映画『哭声/コクソン』國村隼インタビュー「この作品は、自分の中でも特別な1本」

國村隼

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のどかな村で陰惨な事件が連続する。家族を皆殺しにする。その犯人はみんな何やら奇病に冒されている。異変は村の片隅に正体不明の日本人が住み着いてからだという噂が独り歩きする。呑気だった警官は愛する娘に奇病の兆候が表れてから常軌を逸した行動に出る。いったい、あの男は何者なのか?

國村隼が出演した『哭声/コクソン』は凄まじい映画だ。めちゃめちゃ面白いエンタテインメントであると同時に、深く豊かな社会批評。さらには、信じることや祈ること、人間がこれまで大切にしてきた価値観が根底からくつがえされるような鮮やかさがある。

(C)2016 TWENTIETH CENTURY FOX FILM CORPORATION

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「(監督の)ナ・ホンジンの人の悪さが出てますよね(笑)。人によって、何が真実で、何が嘘かは違う。ひょっとしたら実存すらも疑わしくなる。そんな世界観の中に入っていく。人が人の世を生きていく上で、確かだと思ってることをいっぺん疑ってみる。疑い出すと、混沌しかなくなる。何が本当かわからなくなるし、どこに行くのかもわからなくなる。いま見えるもの、ここにあるものも、(実は)ないかもしれない。それがこの映画のいちばんのメッセージかもしれない。ゾッとしながらも、ナ・ホンジンがこしらえた迷路、迷いのジェットコースターで(観客は)戸惑うことを楽しんでしまっている。そこに映画のエンタテインメントがあるのかもしれない」

ナ・ホンジン監督は『チェイサー』『哀しき獣』というテンションが異様に高い作品で一躍刮目された鬼才である。時間制限の設定がスリルを高めた前2作から一転。本作では156分という長尺を、先読みのできない破格のストーリーテリングと、圧倒的な世界観で見せきる。パワフルな演出に持続力と懐深さが大増量され、もはや天下無敵の趣。正真正銘、10年に1本生まれるか生まれないかの傑作中の傑作だ。

「韓国では、監督が絶対権力者なんです。日本は現場によって(監督のポジションが)違ったりもしますが、韓国ではそういうことはない。とりわけ、ナ・ホンジンの場合は、その『絶対』がかなりキツいと知られているようです。韓国では、ナ・ホンジンの映画に出る役者は『大丈夫だろうか?』と不安になるみたい(笑)」

ナ・ホンジンと。(メイキング画像より)/(C)2016 TWENTIETH CENTURY FOX FILM CORPORATION

ナ・ホンジンと。(メイキング画像より)/(C)2016 TWENTIETH CENTURY FOX FILM CORPORATION

監督は現場で次々にイメージがふくらみ、俳優に飽くなき要求を続けるのだそうだ。ストップをかけないと、様々なパターンをいつまでも撮っている。「もうこれ以上は肉体的に限界」と國村は何度か伝えたという。

それにしても、國村がここで演じている男は、底なしのイマジネーションを喚起する。作品が持つ面白さも、深さも、豊かさも、鮮やかさも、すべてこのキャラクターが派生する渦の中からやって来ている。

(C)2016 TWENTIETH CENTURY FOX FILM CORPORATION

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観客は、この映画の國村隼を見て、揺れ動く。だが、彼の存在がそうさせているのか、観客自身がそうしたくてそうなっているのか、だんだんわからなくなる。主体的なのか、受動的なのか、「だんだん曖昧になりますよね」と國村は微笑む。その男は、あまりにも自然にそこにいる。あからさまに不気味なわけではない。かと言って、極端に静謐なわけでもない。ただ、当たり前にそこにいる。そのことで、わたしたちの心は、ざわざわと揺れ動くのである。

「それは脚本を読んだときにあった、あの男のイメージなんですよね。あの男は、人であるかどうかもわからない。人間としてイメージすることをやめてしまえば、存在というものすごく抽象的な言葉に置き換えられる。それはすごくニュートラルな状態。シチュエーションが変わっていくことによって、劇中の周りにいる人たちも、もっと言えば客席から観ていらっしゃる観客も、その見方でどんどん勝手に、あの男の存在はふくらんでいく。ひとりのキャラクターをイメージするのではなく、具体として提示することはやめようと思いましたね」

