是枝裕和監督×樹木希林インタビュー/細部へのこだわりが生み出す普遍性と日常の切り取り方の妙 ― 映画『海よりもまだ深く』

樹木希林、是枝裕和監督

是枝裕和監督の『歩いても 歩いても』、そして今月21日に公開される最新作『海よりもまだ深く』を観た人なら、樹木希林演じるお母さんの存在が忘れられないはず。何ともいえない懐かしさと切なさを伴って、観客に自分の母を思い出させる樹木さんと、そんな母親像を描いた是枝監督。いつまでも続いてほしい名コンビに、撮影秘話を伺った。

――『歩いても 歩いても』もそうですが、是枝監督の映画の中の希林さん、本当に魅力的ですね。

樹木:そうなの?どんなところが?…なんて聞くからいけないのね私は(笑)

是枝:(笑)

樹木:それは監督がお母様を思って描かれているからだと思います。すばらしいと言うのは、あの性格?ああいう性格だと、困るわね(笑)。

――観ていると、自分の母を思い出します。

樹木:それはありがたいですね。母親のもつ普遍性を出せたならね。

――団地に暮らす母というのも、どこか懐かしくて。監督が実際に住んでいた東京都清瀬市の旭が丘団地で撮影されたそうですね。

是枝:そうです。僕の記憶も含めて、個人の個別の記憶をどのぐらい描けるかを、やってみました。それに普遍性を持たせられるかどうかは、またいろいろなポイントがあるんですけれど。皆が共感できるようにと狙って描いたわけではないんです。この母親なら、こういうことを言うだろう、この母親と息子なら、こういう会話になるだろうというのを、役者さんを念頭に置きながらキャラクターを作って、そのキャラクターを動かしながら、作っていったら、ああなったという感じです。

(C)2016 フジテレビジョン バンダイビジュアル AOI Pro. ギャガ

――実家に帰ったら、希林さん演じるお母さんが、カルピスをコップに入れて凍らせた自家製アイスを出してくれますよね。阿部寛さん演じる息子・良多が「冷蔵庫の匂いがするぞ」と文句を言いながら。ああいう細やかな日常描写がいいなと思うんです。

是枝:おそらく団地が実家でない人も、自分に置き換えながら観て下さると思うんです。お家によっては、カルピスじゃなくて、オレンジジュースかもしれないけれど(笑)。それは乗り越えられる個別の違いだと思うので。結果として普遍性が持てたかなと思います。

――『歩いても 歩いても』の時にも“ちっちゃい男”という愛嬌のあるフレーズが出てきましたが、今回も阿部寛さんが“ちっちゃい男”を演じています。賞をとって小説家デビューしたものの、その後は生計も危うく、「小説を書くため」と理由をつけながら、探偵事務所の仕事でなんとか食べている。けれど、そのお金もギャンブルで摩ってしまう……主人公・良多はどんな風に出来上がったのですか?世相を反映した人物に見える部分もありますが。

是枝:そんなに大きなことは考えていないんですよ。

樹木:ものづくりって、こうした方が多くの人の共感を得られると考えたりすると、漠然として、ちっとも伝わらないと思うのね。むしろ、是枝さんの特長は、自分の気になる身近な物から、すごく細部にこだわって見せていくと、それが普遍性を持つ…そういう感じかな。

是枝:ありがとうございます。今回、最初に書いたのは、息子が実家に帰って、父親の仏壇にお線香を立てようとしたら、刺さらなくて、お線香立ての中を見たら、燃えカスがたくさんあるから、古新聞を床に広げて、夜中にカップ麺の割り箸とようじで振り分けるという場面。これ、僕自身がやったことなんです。それをやっていたら、父親の葬式の時に焼き場で骨を拾うのと、夜中にお線香の燃えカスをとっているのが、自分の中で重なって。それで、夜中に仏壇のお線香立てを掃除している描写をまず書いて、じゃあ母親だけが実家に残っていることにしよう、台風の夜の出来事にしよう……そんな風に点からスタートしたのを少しずつ時間を決め、場所を決め、そこに集まってきた人間をじゃあどうしようか、そこでテレサ・テンをかけてみようかなとか(テレサ・テンの曲が劇中で大事な役割を果たします)ちょっとずつ、その点を肉付けして、立体的にして、音を響かせて……そうやって膨らませていく作業から始まります。

(C)2016 フジテレビジョン バンダイビジュアル AOI Pro. ギャガ

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樹木:本当に細部なのよね。だいたい、どこの家にも仏壇があるけれども、お線香立てにマッチが埋まっていたり、灰がしけっているから、下まで燃えないのよね。どこの家にいっても、そうなのよね。

(*お線香立てを詳細に思い出しながら、その記憶を辿るように丁寧に話して下さる。この樹木さんの語りが、劇中のお母さんの語りそのもので、この映画は、この語りの魅力に支えられているとつくづく感じます)

