【レビュー】『ライト/オフ』―後引く怖さのある“日常系”ホラー映画

(C) 2016 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT

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日常性と持続性を兼ね備えた恐怖を描いた秀作

「電気を消す」という何気ない行為に対して、ぼんやりとした不安を覚えたことはないだろうか?さっきまで明るかったその場所が、何があるかも分からないほどに暗くなる。もしかしたら、さっきまでいなかった何かが、そこにいるのではないか?と。デヴィッド・F・サンドバーグ監督の長編デビュー作『ライト/オフ』は、誰しも経験したことがあるであろう、この漠然とした不安を具現化したホラー映画だ。

物語の舞台は、現代のロサンゼルス。小学生のマーティン(ガブリエル・ベイトマン)は、鬱病に苦しむ母親ソフィー(マリア・ベロ)の独り言、そして暗闇に現れる「何か」のせいで眠れずにいた。ある日、マーティンは離れて暮らしている姉のレベッカ(テリーサ・パーマー)に助けを求め、彼女の家に泊まる。しかし、そこにも「何か」は現れ、レベッカに襲い掛かるのだった。レベッカは弟を守るため、不仲なソフィーの家を訪れ、かつてソフィーが精神病院に入院していたこと、そこで出会ったダイアナ(アリシア・ヴェラ=ベイリー)という少女に洗脳されていたという驚愕の事実を知る。「何か」の正体がダイアナであることを確信したレベッカは、母と弟を守ろうと奮闘するのだが…。

本作で長編作品の監督デビューを果たしたサンドバーグ監督だが、その原点は2013年に発表されたショートフィルムにある。その劇中に収められているのは、サンドバーグ監督の妻ロッタ・ロステン扮する中年女性が、寝る前に電気を消したとことをきっかけに、異形の女の存在に気づき、恐怖する姿だった。わずか3分という短い尺ながら、YouTubeで1億5,000万回という驚異的な再生回数を記録したこのショートフィルムは、『死霊館』シリーズなどで知られるジェームズ・ワン監督(本作にはプロデューサーとして参加)の目に留まり、長編映画として製作されることとなった。

ホラー映画を作る場合には様々な切り口があるが、どの切り口においても重要となるのは、物語に日常性を宿らせることである。これを説明する上では、貞子というアイコニックなキャラクターを生んだ『リング』が最適な例になる。同作が日本のみならず、世界中で好評を得た背景には、「ビデオを見る」という誰にとっても日常的な行為が、貞子という恐ろしいキャラクターの登場に直結していたことがあった。具体的に言うと、観客が同作を見終わり、その後に別の映画やドラマを見るために再びビデオを入れたとしよう。その瞬間に、少しでもざらついた質感の映像や、テレビの砂嵐を見てしまうと、これに似た『リング』の映像がフラッシュバックし、人々の脳裏に不安、ひいては恐怖が生まれるのだ。この「日常性」と「恐怖の持続性」(映画を見た後にも続く恐怖)によって、『リング』は上質なホラー映画として完成されたのである。

一方の本作も、物語を通じて観客に「日常性」と「恐怖の持続性」を感じさせるので、『リング』と似たタイプの作品だと言える。劇中でキーとなるダイアナは、暗闇を住処とする超自然的な存在(その背景に悲しい過去が味付けしてあるのがグッド)なのだが、彼女は「電気を消す」という日常的な行為をきっかけに、レベッカやマーティン、そしてソフィーの前に現れる。そしてその後に、暗闇を行き来することができるという特殊能力が明かされることにより、登場人物たちは逃げ場がないことを知り、恐れ慄くことになる。劇中における一連の描写を見ているだけでも十分怖いのだが、ダイアナが、「電気を消す」という行為によって現われ、「暗闇を行き来できる」という設定は、観客に対して『リング』以上に「日常性」と「恐怖の持続性」を感じさせる。寝る前に電気を消す瞬間、電球が切れそうな街灯に気づいた時、落雷による停電…。本作の後引く怖さは、電気無しでは成立しない我々の生活の、あらゆる側面について回るのだ。

