映画『リップヴァンウィンクルの花嫁』岩井俊二監督インタビュー「できるだけ時間的解像度を省略せずにやっていきたい。それは今回特に意識した」

岩井俊二監督

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上映時間、実に3時間。物語が拡張されているわけでも、登場人物が膨大なわけでも、ものすごく長い時間を描いているわけでもない。このシンプルな道行きを描くのに、この3時間は必然だった。その感慨を浴びつづける体験が、映画『リップヴァンウィンクルの花嫁』に他ならない。岩井俊二監督は語る。

「撮ってる途中でどうしようかなとは思ったんですけど。でも、思いついたものは全部撮ってみようと。あれでもまだ短いぐらいで、随分切った(カットした)んですけど。ひとりの女の子の紆余曲折がある話なので、いろんなことが起きたということを実感させるのに一定の時間は必要だったのかなと。(映画の)長さはどうするか。毎回悩むところではあるんです。小説のほうは後半、わりとあっさり終わっていく。文章だとそういうことになっちゃうけど、映像だとふくらんでいくんだなと」

いわゆるノベライズではなく、独立した小説を監督自ら執筆。映画公開の4ヵ月前に発表している。たしかに、受ける印象は異なる。

「小説は前半の波乱万丈劇がボリュームは大きいかもしれないですね。内容は(ほぼ)一緒なんですけど、文章で書くのと、映像にするのとでは差が出てくる。読んでから観るか、観てから読むか。それはお好み次第ですけど、原作小説があって映画があるのが普通の順番なので、それをセルフでやってみたという感じです(笑)。自分のなかでは完全にパラレル化していて。(映画を)作ってるときも行ったり来たりしてたので、どっちが先、というものでもないですけどね。小説、シナリオ、撮影。それぞれ行ったり来たりすることで、話がふくらんでいったんです。そういう意味では共存しながら、ふくらませていった」

(C)RVWフィルムパートナーズ

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多様なスパイスが混じり合い、豊かな味わいが醸し出されている。ゆったり描いているから3時間なのではなく、丁寧に作り上げているからこその3時間。その結果、もたらされるのは、大作を観た満腹感や、波乱万丈を体感したジェットコースター感覚ではなく、あ、生きるってこういう感じ、という素朴な感慨である。

「だいたいの場合、映画と原作小説を比較すると、小説のほうが優位と思われてると思うんです。でも、なぜなのか、というと、意外とそこはあんまり考察されていない気がして。いろんな理由はあると思うんですけど、(映画化作品は小説の)読者のイマジネーションに勝てない、というのは間違いだと思うんですよね。だとしたらプロの映像の意味がない。それは勝てると思うんですけど。結局、情報量なんだろう、というのはやってて痛感するところで。小説のほうがくまなく描けるのに対して、映画は尺(上映時間)の問題があって、省略せざるをえない。で、一旦省略が始まっちゃうと、元の小説と比較してしまうと観てられなくなってしまう。(情報量的には)早送りしてるも同然となってしまう。その体感差は圧倒的すぎるよな、さあ、どうしよう、と。たとえば(漫画なら)、コミック(単行本)で読む人と、連載(雑誌)で読む人がいて。連載(で読むこと)を体験したことない人は当然コミックにいってると思うんですけど。両方体験してる人は、じゃあどっちがいいのかというと、たぶん、連載のほうがまどろっこしいんだと思うんです。だけど、どっちがダイナミズムがあるかと言えば、やっぱり連載になる。なんで連載のほうがダイナミズムがあるかといえば、ひとつの話から次までに1週間のインターバルがあって。その間、引き摺るんですね。ぱっぱぱっぱ読んでいくわけじゃない。情報の入っていき方が、もっと丁寧で細やか。だから反芻もするし。それをやられちゃうとコミックは勝てない。同じ漫画でもそれだけ差がついちゃう。そういうことが、小説と映画では起こる。同じストーリーでも、小説を読み切るのに6時間から8時間ぐらいかかると思うんですけど、これを2時間の駆け足で見せるとなると、なかなか勝ち目がない。そういう映画やドラマは本当に多いんですけど。特にハリウッドなんかそんなのばかりで。映画パッケージにしただけ、みたいな。それをやってても意味ないと思うので、できるだけ時間的解像度を省略せずにやっていきたい。それは今回特に意識して、そこは保ちたいなと。特に身が詰まってる話なので。その難しさは感じつつ、どこで緩急つけていくか。全体構成を見たり、飽きさせない工夫をしたり、いろんなことを試しましたね。いままでにない気の遣い方だったとは思います」