是枝:あの場面を現場で撮っていたら、メイクの女性が「私、あれを見て、うちのお線香立てを掃除したら、すごかった」って(笑)

樹木:(笑)

是枝:「あんなに、(燃えカスが)あるものなんだ」って言われた時に、これはいけるかもと。

樹木:普遍性があるのよね。

是枝:僕だけじゃなくて、皆にあることなんだなって。

――お金に困った良多が実家に帰って、質に入れてお金に代えられるものを探す場面があります。亡き父の雪舟の掛け軸を探しながら「ないんだ、雪舟」と呟くところが妙におかしいのですが、あの場面は是枝さんの実体験ではないですよね?(笑)

是枝:ああいう風には探さなかったけど(笑)。でも、父親が亡くなって、しばらくぶりに実家に帰ったら、何ひとつ残っていなかったんです。母親に聞いたら「お葬式の翌日に捨てた」って(笑)。それでゾっとしたわけ(笑)。でも、それはそれで彼女の人生の区切りの付け方だから。映画の中では形を変えてやっているから、すべてが実話ってわけじゃないけれど、そうやって少しずつ種を植えて、それで芽が出て、刈り取っていく感じですね。

(C)2016 フジテレビジョン バンダイビジュアル AOI Pro. ギャガ

冷蔵庫の大きさが重要です

――良多は養育費も満足に払えず、前妻(真木よう子)にも愛想をつかされていて。それでも、どこか愛嬌が感じられます。

是枝:それは阿部さんの持っているチャーミングさじゃないかな。

――是枝さんのユーモアも大きいように思うのですが。

樹木:それはもう、そうね。もとの台本がね。

――台本に溢れるユーモアを巧みに拾われる樹木さんが……

樹木:それは監督の力ですよ。

是枝:そんなことはないですよ(笑)。

樹木:映画はね、なんてったって出る人よりも監督。映画は監督のものですから。ね。本当にそうです。

(C)2016 フジテレビジョン バンダイビジュアル AOI Pro. ギャガ

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――樹木さん、撮影時はどんな感じなのでしょう。

樹木:あまり、こういう人物だからこうしよう、とは思わない。私の体を通して、台本にあるものをそのまま言えばいいっていう、それだけのことで。ましてや、団地にいるのなら、桂離宮の方がよかったわって(笑)。だから、私自身には何もありません。

是枝:観念的な大きなことを考えて、樹木さんはあの団地にいるわけではないんだよね。僕が希林さんに伝えた「この台詞の間で、ケーキの箱を開いて、確認して、冷蔵庫に仕舞ってください」みたいな具体的な作業を、もう何十年も繰り返してきたみたいにやってみせながら、ここに冷蔵庫があるなら、見ないでも開けられるようにするにはどうしたらいいか。そういうことを積み重ねていくことがお芝居だと、すごく理解されているので、そこが徹底的にリアルなんだよね。

樹木:そこを見てくれたんだわね。昔の主婦っていうのは、目をつむっていても、この茶碗はここに入れるってわかっているのよね。喋りながらでも、この子のはここ、お父さんのはここって。今みたいに家財道具が多くないから。主婦というのは、そういうものだと語り継がれてきたのが、今はすっかりなくなってしまって。(淑子さんも)その時々でほしいものを買って、ラジオを買ったり、いろいろやっているんだけど、(団地のダイニング・キッチンの流しとテーブルの間の)あれだけのスペースだからね、手の届くところに、ちゃんと置いてくれるのよ。(是枝さんは)団地を熟知しているから(笑)。流しの隣には冷蔵庫があって、冷蔵庫もちょっと大きめのを買ってしまったから、扉を開けている間は通れないとか、そういうのも含めて。

©2016 フジテレビジョン バンダイビジュアル AOI Pro. ギャガ

是枝:あれね、そうなの。冷蔵庫の大きさが大事なんです。

樹木:そうだと思う。

是枝:夫婦だけの二人暮らしになった時に、小さいのに買い替えたことにするかを美術の人と話し合うわけ。二人暮らしが長いから買い替えるかというと、孫が来た時に何でも出せるように、大きいまま置いておくと。すると、食材が溜まっていくじゃないですか。それで冷凍するじゃないですか(劇中にも、冷凍したおいしそうなお料理が出てきます)。だから、大きいままでいいってことになって。

樹木:それでクサい氷ができてしまうのね。

是枝:(笑)。美術も含めて、どうしていけば、この母親が何を楽しみにどう暮らしているかが出せるのかなと、具体的に見えてくるんです。

樹木:ね。だから、私はただ、あそこにいればいいのよ。

是枝:いやいや、そんなことはない。

樹木:いや、本当に。

是枝:(笑)。

樹木:それはすごいことなのよ。あの団地で少年から青年になるいちばんいい時期を過ごした人(是枝監督)の恨みと執念が……。

是枝:ははは。

樹木:楽しさも……。そういうものが凝縮されているから、この作品には。

(C)2016 フジテレビジョン バンダイビジュアル AOI Pro. ギャガ

(C)2016 フジテレビジョン バンダイビジュアル AOI Pro. ギャガ

ストーリーに支配されない是枝作品の魅力

――是枝さんの映画にいつも惹かれるのが、ストーリーに支配されていないところなんです。ストーリーを運んでいくために、こぼれ落ちてしまうユーモアや、こうやって人と人が話している時に起こる、ちょっとした面白いことだとか、そういうことがストーリーよりも、むしろメインになっていると思うんです。

