を、部分的な脚色を加えることによってクールな青春ドラマとして鮮やかに描いたアーロン・ソーキンが担当した本作の脚本は、実際の事柄に大胆な脚色が加えられることで、ジョブズの人生を濃密に描き出すことに成功している。

(C)Francois Duhamel

映画『スティーブ・ジョブズ』より (C)Francois Duhamel

では、どの部分が脚色なのか。本作は3つの製品(マッキントッシュ、NEXT、iMac)のプレゼン30分前の舞台裏を3幕構成で描くのだが、その舞台裏で描かれるジョブズと、クリスアン、リサ、ウォズニアック、アンディらとの間に起こる問題は、必ずしもプレゼンと同じタイミングで発生したものではない。しかしアーロン・ソーキンは、敢えて同じタイミングで描いている。この背景には、「時系列の集約」という作劇のアプローチによって、ジョブズの内面をより深く掘り下げようという狙いがあり、これが本作の脚本におけるポイントになっている。そもそも、本作が主眼を置くのは、ジョブズの人生を伝記本の通り正確に描くことではなく、ジョブズという人間の内面を深く掘り下げることである。

実際に本作では、時系列の異なる出来事を敢えて集約させ、プレゼンを直前に控える中で家族や友人との様々なトラブルに悩むジョブズの姿を描くことによって、より深く彼の内面(葛藤や苦悩)へとフォーカスすることができている。歴史家やIT評論家の中には批判する者もいるが、ソーキンによって生み出された本作の事実的相違(=時系列の集約)は、本作をより深みのある個人的な物語に仕立てるための、プロット上の仕掛けとして効果的に機能しているのだ。付け加えて言うと、伝記映画で特定の人物の人生を100%正確に描いても意味はない。というのも、純然たる真実をオーディエンスに届けたいのであれば、ドキュメンタリーを撮ればいいからだ。伝記映画を作る者の使命は、演出・脚色といった作劇を通じて、オーディエンスに伝記本やドキュメンタリー以上の感動と興奮を与えることであり、本作でボイル監督とソーキンはその務めを十分に果たしている。

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映画『スティーブ・ジョブズ』より (C)Francois Duhamel

ところで、ジョブズが実業家としての成功を収めた要因として、決して妥協しなかったことが挙げられる。彼は妥協せずにウォズニアックやアンディに無理難題を実現させることで、危機的な状況を乗り越えてきた。そして彼は、文字通りIT業界の絶対的な大君となったのだ。しかし、そんな彼が唯一、自分の思い通りにできなかったものがある。それこそが、娘のリサだった。後半で描かれる「ある問題」によってリサとの対立を深めたジョブズは、父親としての決定的な敗北を味わい、自分の非を認めざるを得なくなる。ジョブズがリサに認知拒否をしたワケを告白し、そして彼の心の奥底に閉じ込められていたリサへの愛が、きわめてシンプルに、なおかつ最高のタイミングで表出するラストシーンは、ジョブズにとっての絶対的な敗北でありながら、オーディエンスに爽やかなカタルシスを与えてくれるのが感慨深い。

(C)Francois Duhamel

映画『スティーブ・ジョブズ』より (C)Francois Duhamel

作劇について書き連ねてきたが、もちろんジョブズを演じたマイケル・ファスベンダーのパフォーマンスも称賛に値する。ビジュアルは全く似ていないが、話し方や所作、感情表現は、インタビューや映像に残るジョブズそのもの。それでいて主張を抑えた、正しく自然な彼の演技は、「ジョブズとしての姿」を、オーディエンスに納得させる説得力に満ちている。脇を固めたケイト・ウィンスレット、セス・ローゲン、ジェフ・ダニエルズらの名演にも、盛大な拍手が送られるべきだろう。

「時系列の集約」を用いた巧みな作劇、ファスベンダーの名演。ストーリーを構成する要素が無駄なくシンプルに洗練された本作は、まるでジョブズが生み出してきたアップル製品のように美しい。ただ、現在のアップル社がジョブズ健在の頃のような輝きを放っておらず、ジョブズの存在が如何に偉大であったかという事実を本作が如実に物語ってしまっていることが、何とも皮肉に思える。ともあれ、伝記映画としての本作のクオリティは抜群に高いので、鑑賞すべき1本として推薦したい。

(文:岸豊)


映画『スティーブ・ジョブズ』

2016年2月12日(金)全国公開

原題:Steve Jobs
監督:ダニー・ボイル 『スラムドッグ$ミリオネア』、『28日後…』、『トレインスポッティング』/脚本:アーロン・ソーキン 『ソーシャル・ネットワーク』、『マネーボール』/出演:マイケル・ファスベンダー、ケイト・ウィンスレット、セス・ローゲン、ジェフ・ダニエルズ 他

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