【レビュー】映画『ルーム』―描かれることが少ない、犯罪被害者の「その後」【2016年アカデミー賞主演女優賞受賞作】

映画『ルーム』より (C)ElementPictures/RoomProductionsInc/ChannelFourTelevisionCorporation2015

映画『ルーム』より (C)ElementPictures/RoomProductionsInc/ChannelFourTelevisionCorporation2015

設定、キャスト、展開、全てが噛み合った感動のドラマ。

事件を扱う映画は、事件の解決によって幕を閉じることが多い。しかし解決とは、客観的な視点に基づく事件の一側面に過ぎない。寧ろ、事件を扱う映画で真に描かれるべきなのは、被害者の事件に対する感情が変化していくであろう、事件の「その後」なのではないか?『FRANK -フランク-』で知られるレニー・アブラハムソン監督は、4月8日(金)に日本公開を迎えた最新作『ルーム』で、この疑問に深く切り込んだ。

物語の舞台は、とある「部屋」。ママ(ブリー・ラーソン)は、7年前に親切心から手助けしようとした男:オールド・ニック(ショーン・ブリジャース)に誘拐・監禁されて以来、狭い「部屋」の中で生きてきた。ママの心の支えは、5年前に出産した息子のジャック(ジェイコブ・トレンブレイ)だ。ママの愛情を一身に受けてすくすくと育ったジャックは、ある日5歳の誕生日を迎える。以前「部屋」からの脱出に失敗した経験があるママは、成長したジャックが協力できると確信して、脱出を手伝ってほしいと頼むのだが…。

映画『ルーム』より (C)ElementPictures/RoomProductionsInc/ChannelFourTelevisionCorporation2015

映画『ルーム』より (C)ElementPictures/RoomProductionsInc/ChannelFourTelevisionCorporation2015

本作は、小説家エマ・ドナヒューが2010年に発表し、権威あるブッカー賞の最終候補作に選出されて話題を呼んだ『部屋』の映画化作品。ドナヒューは本作の脚本も兼任し、原作をベースにしながらも、「ママの視点」(原作は全てジャックの視点で語られる)や原作にない場面を組み込み、本作のストーリーを原作以上にエモーショナルなものに昇華させている。

主演を務めたブリー・ラーソンとジェイコブ・トレンブレイの名演は、見事としか言いようがない。『ショート・ターム』などの良質なインディペンデント映画への出演でキャリアを積み上げてきたラーソンは、これまでに培ってきた自身の表現技法を総動員し、困難な環境に置かれたママが抱く複雑な心理を見事に表現している。特筆すべきは、何気ない瞬間に見せる表情の切り替えだ。ジャックと遊ぶ時には息子への無償の愛を感じさせる慈愛に満ちた表情を見せる一方、時折表れる影の差した横顔は、ママの心の奥底に隠された母としての無力感や虚無感を静かに、しかしはっきりと物語る。ラーソンによって心理的な肉付けが為されているからこそ、ママはリアルなキャラクターとして成立し、鑑賞者はママに感情移入しながら物語へ引き込まれていく。

ジャックを演じたトレンブレイは、透き通るような真っ白な肌、背中に下げた長く艶やかな髪、幼さが残る話し方、弾けるような笑顔など、とにかく愛らしい姿で鑑賞者を魅了する。その一方で、子役が出してしまいがちなわざとらしさやくどさを微塵も感じさせない、絶妙なバランスが取れた感情表現には脱帽。その演技力が如実に発揮されているのが、ママに脱出を手伝うよう頼まれるシーンだ。このシーンでジャックは、自分が生まれ育った「部屋」が愛するママにとって喜ばしい環境ではないこと、「部屋」の外にはより良い世界が広がっていることを教えられる。しかし、「部屋」は彼にとっての全てであるため、彼はママの言うことを信じることができない。家具の一つ一つに語り掛け、まるで「部屋」と友達のように接するジャックの姿が挿入されていたことも相まって、ママに対して思いをぶつけるジャックの姿は、罪のない悲劇的な少年として鑑賞者の心を強く揺さぶる。

映画『ルーム』より (C)ElementPictures/RoomProductionsInc/ChannelFourTelevisionCorporation2015

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計算された物語の展開も秀逸だ。本作は、「部屋」というシチュエーションによってストーリーが展開されるため、鑑賞者は脱出が物語におけるゴールに位置付けられるていると思い込んでしまう。ましてや脱出に際しては、それまでにママとジャックが積み上げてきた母子愛が最高の形で表出するため、鑑賞者は必然的に脱出が物語のクライマックスであると感じる。しかし、アブラハムソン監督はこの鑑賞者が抱く先入観を逆手に取って、「その後」へと物語の舵を切り、よりエモーショナルなドラマを展開していく。

「その後」でも、やはりラーソンとトレンブレイが名演を見せてくれる。ラーソンは、前半では見られなかった爆発的な感情表現を用いながら、心無いマスメディアや浅薄な大衆心理、そして払拭できない事件の記憶によって傷つきながらも、息子と共に再生の旅路を歩み出す母の姿を熱演し、「その後」における被害者心理をリアルに描き出した。一方のトレンブレイも、経験したことがない全てに驚きながら、少しずつ社会に溶け込んでいき、精神的な成長によってママを救うジャックの姿を体現し、見る者の目頭を熱くさせる。また、ジョアン・アレンやウィリアム・H・メイシー、トム・マッカムスらの実力派名優陣が扮する「ママとジャックの家族」が登場し、被害者だけでなく、被害者の家族が抱く複雑な感情が掬い取られていくことによって、物語に奥行きが与えられているのも素晴らしい。

映画『ルーム』より (C)ElementPictures/RoomProductionsInc/ChannelFourTelevisionCorporation2015

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冒頭で記したように、何らかの事件にまつわる映画は、事件の解決までを描くことに留まる傾向がある。確かに、事件の発生から解決を描けば、観客は満足して家路につくだろう。しかし、被害者の中で事件が終わることなどない。関わりのない「他人」の頭の中で風化していく事件の記憶は、被害者の中に残り続けるのだから。

映画だけでなく、日々行き交う報道においても、事件の発生から解決という一連の流れを、一種のエンターテイメントとして消費する傾向にある「他人」(つまり大衆)は、事件の「その後」を通じて被害者心理を深く描いた本作に、事件や被害者に対する見方・考え方を改める必要があることを痛感させられる。感動に満ちたストーリーに加えて、この普遍的に通用する社会性が本作の魅力を高めていることも、鑑賞者は見逃すべきではない。

設定、キャスト、展開、社会性。物語を形作る全ての要素が噛み合った本作は、実に感動的なドラマとして映画史に名を刻んだ。悲しくも美しい親子愛を紡いだラーソン(彼女は本作の演技でアカデミー賞の主演女優賞を受賞している)とトレンブレイは勿論のこと、絶妙な脚色を披露した原作・脚本のドナヒュー、そして全てをまとめ上げたアブラハムソン監督には、盛大な拍手を贈りたい。

(文:岸豊)


映画『ルーム』

大ヒット上映中

監督:レニー・アブラハムソン 『フランク』(14)
出演:ブリー・ラーソン 『ショート・ターム』(13)、ジェイコブ・トレンブレイ、ジョーン・アレン『きみに読む物語』(04)
提供:カルチュア・パブリッシャーズ、ギャガ
配給:ギャガ

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