「自分も観たいから、演じている」―『AMY SAID エイミー・セッド』三浦誠己&渋川清彦インタビュー

三浦誠己と渋川清彦

三浦誠己(左)渋川清彦(右)

中村優子山本浩司大西信満村上虹郎渡辺真起子村上淳……日本映画を活気づかせる個性派俳優たちを擁するマネージメント集団。その「ディケイド」が制作した映画『AMY SAID エイミー・セッド』が素晴らしい。大学の映画研究会のミューズ的存在だった美少女が自ら生命を絶ってから20年。彼女の命日に久しぶりに顔を合わせた仲間たちは、彼女の死の真相をまさぐるうちに、かつての自分を思い起こすことで、いまの自分に向き合うことになる。深夜のバーで展開する、密室会話劇。8人の男女の語らいは、同じ事務所の「仲間」たちが演じることで、よりリアルな情感を伴って胸に迫ってくる。主演の三浦誠己と、渋川清彦に訊いた。

渋川:それはうまく作用してますね。なんかわかってるからね。(相手の)この人がどういう感じかは。そこからスタートしてるんで、その空気は出るんじゃないですか。

三浦:こいつ、こんなふうに動きたいのかな? とか、それはわかるから。昔から知ってる友達という設定と、10年前から顔を知ってて飲んだりしてる自分たちに重なったというか。お互いの恥ずかしいところも知られてる、というか。なんとなく、そういう匂いはあらわれているんだと思います。

(C)2017「AMY SAID」製作委員会

(C)2017「AMY SAID」製作委員会

渋川:まあ、撮影は大変でしたけどね。夜、始まって、(終わるの)朝、みたいな(笑)。実際のお店をお借りしているので仕方がないんだけど。

三浦:朝、(外に)出ると陽が出ている。ほんと、あの映画の設定のまんまというか。みんな、20歳の若者ではないんでね。40過ぎてるんで(笑)、これが4日、5日続くと、さすがに……ね(笑)。ただ、本当に(深)夜だったので、店の外に音がない。普通に昼に撮影してたら、通行人の方が通り過ぎたり、街が活動しているのを感じたかも。その空気も感じていただけたらいいね。

夜。だからこその親密さ。だからこそのプライベート感覚がこの映画にはある。フィクション。だけれどもどこか現実に地続きの肌触りがある。

傷を背負ったナイーヴな三浦。大らかで優しい渋川。ふたりの役どころも、従来の彼らの出演作にはなかった新鮮さがある。と同時に、ほんとうの彼らはこんなひとなのではないかと思わせるものがある。

(C)2017「AMY SAID」製作委員会

(C)2017「AMY SAID」製作委員会

三浦:自分自身が経験してきたこととかも、なんとなく匂いとして出てるでしょうね。そういう脚本だし。凶暴で暴力的な役もするんですけど、意外と僕自身は……

渋川:そんなことねえよ、凶暴でしょ(笑)。

三浦:(笑)いや、誰しも持っていると思うんですよ。どれだけ破天荒なことやってても、そういう部分って持ってるような気がして。それは僕自身の中にもあるし。そこをどういうふうに出せればいいのかなあと。

渋川:(そういうのは)あんまり喋んなくても、出るよね。

三浦:嘘っぽくならないといいなと。それは大変なことではなく、僕の持ってるナイーヴさを出すという作業だった気はしますね。

渋川:うーん。(自分の役も)何か似てるんじゃないですかね。

三浦:地元帰って畑やりたいって言ってるもんね(渋川の役は、無農薬野菜を作っている)。

渋川:うん、やりたい。たぶん、畑がいちばん大変なんだけど。そこにいると楽だしね。余分なこと、まったく考えないから。そこは近いかな。

(C)2017「AMY SAID」製作委員会

(C)2017「AMY SAID」製作委員会

三浦:普段、僕たちが口にしてるようなことをプロデューサーの佐伯(真吾/「ディケイド」代表取締役)さんが見聞きしてて、脚本に反映させてるような気はしましたね。演じた後に、ああ、オレはこういう部分、持ってると。