(C)2016 TWENTIETH CENTURY FOX FILM CORPORATION

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監督が求めているのは、一貫性ではなかった。

「お客さんがどう感じるかを意識してそこにいてくれと」

今回は、極端なかたちで出てはいる。だが、この考え方は、國村が考える演技の根本だという。

「根っこの部分では、どの役もそうだと思いますね。何かをして見せるということではない。映像における僕らの仕事は極端に言うと、依代(よりしろ/神霊が依り憑く対象物)の被写体。ある「容れ物」として、フレームの中に存在する。それで完結なんです」

つまり、「器」である。そこではニュートラルであることが必要になる。

「こうしてやろう、ああしてやろうという僕自身の意図が(画面に)映ってしまったら、小賢しいだけで、俗に言うクサイものにしかならない。意図は持ってなくちゃいけない。でもその意図を見えないかたちにしなければいけない。それがたぶん表現ということで。キャラクターをちゃんと存在させるためには、無意図ではいられない。それなりの意図はある。イメージを持ってそこにはいる。でもお客さんに意図がわかってしまったら大失敗。意図はあっても見せない」

(C)2016 TWENTIETH CENTURY FOX FILM CORPORATION

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この映画はその究極のかたちである。

「今回の監督には凄い企みがある。ある時点からは、お客さんの確信を崩す。しかし、崩されたほうはその意図を感じない。言うなれば、彼の企みの中に心地よく漂っている。それがたぶん、この映画のいちばん面白いところです」

わたしたちは、この映画を観て、あらためて、芝居を見るということ、フィクションに出逢うことのとてつもなさを知ることになる。しかし、これは、観客を真の意味で信じていなければできないことである。

「僕、ライブ=舞台出身なんです。最初にきっかけを投げかけるのは舞台=『板』の上にいる僕らからなんですけど、いったん(客と役者の)キャッチボールが始まっちゃうと、実際、お芝居、幕が開いて閉まるまで、一緒に作ってくれるのはお客さんなんですよ。たとえば一ヶ月、舞台を続けるとする。延々同じこと繰り返しているように見えて、実はお客さんが変わるので、一回一回違う空気感が出来上がるわけですね。だから出来るんですよ。毎日、毎日。それは毎回違う。同じことじゃない。それは映像に置き換えたところで変わらない。ナ・ホンジンの演出が素晴らしいなと思うところは、お客さんがどう感じるか。そこを感じながら作っている。非常に明快な監督です」

(C)2016 TWENTIETH CENTURY FOX FILM CORPORATION

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押し付けではない演技。感じ取ろうとする観客の意志を尊重した演技がそこにはある。観客と一緒に作ろうとする演技が『コクソン』にはうねっている。

映画に出始めて間もない頃に『ブラック・レイン』の現場を体験した。リドリー・スコット監督の下、高倉健や松田優作がマイケル・ダグラスと共演した一作。その後、國村は香港に呼ばれ、ジョン・ウー監督らの作品に出演。日本映画に本格的に出演し始めたのはその後のこと。出発点から国際派なのである。

「映画におけるいろんなスキルを教えてもらったのは、リドリー・スコットや香港の監督たちからですよ。だから僕は(海外の映画に出演することに)違和感はないんです。『コクソン』と前後して、ベルギーの女性監督の作品に出てますからね。映画の現場で(俳優が)やることは万国共通。道具立ても一緒だし。キャメラがあって、照明がある。作り込んだ衣裳があり、ロケがあり、セットがある。あとはキャメラがフレームを切ったところで生きる。それだけですから」

(C)2016 TWENTIETH CENTURY FOX FILM CORPORATION

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國村隼はボーダレスなのだ。

「映画ってメディアは、もともとそうだと思いますよ。ボーダーなんてない。出来上がったら、いろんなところで公開されて、独り歩きするでしょ。ただ、自分の中でも『コクソン』という作品はスペシャルです。これはいままでにない映画。まさか還暦を過ぎて、肉体的にいちばんキツい現場を経験するなんてね。『もうこれ以上やめてくれ』なんて、日本の現場では言ったことがないですからね(笑)」

韓国では700万人がこの映画を観た。韓国を代表する映画賞、青龍賞で、國村は男優助演賞と人気スター賞をW受賞している。韓国人以外が同賞に輝くのは初めてのことだという。

(取材・文:相田冬二)


『哭声/コクソン』
3月11日、シネマート新宿他にて公開

出演:クァク・ドウォン、ファン・ジョンミン、國村隼、チョン・ウヒ
監督:ナ・ホンジン
2016年/韓国/シネマスコープ/DCP5.1ch/156分

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國村隼

生年月日1955年11月16日(62歳)
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