松浦弥太郎インタビュー「家族とは、 年齢や立場を超えて尊敬できるかがすべて」【映画『アバウト・レイ 16歳の決断』公開記念】

松浦弥太郎さん

松浦弥太郎さん

エル・ファニングナオミ・ワッツスーザン・サランドンという魅力的なキャストで描かれた2018年2月3日(土)公開の話題の映画『アバウト・レイ 16歳の決断』。16歳のレイの大きな決断をめぐり、家族がそれぞれの問題を乗り越えていく本作の公開に合わせ、『暮しの手帖』元編集長、ウェブメディア「くらしのきほん」主宰者であるエッセイスト・松浦弥太郎さんに、本作の魅力、映画を通じて自身の10代の時や家族についての話を伺った 。

「相手を尊敬すること、それがすべてだと思います」

――松浦さんは『ハローグッバイ 親と子のポケットブック』など親子に関するエッセイも出されていますよね 。映画『アバウト・レイ16歳の決断』をご覧になっていかがでしたか?

主人公のレイが置かれた状況にも、お母さんの子どもに対する愛情にも共感できました。お母さんがレイを心配しながら、自分の問題は棚上げにしているところも(笑)。この映画を観ていると、過去の出来事がフラッシュバックしてくるんです。人に明かすことができない、ひとりで背負ってきたことに一瞬、光が当たるようなところがある。映画の中だけの別世界の話ではなく、親しみが持てるリアリティがありますね。

――レイのお母さんは、レイという名前で身も心も男の子として生きていくと決めた我が子の決断に懸命に寄り添おうとします。けれど一方で、目の前の我が子が娘でなくなってしまうことに葛藤もしています。お母さん自身も過去の大きな問題を抱えていて、レイの問題と向き合うことで、それを乗り越えていく。子どもによって親が成長させられるところもリアルだと思いました。

そうですね。誰しも、これまでの自分自身を赦してあげないと生きていけない部分があると思うんです。家族とはいえ、自分とは違う他者。だからこそ、家族の中で他者を赦す努力をするわけです。とても難しいことですけれど。人を赦すこと、人を認めるということに、最終的にはすべての答えがあるような気がします。年齢や立場を超えて、自分の目の前にいる人を尊敬できるか。僕自身もこの映画を観て、それを問われた気がしました。

――目の前にいる人を尊敬できるか。若い頃から、そう思っていらっしゃいましたか。

やはり人間だから、自分を認めてもらいたい欲求がありますよね。僕も 一生懸命カッコよく なってみたり、いっちょ前なことを言ってみたり。でも、誰も認めてくれなくて、「どうして誰も自分の名前を覚えてくれないんだろう」なんて思ったりした。それは結局、自分自身が誰のことも認めていなかったんですね。皆を小バカにしておきながら、自分のことは認めてほしいと思っていたんだなと気づいたんです。

――大きな気づきですね。

そうですね。人間というのは正常と異常が同居していて、それがナチュラルなことなんだと思うんですよ。ダメなところがあってこそ人間だし、僕自身が誰かを好きになるのは、そういうところだと思うんです。あるべき自分とか、そうやって決めつけてしまうのは、もったいないですよね。視野を狭めてしまう。心の角度を広げるということで、いろいろな気づきがありますし、日々学ばせてもらっているなと思います。

――気づいてから実際に周りの関係性を変化させるためのアクションとして、私達がまず最初にできることは?

やはり笑顔じゃないですか。大抵のことは、笑顔が解決しますから。微笑みかけられて、うれしくない人っていませんからね。自分がしてもらって、いちばんうれしいことをしてあげるということではないでしょうか。

「後悔してこそ、人間なんです」

――映画 と松浦さんがご本でお書きになったこととリンクするところはありましたか?

自分の子どもに対する向き合い方ですよね。愛情というのは、なかなか難しいものですが、自分の子どものことは全面的に信じる。本人よりも僕が信じる。そこは、このストーリーのお母さんと同じだと思います。

――お母さんが、男性になるためにホルモン療法を開始するレイの選択について、「いつか、レイがこの選択を後悔する日が来るかもしれない」と悩む場面が印象的でした。

レイが大人になった時に、この16歳の決断をどう思うかはわからないんですよ。場合によっては、正直言って後悔することも多いと思うんです。でも、後悔したことを背負って生きていくことに意味があるような気がしていて。僕なんか後悔だらけです。でも、後悔したって何にもならないでしょう。人生なんて後悔だらけですから。ダメな決断をした自分も、その時はそれが正しいと信じて決断したわけで。そうしないと自分がどうにかなってしまうから、自分を守るために、そう決断したんだと思うんです。

――後悔してこそ人生と言われると、なんだか励まされます。そうやって後悔を抱えたまま、5年、10年経つとしますよね。すると、変わってくるものはありますか?

