【レビュー】映画『ハクソー・リッジ』―既存の戦争映画にはない、独特で崇高な“衛生兵”の姿

(C) Cosmos Filmed Entertainment Pty Ltd 2016

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デズモンド・ドスという名前を知っているだろうか?恐らく、多くの人は知らないように思われるが、日本人はこの名前を知っておくべきだ。というのも、メル・ギブソンがメガホンを取り、アンドリュー・ガーフィールドを主演に迎えた映画『ハクソー・リッジ』でその半生が描かれたデズモンドは、銃を持たないことを心に決めた“良心的兵役協力者”の衛生兵として、太平洋戦争下の沖縄に赴き、敵・味方を問わずに75人の命を救った歴史的英雄なのだ。

物語はヴァージニアで幕を開ける。敬虔なキリスト教徒のデズモンド(ガーフィールド)は、看護師の恋人ドロシー(テリーサ・パーマー)との結婚後、陸軍へ入隊する。しかし、デズモンドはある過去を理由に、決して銃を握らないと心に決めた“良心的兵役協力者”だった。ライフルの射撃訓練を拒否し続け、雑用を押し付けられ、仲間からのいじめも受けるデズモンドだったが、信念を貫いた結果、彼は衛生兵としての出兵を認められる。その後、デズモンドは太平洋戦争下の沖縄に上陸。難攻不落の「ハクソー・リッジ」(前田高地)に赴き、次々に倒れる仲間たちの命を救おうと奔走する。

(C) Cosmos Filmed Entertainment Pty Ltd 2016

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既存の戦争映画には、銃を握ることに誇りを持ち、勇ましく戦う兵士たちの姿を描くものが多い。確かに、そういった作品には見る者の心を震わせる迫力があるだろう。しかし、映画が生まれておよそ120年の間に、この手の映画は数多く作られてきた。その前提がある以上、新たに製作される戦争映画には“これまでにない何か”を描くことが求められて然るべきではないか。そういった意味において、これまで“脇役”に甘んじることがほとんどだった“衛生兵”、なおかつ“良心的兵役協力者”という特殊な立場にあったデズモンドに光を当てた本作は、戦争映画史において重要な意味を持つと言える。

とはいえ、斬新なモチーフを取り上げるだけでは良作になりえない。戦争映画が観客の胸を打つには、「人物描写」と「戦闘描写」のバランスを取ることが求められるが、過去に『ブレイブハート』『アポカリプト』という戦争映画の秀作のメガホンを取った経験があるギブソン監督は、本作でこれを見事に実践した。導入部分から中盤にかけては、デズモンドとドロシーのロマンス、兵役検査に合格できなかった者たちの悲しい行く末、デズモンドの父であるトム(ヒューゴ・ウィービング)の悲劇的な過去、デズモンドが“良心的兵役協力者”として周囲を納得させていくプロセス、そしてドス家の知られざる過去を描き、重厚な人間模様を展開。

(C) Cosmos Filmed Entertainment Pty Ltd 2016

(C) Cosmos Filmed Entertainment Pty Ltd 2016

いよいよ戦闘が始まる終盤では、ゴア表現・火薬・CGを惜しみなく使ったド迫力の戦闘シーンを通じて、それまでに構築されたデズモンドと仲間たちの絆を随所にちりばめつつ、デズモンドの「一人でも多くの人を救いたい」という精神性、そしてこれを象徴するキリスト的な自己犠牲を映し出すことによって、力強く感動的なドラマを構成している。前田高地の地形など、部分的な脚色も確認できるが、仲間のみならず敵である日本兵にも手を差し伸べるデズモンドの頑張り、そして生きて帰ろうと奮闘するも散っていく彼の仲間たちの姿には、見る者の心を掴んで離さないパワーがある。

ロバート・シェンカンとアンドリュー・ナイトが手掛けた脚本と、ギブソン監督の演出が融合したストーリーにおいては、デズモンドの深い信心に基づく思想を絶対的なものとせず、彼がそれを一つのエゴとして自覚しながら、異なる思想を持つ仲間との衝突を経て共闘する様を描いている点も素晴らしい。ギブソン監督は熱心なキリスト教徒であるため、ともすると、デズモンドの思想を過剰に絶対視した物語に仕上げてしまうのではないかという不安が筆者にはあった。しかし、ギブソン監督は客観的な立場から登場人物それぞれの視点を掬い取って、本作を様々な思いが交錯する相対的な物語として成立させている。

『ハクソー・リッジ』

『ハクソー・リッジ』/(C) Cosmos Filmed Entertainment Pty Ltd 2016

キャストの演技にも目を見張るものがある。主演を務めたガーフィールドは、少年のような笑顔で見る者を魅了しながら、過去に対する後悔の念や自身の信念に対する揺らぎ、さらには沈黙する神に対する問いかけなどを含む、繊細かつエモーショナルな演技を見せ、スクリーンの中で輝き続ける。また、トムを熱演したウィービングは、父親としての強さと弱さ、それぞれを抑揚の効いた心理描写で表現し、家族のドラマに奥行きを与えてみせた。一方のヴィンス・ヴォーンは、デズモンドらを訓練するハウエル軍曹役にどはまり。随所で披露する怒りの演技が、鬼教官という役柄に真実味を与えるとともに、軽妙なせりふ回しも効果的に機能している。

戦争という言葉を聞くと、どうしても暴力や殺戮を連想してしまいがちだが、家族や仲間との様々なドラマを経ながらデズモンドが歩んだ足跡は、それらとは真逆の、救済と献身に満ちたものだ。武器を使うのではなく、“命を救いたい”という想いを貫くことによって戦争を走り抜けたデズモンドの姿には、既存の戦争映画が描いてきた英雄たちとは異なる、独特で崇高な魅力がある。この「等身大の偉人」の肖像を実直に描き上げたギブソン監督、ガーフィールドをはじめとするキャスト陣、そしてスタッフたちの頑張りには、映画ファンとして、そして一人の日本人として、大きな拍手を贈りたい。

(文:岸豊)


映画『ハクソー・リッジ』
6月24日より日本公開

監督:メル・ギブソン
製作:ビル・メカニック
出演:アンドリュー・ガーフィールド、サム・ワーシントン、ルーク・ブレイシー、テリーサ・パーマー、ヒューゴ・ウィーヴィング、 レイチェル・グリフィス、ヴィンス・ヴォーン
原題:Hacksaw Ridge/2016年/アメリカ・オーストラリア/139分/英語、日本語/PG-12
配給:キノフィルムズ

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メル・ギブソン

生年月日1956年1月3日(63歳)
星座やぎ座
出生地米・ニューヨーク

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アンドリュー・ガーフィールド

生年月日1983年8月20日(35歳)
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出生地米・カリフォルニア・ロサンジェルス

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