【レビュー】『Mr.ホームズ 名探偵最後の事件』―93歳のホームズが見せる、記憶との戦い。

映画『Mr.ホームズ 名探偵最後の事件』より (C)SLIGHT TRICK PRODUCTIONS

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既存のホームズ像を良い意味で裏切る、新たなホームズの姿。

名優イアン・マッケランは、筆者が映画を本格的に鑑賞し始めた頃から、ずっと老人の役を務めている。しかし彼の演技は、『ラスト・アクション・ヒーロー』のデス、『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズのガンダルフ、『X-MEN』シリーズのマグニートーに至るまで、常に斬新なキャラクター性で、子供から大人まで、世代を問わずに鑑賞者を魅了し続けてきた。そんなマッケランの主演最新作で、彼が93歳のシャーロック・ホームズを演じているのが、3月18日(金)に公開を迎えた映画『Mr.ホームズ 名探偵最後の事件』である。

(C)SLIGHT TRICK PRODUCTIONS

映画『Mr.ホームズ 名探偵最後の事件』より (C)SLIGHT TRICK PRODUCTIONS

舞台はイギリスの田舎町。「ある事件」がきっかけで探偵業から引退して30年のシャーロック・ホームズ(イアン・マッケラン)は、記憶力も衰え、今では海辺の家で養蜂を生きがいに暮らしていた。ミスター・ウメザキ(真田広之)という男性に招かれて日本を旅したホームズは、帰宅後に使用人のマンロー夫人(ローラ・リニー)の息子ロジャー(マイロ・パーカー)が、自身が執筆していた「ある事件」についての原稿を読んだことを見破る。聡明なロジャーと過ごすようになったホームズは、失っていた記憶を少しずつ取り戻していき、30年前の事件に再び挑むのだが…。

映画『Mr.ホームズ 名探偵最後の事件』より (C)SLIGHT TRICK PRODUCTIONS

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本作で興味深いのは、既存のホームズ像が否定され、新たなホームズの姿が確立されていることだ。恐らく多くの人がホームズに対して抱くイメージは、鹿内帽を被ってパイプを燻らせる探偵というものではないだろうか。しかし本作では、こうした既存のホームズ像は、ホームズの相棒であるワトソンによる創作だったことが、ホームズ自身によって明言される。劇中で苦々しげに自身の虚像を否定する本作のホームズの姿は、これまでホームズに敬愛を抱いてきたファンにとっては些かショッキングなもので、憤りさえ覚えさせるかもしれない。…ところが、既存のホームズ像が否定されることによって、ホームズは小説の中に登場するキャラクターとしてではなく、一人の人間として生々しく浮かび上がってくるのである。これによって、鑑賞者は彼に対して今まで抱くことがなかった、非常に身近な感覚、あるいは親しみを覚えることとなり、自然と彼の物語に引き込まれていく。

映画『Mr.ホームズ 名探偵最後の事件』より (C)SLIGHT TRICK PRODUCTIONS

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この既存のイメージの否定に加えて、名優マッケランが見せた老練な演技が、ホームズの魅力を高めていることは疑いようがない。本作のストーリーは、30年前の「ある事件」に対するホームズの追想を基軸とするため、マッケランには「過去」(30年前)と「現在」という2つの時間軸で、中年と老年のホームズを演じ分けることが求められる。この要求に対して、現在76歳のマッケランは、過去パートでは、美しい所作や思わず耳を傾けたくなる美声といった陽性の表現によって、一方の現在パートでは、思うように動かない体や自身の老いに向けられる苛立ちといった陰性の表現によって、それぞれの時代におけるホームズにリアリティを与え、先述した既存のホームズ像の否定と共に、新たなホームズ像の確立に貢献している。

映画『Mr.ホームズ 名探偵最後の事件』より (C)SLIGHT TRICK PRODUCTIONS

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マッケランだけでなく、彼の脇を固めたキャスト陣も皆が好演を見せているが、その中でも、ホームズの新たな相棒であるロジャーを演じたマイロ・パーカーには惜しみない称賛を送りたい。ロジャーの台詞や所作の端々に込められた柔らかさが好感を抱かせる一方、母であるマンロー夫人との衝突に伴う激しい感情表現には、子役が出してしまいがちなわざとらしさやあざとさは全く感じられない。映画への出演は本作で3本目とのことだが、役柄を理解した上でシーンに合った抑揚の効いた表現を見せるバランス感覚は、子役とは思えないほど洗練されており、今後の活躍を期待させる。

映画『Mr.ホームズ 名探偵最後の事件』より (C)SLIGHT TRICK PRODUCTIONS

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肝心の「ある事件」の真相究明については、鑑賞者の予想を裏切るトリックや、モリアーティ教授のような魅力的な悪が絡むことはない。というのもこの事件は、ある夫婦についての、非常に私的な一件なのだ。ホームズが記憶をたどりながら解き明かしていく真相は極めて悲劇的で、鑑賞者にカタルシスを与えることはない。しかしながら、丁寧なキャラクター描写と演者のパフォーマンスによって、夫婦や事件にまつわる人々には、探偵小説的なフィクション性を感じさせないリアリティが付与されており、悲しい結末に打ちのめされるホームズの姿も、味わい深い余韻を与えてくれる。

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終盤、ホームズが「答え」にたどり着いたその時、彼の前に新たな予期せぬ悲劇が突き付けられる展開も秀逸で、その悲劇を招いた自身の不甲斐なさに打ちひしがれるホームズを優しく包むように、かつての相棒だったワトスンの思いやりが表出するクライマックスには目頭が熱くなる。また、終盤にかけて施された大胆な脚色が、本作を原作以上に感動的な作品に昇華させている点も見逃せない。

本作は、魅力に満ちたキャラクターたちが穏やかなペースで繰り広げる、リアリティと悲劇性に満ちたストーリーによって、ホームズのファン、あるいはミステリー好きならずとも、オープニングから見る者を引き込み、ラストシーンに至るまで魅了し続ける。速いテンポで鑑賞者を騙すことに腐心する、キャラクター描写に欠ける浅薄なミステリーが多い昨今、各所に深みのある本作は、控えめでありながら、確かな輝きを放っている。

(文:岸豊)


映画『Mr.ホームズ 名探偵最後の事件』
大ヒット上映中

監督:ビル・コンドン
キャスト:イアン・マッケラン、ローラ・リニー、マイロ・パーカー、真田広之
脚本:ジェフリー・ハッチャー
原作:ミッチ・カリン「ミスター・ホームズ 名探偵最後の事件」(角川書店 訳:駒月雅子)
上映時間:104分
製作国:イギリス、アメリカ
配給:ギャガ

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アーティスト情報

イアン・マッケラン

生年月日1939年5月25日(79歳)
星座ふたご座
出生地英・ランカシャー・バーンリー

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真田広之

生年月日1960年10月12日(58歳)
星座てんびん座
出生地東京都品川区大井町

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