ありますね。慣れてきますよ。落ち込み慣れるんです。この件についての落ち込みはもう慣れた、さんざん落ち込んでいると(笑)。忘れることはできないんです。でも、それも人間らしさであって。そういうのがひとつもない人は、なんだか機械っぽくてつまらないですよね。

――この映画のお母さんとレイは、ここまで徹底的に葛藤したことが、この後の財産になりそうですね。

そうですね。こういう出来事があって、主人公の決断によって家族全員が何かを共有できたんですよね。それは一生忘れないだろうし、先程もお話しましたが、相手を尊敬することが幸せな関係を築く最大の一歩だなと改めて思います。そう考えると、どんな人でも、この映画に感情移入できるところがあるのではないでしょうか。

――この一家はレイの決断によって、家族全員が成長していきますが、松浦さんご自身のご経験は?

日々あるのですが、そういうことって大事件じゃないんですよね。日々、子どもから、いろいろなことを学んで自分のエネルギーになっているし、子どもも僕を見てエネルギーにしている。夫婦もそうなんですよね。お互いに学び合って力にしていく。それは言葉を超えたもので、それがなくなったら、お互いが必要ではなくなってしまうと思うんです。家族でいる以上は、そこの気持ちの通じ合いを大切にしたい。子どもであっても、妻であっても、僕は尊敬しているし、皆が尊敬し合っていることで、ギブされる物が必ずある。そこに対する感謝の気持ちですかね。原点は、そこにある気がします。歳をとっても自分なんてそうそうは出来上がらないわけで、昨日より成長したいと思っていても、自分だけの力ではなかなかできない。周りにいる人たちと助け合って学び合っていくのが、僕はとってはすごく普通のことという気がします。

松浦弥太郎さん

「毎日に、ハラハラ、ドキドキしていたい」

――お母さんも、レズビアンのおばあちゃんも、男性に対して懐疑的だったのに、レイの問題に家族で向き合ううちに変化していきます。子どもが持つ推進力ってすごいなと思いました。

ピュアなんですよね。怖い物知らずだから。レイは16歳ですけど、僕は18歳の時に学校をやめてアメリカに行く決意をしたんです。当時はただ無鉄砲なだけでした。でも、知らないことが多いからこそ、エネルギーも強いんです。そこを譲ったら、自分がなくなってしまうと思っていた。きっとレイも身体的に男性になりたいという思いを諦めたら、自分の存在がなくなるような恐怖心を感じたんだと思います。

――そうするしかないんですね。

自分が紛れもなく、誰とも違う自分であるということ。実はしあわせって、そこにしかないと思うんです。10代の頃から、そう思っていました。人と違うところが、自分なんだと。そこを否定したら、不安や恐怖どころじゃない、自分自体がなくなってしまう。そういう恐怖心があったので、だからこそ、そこにこだわるし、そこでしか自己主張ができないんです。10代ってそうだった気がしますね。選択肢はないんです。そうするしかない。だから、アメリカに行く以外、選択肢はなかったし、悩みもしなかった。レイもそうだったと思います。その無鉄砲さが、映画の中では家族の絆を取り戻すことにつながっていくんですよね。

――レイが男性になっていく過程で、音楽の趣味が開けていったり、新たな決断をすることで新たな世界が開けていきます。松浦さんの著書『本業失格』でも、そういったターニングポイントのこと、書かれていますね。

『本業失格』(集英社 刊)

本業失格』(集英社 刊)

少なからず成長したいわけですよ。成長したいし、学びたい。そのためには、今の自分が変わらない限り、成長も学びも変化もないわけです。生まれ変わるという言い方は大げさだけれど、僕なんか常に生まれ変わりたいと思っていますからね。新しい自分でいたいといつも思います。どうやったらブレイクスルーできるかしか考えていないですね。

――18歳以降は、どんなターニングポイントが?

『暮しの手帖』もそうですし、数え切れないです。トライ&エラーを繰り返しながら。今でもそうです。やったことがないこと、知らない世界に飛び込むチャンスを常に狙っています。隙あらば飛び込みたいんです。でも、そんなことは人に話さないし、勝手にやっているので、やってみて大失敗したり、傷ついたりすることばかりです。ほとんどが失敗ですよ。

――大人になると、ある程度、守りに入る人も多いような気がします。大人になって失敗できるというのは、すごいことですね。

いつもハラハラ、ドキドキしていたいんです。そういう気持ちがなくなったらつまらない。毎日、明日の予定を見ながら、「どうしよう、参ったな。どうしたら、できるんだろう」と思うんです。眠れないです、考え始めると(笑)。でも、そのハラハラが楽しいんです。できないと思ったけれど、なんとか乗り越えられた。そういうことが毎日あるから。1日の終わりにそう思って、またすぐに「明日、どうしよう」と思うんですけれど(笑)。

