映画『クリーピー 偽りの隣人』黒沢清監督インタビュー 「現実じゃない何かが侵入してくる瞬間を待ち望んでいる」

黒沢監督に

黒沢清監督

映画史に残るラストシーン! まさに衝撃としか言いようのない幕切れを迎える黒沢清監督の『クリーピー 偽りの隣人』は、タイトルが示す通り、隣人に対する恐怖を描くが、それだけではない。同時に夫婦という得体の知れない関係性を見つめる作品でもある。夫は妻のことが、妻は夫のことが、実はよくわかっていない。そこでは、互いの変容に無自覚なまま突き進んでいく男女の物語が紡がれる。

「怖いと言えば怖いんですけど、それが夫婦というか、人間関係ってそうだよなと。人間関係の典型的なパターンですよね。(別に)夫婦でなくてもいいんですけど、ふたりの人間がいて。ある点では共通の何かで通じ合っていて。でも共通でない点に関しては、あれ? 何にもわかっていなかった……という。親子でもそうだと思います。だからこそ、そこ(欠けている部分)を埋めようとしたり、相手に対する関心も高くなる。それでも相手と一緒にいようとする。それが人間かなと。そこにつけこむヘンなヤツ(この映画で言うところの隣人)が出てくると、ガラガラといつ崩壊してもおかしくない危うさに立たされるんでしょうね」

(C)2016「クリーピー」製作委員会

(C)2016「クリーピー」製作委員会

監督が語るように、これは人間関係というものの核心を衝く内容である。ここに登場する「偽りの隣人」は、何も通り魔やシリアルキラーのように突然襲いかかってくるわけではない。夫婦はそれぞれがそれぞれの興味や好奇心から、この隣人に接近していく。

「そこがミソというか、狙ったところなんです。ときにはかなり積極的に、このふたりは危ないところに突っ込んでいくんですね。人間ってそんなものかなという想いもあります。ふたりは、わからないなりにある膠着状態になってしまった自分たちの関係を壊したい、ここから逃れたいという無意識が働いているようにも思えます。どこか自業自得だよな、このふたり。そういう見方をしてもいいのではないかと思いながら撮っていました」

言ってみれば、この夫婦は、危険な事態に自らの意志で乗り込んでいくのだが、ネガティヴなはずのその行動は、ときにきわめて純粋な生命力、生きものの根源的なエネルギーさえ感じさせる。

(C)2016「クリーピー」製作委員会

(C)2016「クリーピー」製作委員会

「隣人も、とんでもない酷いヤツではあるんですが、ただ『悪の化身』とか、そういったものではない。もっと出鱈目で、自由奔放に生きている。何か悪巧みがあって、この夫婦をひっかけてやれ、というようなことではない。悪辣なことをするというよりは、もう好き勝手、何にも縛られず、自分は悪なんだ、ということにすら縛られず、ときには善人でもあったり、もうやりたい放題。何の制約もない人に見えればいいなと。だから、酷い目に遭いつつも、家庭とか仕事とかに縛られてる人は、憧れるんでしょうね。この人みたいになれたら、どんなにいいだろうかと、心のどこかでは憧れてるところがある。ただ、そんなふうに思って近づいていったら平気で裏切る人なんですけどね(笑)。そんな存在に見えればいいなと思っていました。犯罪ものは、こうなってしまうものという気もします。悪い側に何か自由があって、善い者のほうが不自由だという。その自由さに、無意識のうちに憧れていく」

不自由は自由に憧れる。問答無用の真髄が、ここにはある。それはもはや抗うことのできない欲望ですらある。

(C)2016「クリーピー」製作委員会

(C)2016「クリーピー」製作委員会

「僕はこう見えて、血みどろのシーンって嫌いなんですよ。映画の中で血が出てくるのがほんと嫌で」

だから、原作にあるおどろおどろしいシーンを別な方法で映像にしたという。意外に思える発言だが、考えてみれば、黒沢監督の作品は、単におそろしいだけではない。ここではないどこかへの希求がある。その「どこか」が、『クリーピー』で言えば、隣人だったのだ。そのありよう、そのベクトルには、ときにSFと呼んでしまいたくなるほどのロマンがある。

「おっしゃる通りかもしれません。自分でハッキリ意識しているわけではないのですが、SFという言い方がいいかどうかもわからないのですが、映画ってそういうものだよね、という思い込みが常にありますね。僕らの世代だと、映画は映画館で観るものなわけです。あたりがふわっと暗くなって、画面が明るくなって。すると、そこには知っていたような風景も出てくるし、見たことあるような人も出てくるわけです。僕たちは、現実のような装いを持ちながら、現実じゃない何かが、侵入してくる瞬間を待ち望んでいる。何かにワクワクドキドキしながら、その対象はものすごく美しいものだったりもするわけですが、現実を基盤にして、ちょっと違う何かがふわっと入ってくる。それを観に行く。暗がりで、その瞬間が訪れるのを、ずっと待つ。それが映画だった。それがいつまでも残ってるんでしょうね。撮っていて、現実を基にした物語ではあるんですが、その現実が少しズレていいくのが映画ですよね。だんだんズレていって、ハッと気づいたら、ここまでズレる……? そんな、いけるところまでいきたい。それを楽しみにしていましたし、それができるというのが映画の力。現実から、ほんのちょっとズレるだけなんですけどね。その「ほんのちょっと」のことが、人々の目を釘付けにして、胸を打つ。それが映画かなあという気がしているんです」

(C)2016「クリーピー」製作委員会

(C)2016「クリーピー」製作委員会

『クリーピー』の隣人にしてもそうだ。奇人や狂人ではない。あえて言うなら「怪人」である。現実から、ほんのちょっと遊離した「怪人」なのである。

「普通の人間とまったく違う原理で生きてる人なんだなと見えればいいなと思ってました。撮っていて、ラストが近づくにつれ、その度合いは増していった気がしますね。ここからはダーク・ファンタジーに見えてもいいと。非現実の世界に旅立っていってしまった……というか。これは偶然ですが、あるカットは『スター・ウォーズ』のようになった。それこそSFの世界に一瞬なった(笑)。やっているうちにそうなったんです」

『贖罪』以降、原作ものが続いている。だが、黒沢清の映画世界は、そのことによって別な自由を手に入れたようにも映る。「解釈」や「翻訳」をおこなうことが、むしろオリジナリティの発現につながっている。確実に。

「原作があると自然に、じゃあ、自分はこうだ、ということが冷静に客観的に見えてくるんです。原作のおかげで自分のやりたいことがより冷静に見えた、ということはあるかもしれません。自分自身を見つける。それはワクワクしますね」

それはある意味、「何かが侵入してくる」ことと同じなのかもしれない。

(取材・文:相田冬二)


『クリーピー 偽りの隣人』
6月18日(土)全国ロードショー

監督:黒澤清
原作:前川裕(原作小説『クリーピー』、続編小説『クリーピースクリーチ』)
脚本:池田千尋
出演:西島秀俊、竹内結子、川口春奈、東出昌大、香川照之
配給:松竹、アスミック・エース

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