渋川:たぶん、みんなそうだろうね。

三浦:(村本大志)監督もそこを掬い取ってくれて。

渋川:全員、そのひとが持っているものをちょっとだけ掴んで出してるね。

三浦:たぶん、もし、この役を自分が持ってるものではない、遠い解釈で表現しようとしても、おそらくこのメンツでやったときは、それが嘘っぽくなっちゃうだろうし。

仲間だから、ふれられることがある。仲間だから、ふれないことがある。

そんな物語のデリカシーが、ある結びつきのある俳優たちによって演じられることで、かけがえのないものへと昇華している。

劇中の設定を超えて、ここに集っている人々に「同族」を感じる。大切にしていることが共有できていると言えばいいだろうか。

(C)2017「AMY SAID」製作委員会

(C)2017「AMY SAID」製作委員会

三浦:みんな共通して、映画が好き。映画の現場が好きっていうのは根底にあるね。

渋川:うん。やっぱり、映画の現場はいいよね。

三浦:(映画の現場は)期間的にちょうどいいんだよね。

渋川:普段、会うとかではないんだけど、何かそれぞれのことがわかるというかね。べったりじゃないんだけどね。わかる。それが出てたらいいな。出ててほしいなと思う。

「映画って、作ってる側も、観客なんだよ」。劇中には、そんな台詞がある。とても、響く言葉だ。

渋川:監督、ロマンチストだからね。

三浦:ほんと。でも、(そういうところ)ありますね。一度、友達の短編映画に出たことがあるんですよ。で、その友達の監督は好きに編集した。自分で脚本書いて、撮影して、編集した。そしたら(出来)上がりが酷くて(笑)。でも、とんでもなく面白くない30分の編集をしたそいつは「自分が観たいから作った」って言うんですよね。俺たちは「もう一回(編集を)やり直せ」って言ったんですけど(笑)。でも、それはそれでいいと思うんですよね。「自分が観たいから作った」って。作品となると、ある程度最低限のクオリティは必要だとは思う。でも根底に「自分が観たいから撮る」というのがあるのはいい。やっぱり、自分も演じてて「自分が観たいから演じてる」部分がある。それって肝かもしれないですよね。もの作りの。たとえば、子供が誰かに見せたいと思って描くよりも、自分が描きたいものを描くというほうが純粋だと思うので。役者にもいろいろなタイプがあって。役者になりたいと思ってなった人もいえば、そうじゃない人もいる。僕なんかお笑い芸人やってて、やめようと思ったときにたまたま映画の仕事をもらって。で、映画で演じて、あ、面白いなと。それから俳優を12年やってますけど。自分で演じたいと思う前に「出ない?」があった。3歳のときから歌舞伎俳優やってる子はもう自我がないわけじゃないですか。気がついたらお客さんの前で拍手喝采浴びてるっていう。今回のメンバーで言えば山本(浩司)さんなんて、大学の頃に映研やってて(自主映画で)撮る側も経験しながら、出る側もやってて。

渋川:演技については……滑舌良くしたい(笑)。

三浦:そういうんじゃない。もっと生き様みたいなことをバシッと(笑)。

(C)2017「AMY SAID」製作委員会

(C)2017「AMY SAID」製作委員会

渋川:まあ、俺も気がついたら……みたいなところはあるんだけど。

ミュージシャンとして出発。ファッションモデルとしても活動しつつ、求められるまま映画の世界に入っていったのが渋川清彦である。

渋川:でも、やりたかった、と言えば、やりたかった。俳優に限らず、何かをやりたい。表に出てカッコいいことをやりたいという気持ちがあったから。結局、バンドは商売になってないから。商売になっているのは俳優で。でもバンドはずっと続けているから。後からついてきたものはあるとは思う。芝居って、こういうことかな? と、なんとなく考え始めた。