(C) 2016 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT

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根本的な設定に加えて、舞台設定や物語のバランスにも巧さを感じる。サンドバーグ監督は本作で、序盤では工場、中盤ではアパートの一室、そして後半にかけては洋館という3つの舞台で物語を紡いでいくのだが、そのプロセスの中は、ショートフィルム版よりもドラマティックに強調された、光と影のコントラストが効果的に機能している。特に、ソフィーの夫で、工場の経営者であるポール(ビリー・バーク)が、廊下に浮かび上がるダイアナの姿を目撃するシーンが素晴らしい。暗闇と光が溶け合った空間に、恐ろしく、そして美しく浮かび上がるダイアナの姿からは、観客を驚かせることに腐心しがちな昨今のホラー映画では感じることが少ない、精神的に憔悴させられるような不安、ないしは恐怖が押し寄せてくる。

また、「幽霊が出るのは夜」という古臭いイメージに縛られていないのも素晴らしい。ダイアナは暗闇を住処にするため、朝だろうが昼だろうが、暗闇があれば存在することができる。故に、観客はダイアナの登場を予想することができず、常に彼女が暗闇から登場するのではないか、という緊張感に縛られることとなるのだ。この緊張感が長引き過ぎると、観客はひどく消耗し、物語に対する注意力も落ちていってしまうのだが、サンドバーグ監督は本作を81分という短い尺に収めているので、観客は消耗しすぎることがないまま、物語の行方を追い続けることができる。長編デビューを飾る監督は、往々にして「詰め込み過ぎ」や「削り過ぎ」といったバランス感覚の欠如を見せるものだが、サンドバーグ監督はまるで経験豊富な名匠のような巧みなバランス感覚を披露することによって、自身の監督としての資質の高さを垣間見せる。

(C) 2016 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT

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ホラー映画では、ヒロインのキャラクターも観客の心を掴む上で大きなポイントとなる。たいていの場合、ホラー映画のヒロインたちは受動的な行動に終始し、守られるだけの存在である。彼女たちの仕事は、襲い来る何かに対して怯え、その美しい顔をゆがませることに過ぎないのだ。しかし、本作でテリーサ・パーマーが演じたレベッカは、ダイアナに恐怖する姿を見せる一方で、弟と母を守るために行動し、ダイアナに対して果敢に戦いを挑む。彼女はいわば、能動型のヒロインなのだ。この能動性こそが、既存のホラー映画におけるヒロインとは明確に異なる、レベッカの魅力である。

一方、うつ病に苦しむソフィー(この設定の背景には、監督が鬱病に苦しみ、そして監督の友人が鬱病が原因で自殺した過去があるという)は、典型的な受動型のヒロインであり、彼女が見せる行動の数々は鑑賞者に対して非常に大きなストレスを与える。ところが、そんな彼女が子供たちを守るために終局にかけて見せる能動的な自己犠牲の精神は、それまでのネガティブなキャラクター・イメージを覆し、深い悲しみと感動を与え、本作の魅力をさらに強めることに寄与している。この自己犠牲のシークエンスにおけるソフィーの行いは、非常にアンチ・クライストなものであるため、アメリカを含むキリスト教圏の国々からは一定数の批判があるのだが、社会的にタブーとされる行動によって子供を救うソフィーの姿が、本作に一つの個性を与えていることは否定しようがない。

繰り返しになるが、昨今のホラー映画の作り手の多くには、「観客が驚くこと」を「恐怖を描いた」と都合よく置き換えている節がある。近年における低品質なファウンド・フッテージ映画の大量生産が象徴的だったように、その勘違いに気づいていない映画作家、あるいは意図的にこうした作品を作って金儲けをしている映画人は非常に多い。そんな低レベル化と商業主義化が進んだホラー映画界において、確かな恐怖を訴える作品として本作を完成させたサンドバーグ監督には、今後の更なる活躍を期待したくなった。

(文:岸豊)


映画『ライト/オフ』
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ソウ

生年月日1985年7月7日(34歳)
星座かに座
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