映画『あゝ、荒野』岸善幸監督インタビュー「現代に通じるテーマがたくさんある」

岸善幸監督

岸善幸監督

1960年代、多くの若者に衝撃を与えた寺山修司の唯一の長編小説『あゝ、荒野』菅田将暉×ヤン・イクチュンという魅力的なキャストで映画化、現在、公開されている。ここまでエネルギーに溢れた作品は、どう生み出されたのか。岸善幸監督にお話をうかがった。

―まずは企画のはじまりから伺えますか?『二重生活』と同じスタッフの方ですね。

岸監督:『二重生活』が完成して、その宣伝が始まった頃に、プロデューサーの河村光庸さんから『あゝ、荒野』を映画化したいという話があって。僕としては、50年前の小説が原作ということでちょっと考えてしまったのですが、「2021年という近未来を舞台にしたい」というのを聞かされて「だったら乗ります」とお答えしたんです。

―というと?

岸監督:まず、『あゝ、荒野』を読み返すと、現代に通じるテーマがたくさんあるんです。ただ、僕も学生時代に寺山作品を読んでいるのですが、寺山さんのファンって熱烈な方が多いと思うんです。読後感として抱えるものが、ファンの人それぞれに違うはずで。だから、映画化するなら僕たちの新解釈と打ち出してくれないとやりづらいと思ったんですね。そういう意味で、2021年という時代設定は僕としては納得のいく条件だったんです。

(C)2017『あゝ、荒野』フィルムパートナーズ

(C)2017『あゝ、荒野』フィルムパートナーズ

―2021年というのは、東京オリンピックの直後です(小説『あゝ、荒野』は前回の東京オリンピックの2年後に出版されています)。

岸監督:オリンピックって、僕自身も見ていて、感動で涙することもあります。ただ、オリンピックに向かってがんばっている人を決して否定するわけではないんですけど、オリンピックで見えなくなってしまうものがきっとあって……後回しにされてきたいろいろなことが、オリンピックが終わった後に一気に噴出するかもしれない。あるいは隠されるかもしれない。そういう社会でどう人が生きていくのかを描いてみたかったんです。作品のいろいろなところに、その芽を散りばめてみました。

――菅田将暉さん、ヤン・イクチュンさんでやろうと思われたのは?

岸監督:菅田くんは『二重生活』の宣伝の時に話が出て、僕もやりたかったし、彼も快諾してくれたので。イクチュンさんに関しては(彼が監督・主演している韓国映画)『息もできない』の配給が、『あゝ、荒野』を制作・配給しているスターサンズさんだったので、そのご縁で企画が始まる前から、原作を韓国語にして読んでもらっていたようです。イクチュンさんも作品の世界観を気に入ってくれて、何の問題もなく決まりました。

―撮影前に韓国にいらして、ヤンさんと会われたそうですね。

岸監督:ええ、ソウルで焼酎を飲みながら話をしました。彼の『息もできない』という映画は、ある意味、自伝みたいな映画ですよね。今回、イクチュンさんと話をしていて面白かったのが、(『あゝ、荒野』で演じている)バリカン建二という役を自分に引き寄せるために、自分ならこう思う、こう感じるという意見がたくさん出てくるわけですよ。どれも自分の体験と重ねてあって、その時々に感じた感情を丁寧に話してくれるわけです。途中から、それが『息もできない』に入り切らなかった、もうひとつの自伝のように思えてきたんです。バリカン建二に共感しているゆえに、大切な意見が出て来るんだと。じゃあそういう方向にしましょうと、それで脚本に生かしたイクチュンさんのアイディアがいろいろあります。建二とお父さんの関係については特にそうでした。

(C)2017『あゝ、荒野』フィルムパートナーズ

(C)2017『あゝ、荒野』フィルムパートナーズ

―かなりヤンさん自身とリンクしたバリカンなんですね。

岸監督:そうですね。脚本だけじゃないんですね、撮影現場でもいろいろリンクしてくるものは感じました。後編のボクシング・ジムで(菅田将暉演じる)新次に自分の意見を初めて伝えるシーンは台本に「泣く」とは書いていなかったんです。「どうぞイクチュンさんの演じたいようにやってください」というスタンスで撮影したんですけど。それがああいう真に迫った演技になりました。

―観ていて震えの来るような演技でしたね。実際のヤンさんは?

岸監督:『息もできない』も彼の自伝といえば自伝ですけど、それでも、やはり彼は演じているんです。あの映画だけ観ると、どんなコワイ人かと思うけど(笑)、普段のイクチュンさんは、どちらかというとバリカンに近いと思いますよ。お酒を飲んだり、喋ったりするうえでは、すごくやさしいし、かわいらしい人です。僕も『息もできない』を観ていたから、初対面はビビりながら韓国に会いに行きましたけど(笑)。

(インタビューに同席した)杉田浩光プロデューサー:ヤンさんはクランクインの1か月前に日本に入って「バリカン生活」をしていたんです。バリカンは床屋で働いていますけど、その練習をしたり、ボクシングの練習をしてもらいました。