(C)RVWフィルムパートナーズ

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ここで行なわれているのは、観客に対する単なるサービスではない。どう作品を提供するか。そこに心をくだいた結果なのである。
ネットの婚活サイトで結婚相手と知り合った女性が、その結婚式のためについた「嘘」。その「嘘」によって彼女は破局、流転の人生を生きることになる。「嘘」に協力したSNS上の友人、正体不明の便利屋青年は、彼女のために、想像もしなかった「ステージ」を用意する。シンプルでありながら俯瞰的。現代を生きることの切実さを、わたしたちはまったく別の視点から眺めることになる。

「東日本大震災以降の日本を眺めながら、いろんな企画を考えたり書いたりしていたんですけど、そのこと自体が(自分にとっては)想定外でした。それまでの日本は一言で言えば退屈だった。何も変えようともしないし、変わろうともしない。それがずーっと乳白色のカオスのように「止まった時間」に見えていたんですね。ここでは何にも描けることないやと。『花とアリス』(2004)以降は、もう日本で映画を撮ることもないんじゃないかと思っていました。でも、震災の後、ドキュメンタリー(『friends after 3.11』)を撮ったり、頼まれて「花は咲く」の詞を書いたり、僕も被災地出身だったんで、切り離せないまま、(現実を)目の当たりにしていくと、不透明なカオスが多少ひずんで、やや薄いところと濃いところとムラになってきた気がしたんですね。そうなると、何か作れるかもしれないなと。それからは一生懸命、虫眼鏡で(世界を)見るようにしながら、企画を練っていきました。この映画は直接震災に関係ないわけですけど、逆に、震災そのものや原発そのものの話よりも、いったいあれはなんのカオスだったのか、そこを掘り下げたいなと。放射能の代わりに世の中を覆っている、不透明なもの。それを意識しながら、自分を圧迫してくるものと、解放してくれるものはいったいどこにあるのか、それを探っていった。それで主人公はこういう女の子になったし、『不思議の国のアリス』みたいな話になった。ストーリーは一見、転落していく女の子。“堕ちていく人の話”って映画ではよくあると思うんですね。男女問わず。でも、そういうのは好きじゃないんです。ヒエラルキーの落下を悲劇として描くようなものは、人間に対して失礼だと思う。自分の場合、憧れで映画を作りたい。人の悲劇を可哀想だから、ということで描くんだったら、描かないほうがいい。『スワロウテイル』(1996)も移民の人たちに憧れて、憧れの目線で作っていた。(移民のことを)可哀想だとは思っていない。今回も、ここに出てくるあらゆる人たちに憧れを持っていて。主人公はどんどん追いつめられて途方に暮れ、惨めと言えば惨めな立場に追いやられるわけですが、ところがあるときから、堕ちてるんじゃなくて、昇ってるように見えてくる。そんな話にしたかった。それは価値観の問題であって、それを悲劇だと思えば、どんどん落としていくことになる。だけど、本当に堕ちてるの? そんなことないでしょ、と。むしろ、そこからでしょ? って。そこから、不思議で楽しい体験をした女の子の話にしたかった」

(C)RVWフィルムパートナーズ

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たとえば、だれかを可哀想だと思うことで、価値観が限定されてしまうことがある。限定というより、断定かもしれない。このひとは可哀想。そんな断定は、本来無数にあるはずの価値観の喪失につながる。この映画はそんな気づきももたらす。

「もちろん、本当にシリアスな問題もありますが、グレーな問題もあると思います。本人が幸せだったら、それでいいんじゃない? と。(大切なのは)本人が幸せに思えているかどうかなので。それをこっちの勝手な解釈で気の毒がってもしょうがない。たとえば楽しそうにやってるホームレスの人たちもいるわけじゃないですか。あと、長年のテーマとして、この世界の“外”のほうが楽なんじゃないの? と。(それまでのレールから)脱線しちゃった方が、どんなに楽なんだろうと。そういうところもあると思うんです。アウトローの人たちが持っている解放感というか。僕はそういう人たちに逢うと、うわあ、人間だな……と、エネルギーが倍ぐらいあるように見える。まず、生きてて元気そうに見える。そこは描きたいなと思いましたね」

この映画では、あらゆる道行きが肯定されている。丁寧さも、細やかさも、ダイナミズムも、すべてそのためにある。
人のエネルギーはどこから生まれるのか。それは持って生まれたものなのか。与えられるものなのか。環境なのか。時代なのか。『リップヴァンウィンクルの花嫁』は、そんなまっさらな問いを体感する、幸福な哲学的時間なのである。

(取材・文:相田冬二)


映画『リップヴァンウィンクルの花嫁』
公開中

監督・脚本:岩井俊二
出演:黒木華、綾野剛、Cocco、原日出子、地曵豪、和田聰宏、金田明夫、毬谷友子、佐生有語、夏目ナナ、りりィ
原作:岩井俊二『リップヴァンウィンクルの花嫁』(文藝春秋刊)
制作プロダクション:ロックウェルアイズ

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アーティスト情報

岩井俊二

生年月日1963年1月24日(56歳)
星座みずがめ座
出生地宮城県仙台市

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