当たり前だと思っていたことを“特別なもの”と思わせるジム・ジャームッシュの視点―『パターソン』【連載コラムVol.31】

映画ライター・新谷里映が心動かされた、本当に観て欲しい映画たちを連載コラムでお届け。

第31回目はジム・ジャームッシュ監督作『パターソン』。ジャームッシュ曰く「本作品は、ただ過ぎ去っていくのを眺める映画」ということだが、『パターソン』的視点をちょっと取り入れてみると、日常の視点を大きく変えてくれるキッカケになる。


Photo by MARY CYBULSKI (C)2016 Inkjet Inc.All Rights Reserved.

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日々、テレビは見る、ラジオも聴く、ネットもチェックする、本も読む、もちろん映画も観るけれど、詩はどうだろう……久しく読んでいない。気に入った詩人はいるし詩集も持っている。でも、本棚に飾られたままだ。それらを久々に手に取ったのは、ジム・ジャームッシュの新作『パターソン』を観たからだ。

この映画は、バスの運転手で詩を愛するパターソン(アダム・ドライバー)の日常、月曜日から日曜日の7日間の物語を淡々と描いている。朝起きて、妻にキスをして、バスを走らせて、仕事が終わると家に戻り、愛犬の散歩の途中でバーに立ち寄りビールを一杯飲み、一日を終える。そして時間を見つけては、毎日ノートに詩を綴る。それがパターソンの日々。とてもシンプルだ。見方によっては代わり映えのない生活、面白みのない人生に映るかもしれないが、この映画を観終わると、パターソンの生き方が何とも素敵に思えてくる。羨ましいほどに。

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ジム・ジャームッシュ作品はもともと詩的なものが多いが、今回は詩的ではなく、全体に詩が散りばめられている。彼が『パターソン』を撮るきっかけは二十数年前、ウィリアム・カーロス・ウィリアムズがニュージャージー州のパターソンに捧げた詩を読み、ふらりとパターソンを訪れたことだった。そこで、パターソンという名の男がパターソンに住んでいること、バスの運転手で詩人であること、映画のディテールが浮かんだという。

ジャームッシュはこう語っている。

「身の回りにある物事や日常におけるディテールから出発し、それらに美しさと奥深さを見つけること。詩はそこから生まれる。」

こうも語っている。

「『パターソン』はディテールやバリエーション、日々のやりとりに内在する詩を賛美し、ダークでやたらとドラマチックな映画、あるいはアクション志向の作品に対する一種の解毒剤となることを意図している。本作品は、ただ過ぎ去っていくのを眺める映画である。」

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たしかに詩が生まれる瞬間が描かれる。それはパターソンの日常の一部であり、月曜から火曜へ、そして水曜へ……日曜が終わるとまた月曜がやって来る、そうやって一日一日が過ぎ去っていき、少しずつ詩ができていく。本当にそれだけの物語なのだが、ジャームッシュの手にかかると不思議だ。当たり前だと思っていたことが、特別なもの、とても幸せなものに見えてくる。視点を変えてくれる。

それは愛する人の隣で目覚める幸せだったり、バスの乗客の会話を微笑ましいと思う幸せだったり、お気に入りの場所でランチを食べながら詩を書き留める幸せだったり、どれも些細なことだけれど、些細なことが幸せだと気づくことは、実は意識しないとできないことだ。

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自分の生活に『パターソン』的視点を取り入れてみると──たとえば、いつも行くコーヒーショップの店員さんの「いらっしゃいませ」「こんにちは」は、業務上のお決まりの挨拶かもしれないが、意識して「こんにちは」と返してみる。すると、次に行くと「こんにちは」に何気ない会話がプラスされている、というようなこと。ジャームッシュの世界で言うならば、その会話、その瞬間も詩になる。そしてコーヒーを淹れてもらうまでのわずかな時間で、そのコーヒー豆がその店にやってくるまでのことを考えてみたりする。それも詩になる。映画『パターソン』を観てからは、ノートに綴らなくとも、そんなふうに頭の中が詩人的になっていた。目に映るモノやコトについて、考えて、想像して、小さなストーリーを作ると、日常は想像以上にやさしさであふれていることに気づく。

また、日本人としてはやっぱり日曜日のエピソードに登場する“日本の詩人”を永瀬正敏が演じていることも嬉しい。『ミステリー・トレイン』以来、27年ぶりのジム・ジャームッシュ作への出演。前回は、ルーツミュージックを追ってメンフィスを旅する青年を演じていたのに対し、今回は、ウィリアム・カーロス・ウィリアムズの足跡を追って、彼が暮らした街パターソンを訪ねる詩人を演じている。その日曜日のエピソードが特に好きだ。いつかジャームッシュ監督やアダム・ドライバー、永瀬正敏が訪れた街パターソンへ行き、彼らの足跡を追ってみたい。

(文・新谷里映)

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新谷里映

フリーライター、映画ライター、コラムニスト
新谷里映

情報誌、ファッション誌、音楽誌の編集部に所属、様々なジャンルの企画&編集に携わり、2005年3月、映画ライターとして独立。 独立後は、映画や音楽などのエンターテイメントを中心に雑誌やウェブにコラムやインタビューを寄稿中。

【tumblr】新谷里映/Rie Shintani 

映画『パターソン』
公開中

監督・脚本:ジム・ジャームッシュ
出演:アダム・ドライバー、ゴルシフテ・ファラハニ、永瀬正敏
提供:バップ、ロングライド
配給:ロングライド

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アーティスト情報

ジム・ジャームッシュ

生年月日1953年1月22日(66歳)
星座みずがめ座
出生地米オハイオ州

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永瀬正敏

生年月日1966年7月15日(53歳)
星座かに座
出生地宮崎県

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