―それゆえに、あの自然さなんですね。ヤンさんの演技、圧倒されました。対する菅田さんもすごかったです。

岸監督:僕はキャストに大部分を任せています。現場で沸きあがる感情が途切れないように演出することを何よりも優先しています。菅田くんとの最初の打合せでも「現場に入って出てくる感情でやってもらえばいいから」と伝えました。すると菅田くんは僕のイメージしていたものをいくつも超えてくれるんです。破壊衝動のある新次、暴力性のある新次、愛らしい新次、バリカンを兄貴と呼びながら兄貴のようにふるまう新次……。すべて菅田くんが現場で、肉体を通して、表現してくれたものです。

(C)2017『あゝ、荒野』フィルムパートナーズ

(C)2017『あゝ、荒野』フィルムパートナーズ

―新次は冒頭から徐々に変化して、本当にいろいろな表情を見せますね。

岸監督:多くの映画やドラマでは、役者は脚本を読み込んできて、相手役の芝居と合わせながら役を生みだしていくものだと思うんですけれど、菅田くんにとってはそういうことはごくごくあたりまえのことで。彼の演技には読解力とか演技力という言葉では語り切れないものがある。いろいろな映画で脇役もやっていますけど、それでもあの存在感を示すことができますから。今回は主役ですけど、本当にすごいなと思いますね。

―二人のギラギラしている感じ、あのすさまじい熱量がスクリーンに溢れているのは?

岸監督:それは撮影の夏海(光造)さんのカメラワークもあると思います。

―いきものみたいに自由に動くカメラですよね。

岸監督:だから、編集を大切にしないと、映像を構成できない。今は撮影機材が進化して、そんなに照明を当てなくても映像が撮れるようになっている。それで、待ち時間を極力減らせるんですね。役者の感情が途切れないうちに集中してテイクを重ねることが出来るんです。そうじゃなかったら、この作品は成立しなかったと思います。

―役者さんが自由に動いてカメラが追う。エキサイティングな撮影現場です。

岸監督:照明は上からは当てているんだけど、シーンで大事なキーを1個しか決めていないんです。役者には自由に動いてくださいと言っていますからね。新次やバリカンが芝居の流れで、まったく照明の当たらないところに入っても、それで止めることなく芝居は続けてもらいます。とにかく感情が赴くままに動いてくれと。それを技術の進化を知っているゆえの夏海さんのカメラワークが切り取っていく。それで生々しい映像になっているのかもしれないですね。

(C)2017『あゝ、荒野』フィルムパートナーズ

(C)2017『あゝ、荒野』フィルムパートナーズ

―あの生っぽさがいいんですよね。観ている側も、あのカメラにシンクロしますから。映画全体に、生きている実感が溢れています。

岸監督:お客さんにもそう感じてもらえたら嬉しいですね。撮影前にこの作品はボクシング映画なんだと全スタッフの意識を統一したんです。群像劇で寺山さんの原作があって、血の問題、社会の問題、セックスや死のテーマもあるんですけど、とにかくこの映画はボクシングですよと。

―というと?

岸監督:ボクシングを核にしないと、あるリアリティが出せなくなると思ったんです。でも、ボクシングは役者が相当な練習をしないとリアルにはならない。ただ、ボクシングの場面をリアルに作れば、他のシーン、人物のキャラクターにも波及して、「これはありえる」っていうリアリティが出せるんじゃないかと、そういう計算だったんです。そういう意味で、菅田くんもイクチュンさんも半年間、肉体改造してくれて、ボクシングの技術も磨いてくれて、できたことなんだと思います。

―半分、ドキュメントでしたね。菅田さんもイクチュンさんも顔つきも体つきも変わっていって、すごい説得力でした。

岸監督:後楽園ホールのプロテストも全部、本物なんです。JBC(日本ボクシングコミッション)さんが作品を理解してくれて、本物の場所でやらせてもらえました。それも大きかったと思います。後楽園ホールも全体としては1日の撮影なんですけど、実際にプロテストをやっている場所ですからね。実際のテストをスタッフが見て、決して派手でもないし、何も起きないんだけど、そういうプロセスを踏まないと、本物のドラマは生まれない。だからプロセスの現場は大事にしました。

(C)2017『あゝ、荒野』フィルムパートナーズ

(C)2017『あゝ、荒野』フィルムパートナーズ

―撮影に際して、助監督の方々も菅田さんやヤンさんと一緒にボクシングのトレーニングをしたそうですね。

岸監督:そうなんです。リアクションを撮る時は、全部、演出部のスタッフがやっていました。石橋侑大という演出部のスタッフがいて、彼自身もジムに通っていたんです。ボクシング指導の松浦(慎一郎)さんは、相手役もやってくれて、リアクションを撮る時の対戦相手もしてくれた。毎日15ラウンド戦っているみたいな活躍ぶりでした。

―あの……監督ご自身は、ボクシングのトレーニングは?