――毎日がスリリングですね。

半分がルーティンなこと、半分がチャレンジですね。ルーティンなことがないと、生活が成り立たないので(笑)。一方で、チャレンジがないと、今日は何もしていないなという気持ちになります。1日を無駄にしてしまったような。ルーティンなことって僕の中では、どうでもいいんですよ。誰かが代わりにできることだから。チャレンジは僕にしかできないことじゃないですか。明日のチャレンジは何だろうと考えると、ハラハラ、ドキドキして眠れないんです。自分が開いていると、どんどん新しいチャレンジが入ってくる。クローズしてしまうと、ルーティンだけになって、つまらないんですね。

松浦弥太郎さん

――クックパッドでも若い方と一緒に仕事をされたのが刺激になったと。

25歳も年下の人たちと仕事するのは楽しかったですね。僕も皆をリスペクトしていますし、皆も僕も頼ってくれたので。今も会社をやっていて、20代の子たちもたくさんいるので、そういう子たちから学ばせてもらうことがたくさんあります。

――今、チャレンジしたいことは何ですか?

親との関係ですね。18歳でアメリカに行っていますから、多少の交流はあっても、普通の親子関係より、ちょっと距離があるんです。今さら二人になると、妙に疲れたりするんですよ(笑)。そこを変えていこうと思って。毎週、母親と一緒の時間を共有するのが、今の僕にとってのチャレンジです。父親はもう亡くなっているんですけれど。苦手なことをやってみるというのも、いいものです。わりと自分を変えてくれますよ。

1月16日には映画公開記念トークショーも開催された。

(インタビュー・文:多賀谷浩子、撮影:MASA(PHOEBE))

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松浦弥太郎(まつうら・やたろう)

エッセイスト。クリエーティブデイレクター。2005年から「暮しの手帖」編集長を9年間務め、2015年7月にウェブメディア「くらしのきほん」を立ち上げる。2017年、(株)おいしい健康・共同CEOに就任。「正直、親切、笑顔、今日もていねいに」を信条とし、暮らしや仕事における、たのしさや豊かさ、学びについての執筆や活動を続ける。著書多数。雑誌連載、ラジオ出演、講演会を行う。中目黒のセレクトブックストア「COW BOOKS」代表でもある。

■公開情報

アバウト・レイ 16歳の決断
2017年2月3日(土)より、新宿ピカデリー他にて全国ロードショー

監督:ゲイビー・デラル
出演:ナオミ・ワッツ、エル・ファニング、スーザン・サランドン、リンダ・エモンド、 テイト・ドノヴァン、サム・トラメル 
配給:ファントム・フィルム
© 2015 Big Beach, LLC. All Rights Reserved.

公式サイト

<ストーリー>
16歳になり、身も心も男の子として生きたいと決断した主人公・レイ(エル・ファニング)。医者から受け取ったホルモン治療についての見慣れない資料に呆然とするシングルマザーのマギー(ナオミ・ワッツ)は、「突然、息子を育てることになるなんて」と、動揺を隠せない。共に暮らすレズビアンのおばあちゃんのドリー(スーザン・サランドン)もレイのカミングアウトをイマイチ理解ができないでいる。一方、髪を短く切り、身体を鍛え、少しずつ“本当の自分”に近づいていくことで生き生きしてくるレイ。そんな姿を見てマギーは意を決して、治療の同意書のサインをもらうために、何年も会っていない別れた夫に会いに行くのだが、そこでまさかの“家族の秘密”が明らかになる―!

アバウト・レイ 16歳の決断

アバウト・レイ 16歳の決断

出演者 ナオミ・ワッツ  エル・ファニング  スーザン・サランドン  テイト・ドノバン  リンダ・エモンド  サム・トラメル
監督 ギャビー・デラル
製作総指揮 ナオミ・ワッツ  ピーター・パストレッリ  リア・ホルツァー  ダニエラ・メリヤ
脚本 ニコール・ベックウィズ  ギャビー・デラル
音楽 マイケル・ブルック
概要 エル・ファニング、ナオミ・ワッツ、スーザン・サランドンが母娘三代を演じるヒューマン・ドラマ。性同一性障害に悩み、男として生きることを宣言した娘と、彼女の決断を戸惑いながらも尊重しようとする母と祖母それぞれの人生を、ジェンダーを巡る世代間のギャップとともに描き出す。監督はイギリス出身で、これが長編4作目の女性監督ギャビー・デラル。性同一性障害に悩む16歳の少女ラモーナは、トランスジェンダーを公言して自らレイと名乗り、肉体的にも男性になることを決断する。一緒に暮らしているレズビアンの祖母ドリーは“レズビアンじゃダメなの?”と孫の決断がどうしても理解できない。自由奔放な恋愛を重ねてきたシングルマザーのマギーもまた、レイの気持ちに寄り添いつつも戸惑いを隠せなかったが…。

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