【レビュー】『ロブスター』―シュルレアルな世界がもたらす、斬新な映画体験。

©2015 Element Pictures, Scarlet Films, Faliro House Productions SA, Haut et Court, Lemming Film, The British Film Institute, Channel Four Television Corporation.

映画『ロブスター』より ©2015 Element Pictures, Scarlet Films, Faliro House Productions SA, Haut et Court, Lemming Film, The British Film Institute, Channel Four Television Corporation.

ギリシャの新鋭が放つ、極めて前衛的な作品。

「2015年に鑑賞した作品のNO.1を選んで欲しい」と言われると、非常に困る。毎年、少なくとも10本は甲乙つけがたいほど素晴らしい映画が誕生するからだ。一方で、「2015年に鑑賞した作品で最も奇妙な作品は?」と問われれば、即答することができる。この質問に対する筆者の答えは、ギリシャ出身のヨルゴス・ランティモス監督の長編2作目である映画『ロブスター』だ。

物語は、英語圏のどこかの国で幕を開ける。主人公のデヴィッド(コリン・ファレル)は、妻に捨てられたばかりの独身男。彼が暮らす社会では、独身者はリゾート施設に連行され、45日以内に相手を見つけてカップルにならないと、自分が選んだ動物に変えられてしまう。施設に連行されたデヴィッドは、“足の悪い男”ジョン(ベン・ウィショー)、“滑舌の悪い男”ロバート(ジョン・C・ライリー)らと共に過ごすうちに、“心のない女”(アンゲリキ・パプーリャ)とカップルになる。ところが、デヴィッドは実際には彼女を愛していなかった。嘘がバレたデヴィッドは罰を受けることになるが、彼は辛くも森へ逃げ込む。そこで“リーダー”(レア・セドゥ)が率いる“独身者たち”と出会ったデヴィッドは、“近視の女”(レイチェル・ワイズ)と恋仲になるのだが、“独身者たち”はルールによって恋愛を禁じられていた…。

本作の舞台となっている社会は、極めて現実的だ。登場人物が身に着けているもの、彼らが暮らす住居、使用する電子機器は、我々のそれとほぼ同じである。道路では車が往来し、目を移せば電車も走っている。つまり、見た目は我々が暮らす社会と何ら変わりはない。しかし、「独身者は恋人を見つけなければ動物にされてしまう」という不条理で奇妙な制度が存在している事実が、本作を現実世界から決定的に切り離している。

また、本作の登場人物は、感情が一部欠落したような、妙な落ち着きを見せているのが非常に不思議だ。施設に連行されるときも、動物に変えられる前日でも、“独身者たち”は落ち着いて時を過ごしており(デヴィッドを含め、中には抵抗を試みる人々もいるが)、多くの人は従順である。表面的な現実性と、その内側に潜む非現実性、そして人々が象徴する不気味な静けさが漂っているこの奇妙な世界観は、「この社会は一体どう成り立ったのか?」「独身者を対象とする制度は、法の下に成り立っているのか?」などの疑問を鑑賞者に抱かせるが、本作は明確な回答を与えることはない。

あ

映画『ロブスター』より ©2015 Element Pictures, Scarlet Films, Faliro House Productions SA, Haut et Court, Lemming Film, The British Film Institute, Channel Four Television Corporation.

合理的に考えれば、男女のカップル化が強制される背景には、出生率の低下が考えられる。だが、劇中ではそういった説明は全く為されない。そもそも、カップル化を強制したからといって、出生率の低下を解決できるのかも疑問が残る(寧ろ人工授精を奨励する方が建設的だ)。しかしながら、本作を分析するに際して、こういった思考は全く役に立たない。というのも、ランティモス監督が主眼を置くのは、本作の舞台となっている社会や、独身者に対する制度の成り立ちを、合理的に説明することではないからだ。

これを裏付けるのが、ランティモス監督が前作『籠の中の乙女』について語ったインタビューでの言葉だ。この作品は、外界から遮断された閉鎖的な家の中で育てられる3人の子供と、その方法が最良だと妄信する父親を中心とする、奇妙な家族のドラマを描いていた。鑑賞者が疑問を抱いたのは、父親による独特な言語・教育を交えた奇妙な管理が成立した背景について、一切の説明を与えられていないこと。この点について訊かれたランティモス監督は、こう答えている。「描く必要はないと思った。理由を知ってしまえば、全く別の映画になってしまうからだ。子供たちの思想や身体に与えられる結果についての映画ではなく、(管理が生まれた)理由についての映画になってしまう。私がより興味を持っていたのは、(管理が)どれだけ人の考え方に影響を与えることができるのか。そして、人間を若いうちから管理下に置くことで、どれだけ方向づけることができるのかだった。(管理は人物の)世界に対する見方を変えることができるんだよ。恐ろしく、甚大なことだ」