杉田P:最初はそういう話だったんですよ、僕もやったし。『百円の恋』はプロデューサーも監督も全員やったそうなんです。それを聞いていたので、監督に「全員やりましょう」と言ったんですけど……(笑)

岸監督:皆でトレーニングすると、団結感が出ると思うんですよ。でも、それは出なくてもいいというところもあるし……(笑)。映画作りにはいろいろなスタイルがあると思うんですけど、客観的に言うと、僕には撮り切る責任もあるし、冷静に役者と向き合わなければならない。痛みは映像でつくるのが仕事と考えてやめました。この作品は前後編5時間、全体として群像劇なので、いろいろ考えなければいけないことが山積みで、肉体改造まではちょっといけなかったです。すいません(笑)。

杉田P:『百円の恋』もそうなんですけど、監督がボクシングをやったというのは、ボクシング・シーンは危険を伴うので、これ以上やると危険だというリミットを知る意味もあるんです。

岸監督:ボクシング映画をいろいろ観て研究したんですけど、ボクシングシーンって、だいたいの型があるんですよ。パンチを撃つ人間の正面を撮って、打撃が加えられてのけぞる相手のリアクションを撮るとか。パンチの頻度が重なると、そこに血のりが付いていってアザができるというような。やっぱり危険が伴う撮影ですから、『ロッキー』にしても、改めて観てみると、それ以上のことはしていないんです。

(C)2017『あゝ、荒野』フィルムパートナーズ

(C)2017『あゝ、荒野』フィルムパートナーズ

―たしかに、そうですね。

岸監督:そういうやり方で撮っても、たぶん、この作品はリアルで面白いものにならないなと思ったんです。さっき言った後楽園のプロテストなら、ボクシング・シューズに松ヤニをつけて、リングのうえでキュッ、キュッと鳴る……。そういう音からして、リアリティにこだわりたいなと思って。従来の撮り方ではない撮り方をしたいと考えて、夏海さんと相談しながら撮っていきました。

―実際にやってみて、いかがでしたか?

岸監督:試合シーンに関しては3カメ(カメラ3台)使えたので、とりあえず撮りたかったカットはかなり撮れました。実際に体に接触するパンチも撮っています。なぜ撮れたかというと、簡単なことで、菅田くんもイクチュンさんも、対戦相手の役者たちも本当に体を鍛えてくれたからなんです。

杉田P:すごかったのは、リングに上がる演者さんたちが全員、実際に当たっても大丈夫な体になるまで鍛えてくれたことなんです。あそこまでトレーニングしてれたというのは、本当に立派でしたね。

―すごいですね。半年かけたというのも。

岸監督:それだけやってもらえたから、肉体改造ができたんだと思うんです。パンチのスピードとか、あれはやっぱりひたすら練習を重ねていかないとできないことだと思います。JBCの福地さんという世界戦のレフリーをされる方が、実際にレフリーとして出演していただいている方なんですけど、本当にすごいと言ってくださったので。この作品はJBCのお墨付きです(笑)。

杉田P:全員、プロテストに通るって言われました(笑)。

(C)2017『あゝ、荒野』フィルムパートナーズ

(C)2017『あゝ、荒野』フィルムパートナーズ

―こうして伺うと、時間をかけた本物の積み重ねで、今回の映画のただならない熱量が生まれているんだなと思います。そこに付けられた音楽がまたいいですね。

岸監督:岩代太郎さんの音楽、素晴らしかったです。ボクシング映画ですから、僕としては闘いのメロディやリズムが来ると思っていたんです。でも、そんな安直なことではない、愛の曲を作ってくれたと思うんです。僕らの撮影もがんばりましたし、役者もがんばりましたけど、最終的にあの音楽が付いた時にこの作品は完成したんです。やっぱり岩代さんはすごいなと思いました。自分の作品ですけど、かなり高いところへ作品を持っていってくれたのは岩代さんです。

―今回、記録さんを付けなかったと伺っています。膨大なフッテージから編集されたというのも、作品に勢いのあるところですね。

岸監督:自分で編集するので、撮影した映像はほとんど記憶しています。それで記録さんには頼らずにやってきました。キャストの方の中にはつながりを考えて「さっき右手でやりましたけど、いま左手でした」と申告して下さる方もいるんですけど、「気にしなくていいです」って応えています(笑)。それよりも優先したいものがあるので、それを大事に編集するんです。それもこの組のスタイルなのかもしれません。昨年の夏の本当に暑いさなかに撮っていましたけど、本当に皆、がんばってくれたと思います。今は感謝しかないですね。

(取材・文:多賀谷浩子)


映画『あゝ、荒野』
10月7日より前篇、10月21日より後篇が2部作連続公開中
9月29日よりU-NEXTにて独占配信(全6話順次配信)

11月1日よりセル特装版(前篇・後篇収録)DVD&Blu-ray BOX発売(発売・販売元:バップ)
11月3日より前篇・後篇11月3日同時レンタル開始

出演:菅田将暉 ヤン・イクチュン
木下あかり モロ師岡 高橋和也 今野杏南 山田裕貴
でんでん 木村多江 ユースケ・サンタマリア
原作:「あゝ、荒野」寺山修司(角川文庫)
監督:岸善幸
撮影:夏海光造
脚本:港岳彦 岸善幸
音楽:岩代太郎
制作・配給:スターサンズ
制作プロダクション:テレビマンユオン

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