是枝:うん。大事、大事。

樹木:大事だわね。

是枝:だって、映画って、そこだよね。

――だから、観ている人の中で、自分の日常の記憶と重なって、樹木さんを見ながら、自分の母親を思い出したりするんだと思うんです。

是枝:うれしいですね。

――樹木さんは、そういう監督の作品にお出になるというのは。

樹木:これだけ芝居をわかっていて……芝居がわかっているというより、「芝居のそこを撮りたいのね」というのが、「なんだ、わかってるじゃないの、この人、若いのに」っていう。こういう人はまず見つからない。滅多にいないわね。そういう意味では、役者としては冥利に尽きるわね。こういう監督に出会うということは。いちばん(表現するのが)難しい日常というものを見ていてくれるっていう。でも、日常はもう描き切っているから(樹木さんは是枝監督の第5作『歩いても 歩いても』から、たびたび是枝作品に出演されています)、私はね。『海よりもまだ深く』でご無礼致しますというところかな(笑)。

是枝:とんでもないです。さっきも阿部さんと話していましたけれど、またぜひ。

樹木:もうこれっきり出ないわよ。だって団地をやったら、あとは犬小屋で生活するしかないじゃない?(笑)

(C)2016 フジテレビジョン バンダイビジュアル AOI Pro. ギャガ

――今回の作品にも、是枝監督が描く日常の細部にくすぐられる場面が多々ありますが、例えば、樹木さんと阿部さんが団地を歩いていて、橋爪功さん演じる男性と会った時、橋爪さんの持っているクリーニング屋さんの袋を見て、阿部さんが「女物が混ざっていた、奥さんいるの?」と言う。ああいう描写の細やかさにグッときてしまうのですが、ああいうのは、やっぱり是枝さんご自身が目ざとく見つけてしまうという……?

是枝:いやらしいからね(笑)

樹木:それを阿部さんに言わせてね(笑)で、「奥さんいるの?」と聞くと、私が「3年前に死んだ」とちゃんと調査しているのよね。いいじゃない(笑)。

――向田邦子さんのドラマを見ているような。

是枝:その辺がモデルなんですよね。モデルというか、僕の先生なので。山田太一さんとか久世光彦さんとか。そういうドラマを観ながら育っているので。

樹木:なるほどね。そういう描き方を映画でする人は少ないわね。

――是枝監督の大切な記憶を描いているから、見ているこちらの深いところにある大切な記憶が呼び起こされるのだろうと思うのですが、そんなお母さんの台詞を樹木さんがおっしゃると、こんなに胸に響くというのは……。

是枝:「しあわせっていうのはね~」という話をした後に、「ねえ、私、いまいいこと言ったでしょ」って言うところがいいんだよね。あの言い方、樹木さんじゃないと。ふっと言う感じがね。ああいうところがいいんだよね。

樹木:あ、そう?もっと意識して言えばよかった(笑)

樹木希林、是枝裕和

樹木さんは向田邦子脚本・久世光彦演出のドラマにも出演されているわけで、伺いたいことは尽きませんが、今回はこの辺で。

是枝監督と樹木さんは、親しみを込めた口調で、できるだけ本当のことを話して下さるので、インタビュー中にも不思議な親近感が生まれ、まるで『海よりもまだ深く』のあの日常の中に招き入れられたような感覚に陥りました。是枝監督と樹木さんがいると、撮影現場にこの親密な空気感が生まれ、それが何とも言えない是枝作品のリアリティにつながっているのだろうと思います。

ちなみに今回の『海よりもまだ深く』、良多の人柄のせいか、女性だけでなく、男性の支持率も高いようです。これまで是枝作品に触れたことのない男性も、意外な近しさを感じるのではないでしょうか。自分のことではないのに、たしかに自分の話だと思わせる、団地の一室のどこか憶えのある家族の日常が心をくすぐります。

(取材・文:多賀谷浩子)


映画『海よりもまだ深く』
5月21日(土)​丸の内ピカデリー、新宿ピカデリー他 全国ロードショー

​原案・監督・脚本・編集:是枝裕和 (『海街diary』『そして父になる』)
主題歌:ハナレグミ「深呼吸」(Victor Entertainment / SPEEDSTAR RECORDS)
出演:阿部寛、真木よう子、小林聡美、リリー・フランキー、池松壮亮、吉澤太陽/橋爪功、樹木希林
配給:ギャガ

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是枝裕和

生年月日1962年6月6日(57歳)
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