つまりランティモス監督は、管理が人々にもたらす影響(結果)を重視しているのであり、その管理が成立した背景や社会の状況などは重視していないのだ。実際に、本作でも独身者に対する謎の制度が成立した理由は一切触れられていない。よって、本作で注視すべきなのは、デヴィッドら登場人物に訪れる影響(結果)であることが分かる。

ジョンやロバートらはカップル化を果たそうと努力するが、結局のところうまくいかない。なぜなら、彼らがカップル化を目指すモチベーションは、「動物になりたくない」という悲観的な願いでしかないからだ。その結果として彼らが抱くのは、「偽りの愛」であって、「真実の愛」ではない。一方のデヴィッドは、施設から抜け出して“近視の女”と恋仲になった後、彼女へ愛を注ぐことにのみ邁進する。“独身者たち”から向けられる疑いの目に気づくこともなく“近視の女”をひたすら愛するデヴィッドの姿は、一見すると滑稽ではあるが、その一方では極めて純粋な「真実の愛」を感じさせる。デヴィッドは、不条理な管理によって「強制的な愛」を押し付けられ、それらから逃れることで、「真実の愛」を見出すことに成功したのだ。

あ

映画『ロブスター』より ©2015 Element Pictures, Scarlet Films, Faliro House Productions SA, Haut et Court, Lemming Film, The British Film Institute, Channel Four Television Corporation.

しかし、本作はデヴィッドに「真実の愛」を見出させることによってその幕を下ろすのではない。デヴィッドはクライマックスで、愛する“近視の女”のために、思わず目を背けたくなるような、余りにも重い代償を支払うことを迫られるのだ。緊張が極限まで高められた瞬間、デヴィッドは遂に決断を下す。その決断は非常に暴力的で、直視することも憚られる。それでも、その後に訪れる抽象的なエンディングでは、デヴィッドが“近視の女”に対する「真実の愛」を貫いたことが示唆されており、鑑賞者は彼の自己犠牲を暗に体感したことによって、一種のカタルシスを感じながら、本作の終幕を目撃することとなる。

恐らく、ランティモス監督が言わんとしているのは、「真実の愛」とは管理によって育まれるものではないということだ。「真実の愛」は自由意志によってこそ成り立つのであり、管理の介入によって育まれる愛は偽物でしかなく、ジョンやロバートらの姿から明らかなように、人々に幸福をもたらすことはない。奇妙なストーリーが最後に紡ぎだしたこの普遍的な結論は、『籠の中の乙女』にも通じており、ランティモス監督の一貫した作風を物語っている。

本作は、単純に鑑賞するだけでは、「訳の分からない映画」と片づけられてしまいそうではある。だが、敢えて過程(説明的描写)を排して結果を描くことに主眼を置くという珍しいアプローチを採用し、シュルレアルな世界観を通じて常に鑑賞者の思考を刺激し続け、最後には普遍性を表出させることで感動を与えるという全体の構成は、鑑賞者に斬新な映画体験を与えてくれる。分かり易い映画も良いものだが、本作のように奇妙な作品を鑑賞するのもまた一興だ。

(文:岸豊)


映画『ロブスター』
公開中

出演:コリン・ファレル『トータル・リコール』/レイチェル・ワイズ『ナイロビの蜂』/ジェシカ・バーデン『記憶探偵と鍵のかかった少女』/オリビア・コールマン『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』/アシュレー・ジェンセン「アグリー・ベティ」/アリアーヌ・ラベド『ビフォア・ミッドナイト』/アンゲリキ・パプーリァ『籠の中の乙女』/ジョン・C・ライリー『少年は残酷な弓を射る』/レア・セドゥ『美女と野獣』/マイケル・スマイリー『ワールズ・エンド 酔っぱらいが世界を救う!』/ベン・ウィショー『007スペクター』
監督:ヨルゴス・ランティモス 『籠の中の乙女』
脚本:ヨルゴス・ランティモス、エフティミス・フィリップ
2015/アイルランド・イギリス他/カラー/英語・フランス語/118分
原題:THE LOBSTER
後援:アイルランド大使館、ブリティッシュ・カウンシル
配給ファインフィルムズ
R-15+

©2015 Element Pictures, Scarlet Films, Faliro House Productions SA, Haut et Court, Lemming Film,The British Film Institute, Channel Four Television Corporation.

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コリン・ファレル

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