三浦:脚本をもらって、読んで、役をこう演じようとか、こういう人物だな、こういうお話だなと、まとめて落とし込むんですけど、現場入っちゃうと、その日そのときのコンディションと、その日そのときの現場の雰囲気があって。たとえば「演じない」という選択肢も俳優にはあるわけですよ。逆に監督から「演じてほしい」ということもある。そういうことの積み重ねなんで。その日、そのとき、その現場に行って演じるときに、自分で演技してる意識があったり、なかったりする。なんか、難しいですね。そこが面白いんだけど。

渋川:自分が準備していって、こうやろう、と思っても、それを汲み取ってくれる監督もいるし、いや、そうではないと言う監督もいるし。準備するときと、準備しないときと、両方ある。これ(『AMY SAID』)、あんまり準備しなかったですもん。こうやろう、とか、あんまりなかったですね。

(C)2017「AMY SAID」製作委員会

(C)2017「AMY SAID」製作委員会

三浦:準備(の捉え方)も難しいですよね。たとえば乗馬は準備じゃないですか。日数とか時間に換算すると「準備してる」みたいに見えるけど。それと同じようなことを現代劇や、馬に乗らない映画でもしているわけで。何が準備かっていうのは人それぞれで。

渋川:逆に、まったく準備してない、ってこともないしね。

三浦:たとえば毎日飲んだくれて、遊び呆けていても、それは準備というより仕事なんですよ。このズルさったらないですよ(笑)。

渋川:そうだね(笑)。

三浦:毎日コンパしてても、いや、俺は俳優だから(こうしてる)、と言える(笑)。プレイヤーという職業だから。でも、それがすぎると喝を入れられる(笑)。

渋川:やることはちゃんとやらないとね(笑)

(C)2017「AMY SAID」製作委員会

(C)2017「AMY SAID」製作委員会

映画には、「なりたかった自分」と「なれなかった自分」の行き来もうつしこまれる。ふたりには、いま、「なりたい自分」はいるのだろうか。

三浦:理想はありますね。

渋川:それ、言えないの?

三浦:全然言えますね。「千日回峰行」(せんにちかいほうぎょう)をしている僧侶みたいな生活がしたい。

それは、のべ1000日間にわたって、連日、30キロメートル、6時間の巡拝を行う修行のことである。

三浦:最後、飲まず食わず寝ずの一週間がある。これを続けていると、山の中で、季節や温度、匂いとか、普段感じないようなことの変化が感じられるんだって。獣の匂いとか。感覚が研ぎ澄まされる。そういう人生、やってみたいな。

渋川:全然、俳優と関係ないじゃん(笑)。なりたい自分か……。わかんないな。ないな。行き当たりばったりでいいよ。

三浦:ローリング・ストーンズみたいな人間になりたいんじゃないの?

渋川:なに、それ(笑)

三浦:バンドやって、世界中まわって、ジジイになるまで、ドラム叩いてるとか。理想じゃない?

渋川:まあね、でも、(何事も)ゆっくりやれたらいいね。あんまり忙しくなく。それが理想ですね。自分のペースで。

きわめてストイックに生きることも。きわめてマイペースに生きることも。実は同じことなのかもしれない。響き合うふたりの語らいを聴いていて、そう思った。

(取材・文:相田冬二)  


映画『AMY SAID エイミー・セッド』
2017年9月30日(土)、テアトル新宿ほか全国公開

三浦誠己、渋川清彦、中村優子、山本浩司、松浦祐也、テイ龍進、石橋けい、大⻄信満、村上虹郎、大橋トリオ、渡辺真起子、村上淳
音楽:jan and naomi
テーマ曲:「AMY SAID」(大橋トリオ)
監督/脚本:村本大志
脚本:狗飼恭子
企画・製作:佐伯真吾
プロデューサー:関友彦、田中和磨
制作:株式会社コギトワークス
日本/2016/カラー/96分
配給:ディケイド

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渋川清彦

生年月日1974年7月2日(45歳)
星座かに座
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