【レビュー】『だれかの木琴』―「普通の人々」が見せる、「普通じゃない姿」

映画『だれかの木琴』より  (C) 2016 『だれかの木琴』製作委員会

(C) 2016 『だれかの木琴』製作委員会

秋にオススメの、しっとり系ストーカー映画

誰しも、「あの店員さん、可愛い(カッコイイ)な」と思い、いつしかその店員の常連客となった経験があるだろう。だが、そうした客の中には、越えてはいけない一線を越えてしまう人もいるから恐ろしい。『わたしのグランパ』『酔いがさめたら、うちに帰ろう。』などのホームドラマで知られる東陽一監督の最新作『誰かの木琴』は、若い美容師に異常な執着心を見せるようになる、美しい人妻の姿を描いたドラマだ。

 

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物語は、優しい夫の光太郎(勝村正信)と、気立ての良い娘のかんな(木村美言)と順調に人生を歩みながらも、どこか満たされない思いを抱える主婦の小夜子(常盤貴子)が、海斗(池松壮亮)という名の若い美容師と出会うことから幕を開ける。海斗に髪を切られ、退店後に営業メールを受け取った小夜子は、なぜか海斗に強く惹かれ、彼のことばかり考えるようになってしまう。数十通にのぼるメール、度重なる美容院への訪問、海斗が住むアパートへの差し入れ。次第にエスカレートしていく小夜子の行動は、海斗だけでなく、周囲の人々をも巻き込んでいき…。

 

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常盤貴子がストーカーになる。一文にすると、思わず「さ、されてみたい…」と思う読者諸兄が多いことだろうが、ことはそう単純ではない。というのも、その美しさはさておき、一見すると「普通」でしかない小夜子の行動は、かなり異常なのだ。そもそも、小夜子は登場からしてどこか違和感を感じさせる女性である。上品な服に身を包み、洒落たカフェで昼間から赤ワインを飲む、といったセレブ感あふれる姿は見る者に憧れすら抱かせるが、その一方では言葉遣いが妙に丁寧だし、年齢の割には機械類に疎く、どこか現代社会から「浮いている」印象が強い。小夜子の挙動は、どこか「普通じゃない」と感じさせるのだ。

 

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こうして観客が小夜子に対して抱く漠然とした違和感が、明確なそれに姿を変えるきっかけとなるのが、小夜子が海斗と交わすメールだ。自分の担当とは言え、赤の他人でしかない海斗に対して、小夜子はプライベートを次々と明かしていく。その内容は、思わずドン引きしてしまうようなものばかりなのだが、小夜子には迷いや後悔が一切見られない。普通の人間が持ち合わせている、潜在意識の中でストップをかける一種の「リミッター」のようなものが、彼女の中にはないのである。小夜子の姿からは、「普通に見えて、普通じゃない」という歪んだイメージが生まれ、その美しさも相まって、観客は彼女に対して、戦慄すら覚えるようになる。

 

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しかし、本作は小夜子の姿を通じて恐怖を描く作品ではない。というのも、「普通に見えて、普通じゃない人」は小夜子だけではないのである。小夜子の夫である光太郎(勝村正信)は、一見すると家族思いの優しい夫だ。しかし、行きずりの女と避妊せずにセックスしてしまうほど無責任な男でもある。また、海斗の恋人でゴスロリな服を扱うショップの店員である唯(佐津川愛美)も、感じの良い今時な女の子に見えて、内に秘めた感情を大爆発させる一面を持っている。これらの「(一見すると)普通の人々」が時折見せる「普通じゃない姿」が、劇中で唯一、純粋に「普通な人間」であるかんなの視点というフィルターを通じて映し出されることによって(すなわち、被害者である海斗にも「普通じゃない一面」が隠されている)、本作には「普通であることがいかに曖昧であるか」という、現代社会に生きる人々の影を掬い取ったメッセージ性が表出する。

 

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なかなかユニークな物語をゆったりとしたリズムで楽しめる本作だが、修正すべき点にも言及しておこう。まず一つに、小夜子には、より大きな変化のふり幅が与えられるべきだ。原作における小夜子は、本作における小夜子よりも、より「普通の人」としての人物描写を与えられていたので、彼女が次第に変貌していくプロセスに引き込まれるものがあった。しかし本作では、オープニングからどこか「浮いている」印象、言い換えれば、「普通じゃない」雰囲気が強調され過ぎている。先述したメールのやり取りでも、原作の小夜子はプライベートを明かすメールを送信した後に後悔を募らせるが、本作にその描写はない。この結果、小夜子が海斗のストーカーと化すプロセスに必要十分なメリハリがなく、物語の転機としての味付けが薄くなってしまっているのだ。

 

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沈黙で語るべき箇所に、さして必要とは思えないセリフが挿入されているのも惜しまれる。これは特に、小夜子と光太郎のシーンで多く見られるのだが、海斗や唯を含むその他の登場人物のシーンでは与えられていないものなので、小夜子と光太郎の会話には、無駄に説明的な印象が生まれてしまっていて、若干のストレスを感じさせる。無論、映画では小説で生じる隙間を埋める作業が必要になるので、多少は仕方ないのだが、それにしても鼻に付くのだ。また、光太郎という人間には、勝村の演技によって機械的な人間としての印象が生まれており、これが原作の光太郎にあった生々しさを消してしまっている。その結果、終盤で唯によってストーカー行為を糾弾される小夜子を守ろうとする光太郎の姿は、実に嘘くさく、いわば滑稽に映ってしまった。

 

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クライマックスから着地点に至るまでの後日譚的なパートに関しても、原作で示されたような小夜子の行動原理が明らかになることがなく、ただ「小夜子という女性が、曖昧で不確かであること」という不鮮明なメッセージ性を出すに留まったのも、原作ファンを含む観客に、消化不良な感を抱かせてしまうだろう。そしてラストシーンにも、それまでの緊張感あふれる人間模様では感じられなかった、温かさのようなものが出てしまっており、これが世界観の一貫性の欠如を招いている。

 

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儚げで色っぽい小夜子に扮した常盤をはじめ、海斗を不用意にキャラ付けすることなく自然体で演じた池松や、爆発的な感情表現で見る者を圧倒する佐津川(小夜子にブチ切れるシーンは原作にない迫力を湛えているので必見)らキャスト陣が見せる演技こそ魅力的だ。しかし、キャストの熱演が強烈な印象を残すのとは対照的に、物語そのものが原作と比べて非常に薄い印象を残してしまったのは、残念であるとしか言いようがない。

(文:岸豊)


映画『だれかの木琴』
公開中

出演:常盤貴子 池松壮亮 佐津川愛美 / 勝村政信
監督・脚本・編集:東 陽一
原作:井上荒野「だれかの木琴」(幻冬舎文庫)
主題曲:井上陽水「最後のニュース」
企画・製作:山上徹二郎
製作:『だれかの木琴』製作委員会
制作プロダクション:シグロ、ホリプロ
配給:キノフィルムズ

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