中村文則の最新作『R帝国』は「『教団X』以上にヤバい内容」。覚悟を決めて書いた理由

中村文則さん

中村文則さん

近未来の架空の島国・R帝国を舞台にした、中村文則さんの小説『R帝国』。読売新聞夕刊で連載されていた当初から、話題作として注目されていた。それがついに単行本化され、さらに反響を呼んでいる。「作家として覚悟を持って書いた」という、今回の作品にかける思いや、物語が生まれるまでの話を聞いた。

小説にしか表現できない世界を作りたい

──今回の作品は、また新たな代表作になるのではないかと思える衝撃的な内容でした。

そうですね。自分でもそう思っています。ディストピア小説なんですが、資本主義で民主主義で経済大国でありながら、全体主義で独裁国家になってしまった国を書くとした時点で、政治的なことが含まれるので覚悟は必要でした。でも、小説ならではの魅力というのを常に考えていて、小説でしか得られないものを書きたいと思っていました。

──映画やドラマではできない、小説にしか書けない世界ということでしょうか?

はい。言葉の連続だけで人を惹きつけられるようなものを意識して、文章や文体を考えて書いています。通常の意味での小説より、さらに言葉の連続だけで成り立つ、言葉しかいらない世界の構築を自分なりに考えています。さらに読者のみなさんがどんどん物語に入っていけるようにしたい。加えて今回の小説は、この内容だったら映画でもテレビでも無理だろうなと思ってて。小説媒体じゃないと表現できないんじゃないでしょうか。「あ、大分ヤバいもの読んでるな」って思う人が多いと思います。以前の『教団X』にも同じような感覚を持った人が多いと思うんですが、今回は、あれ以上に踏み込んで書いていますので。

──政治や戦争など、かなり深く社会的な問題に切り込んでいますよね。今回このような内容で書こうと思ったのはどうしてですか?

それはやっぱり、現在が右傾化しているという危機感があるからです。フェイクニュースであるとか、メディアの委縮、ネット上の差別などがものすごく広がっているなかで、作家として何ができるだろうと考えて、こういう小説になりました。これ、映画化とかしようと思ったらかなり省略しないと無理だと思うんですよ。そういう意味でも、小説ならではの魅力を味わってもらえるんじゃないかと。

これだけいろいろなものが溢れているなかで、どうやったら小説を手に取ってもらえるかって考えたら、やっぱり小説でしか味わえない何かがないといけない、と。

無意識の領域から生まれ出る物語

──書いている最中に、詰まったり苦労されたりした部分はありますか?

全然なかったですね。自分が言いたいことだったので、どんどん出てきました。もともとは新聞連載だったんですけど、単行本にするにあたってさらに書き足して、広がっていきました。一気に最後まで書けたというか。

──いろいろな伏線があると思うんですが、最初に細かいプロットなどは用意されていたんですか?

妙な言い方になりますが、もう無意識で書いているんですよね。すごく集中して書いていました。ホテルに行って自主缶詰して。だから書いている時のことはあんまり記憶にないほどで、何気なく書いたことが実は何かの伏線だったと後から気がつくんです。つまり、無意識では全部考えているということなんです。そもそも、意識してコントロールして書いたものって人間の能力を超えないと思うんです。だけど、ものすごく集中して無意識の領域までいくと、いろんなアイディアが浮かんでくる。連載の時は、それを使って書きつつ、なんでこのシーンが浮かんだんだろう、俺この先どうするつもりなんだろうって思いながら発表してたんです。だけど、それが最後にはちゃんと伏線としてぴったり合うんですよね。こういうことが何年か前から続いています。それで全国紙で連載をするという、このふてぶてしさ(笑)。15年作家やってるとこれくらいふてぶてしくなるものなんですね。でも、アイディアに困るとか詰まるとかはないので可能なんです。

──それで伏線としていきるエピソードが出てきて、それがきちんと回収されるというのはすごいですね。矛盾することもなくまとまるというのは。

本当に。それを新聞連載でやってたんですからね、詰まったらどうするつもりだったんでしょうね(笑)。でも、前回の新聞連載の時もそうでした。最初に何気なく書いたホクロが最後になってすごく重要になってきたりして、自分でもびっくりするのですが、でもそれが必然なんです。

ただ、何を書くかは迷いませんけど、どう書くかはとても悩みます。これをどういう文章で表現したらいいんだろうってものすごく悩むし、一歩も進まない時もあります。言葉の選び方とかで悩んで。この小説全体で、10回は書き直していると思います。読みながら助詞を抜くとか、ここは「している」じゃなくて「してる」にしたほうが流れがいいかとか。ただ間違えると軽くなるのでバランスをどうするか気をつけて。表現は神経を使うことですね。ものすごく疲れます。

──リフレッシュ法はありますか?

散歩くらいですね。でも、散歩コースに都議選時の安部首相の選挙ポスターが、なぜかまだたくさん貼ってあるんですよ。しかも言葉が、「進める責任。東京を前へ。」言葉として意味不明で、気が休まらない(笑)。

あとは、だいたい書いてるか読んでるか、考えてるかですね。あ、でも、ご飯食べる時には、YouTube見てます。英語の勉強を兼ねて。日本で暮らしている外国人の方のものをよく観ます。小説がいろんな国で訳されるようになって、本のプロモーションや国際ブックフェスなどで呼ばれるので、英語が必要なんです。あとは、猫の動画ですね。癒される(笑)。

──生活の中心が小説というのはいつ頃からですか?

もうデビューからです。専業作家なので、人生や生活の中心が小説を書くことなんですよ。で、もう脳がそういう仕様に変わったんじゃないか、と。「小説脳」に。休みがないので、常に小説のことを考えていて、たぶんこのまま人生を終えていくんだと思うんです。だから小説を書くこと以外は全然ダメなんですけど。小説を書くことで困ったことはないですが、それ以外で困ったことはたくさんあります(笑)。

ノンフィクションでありながら、現実世界を意識させる

──物語を考える時には、シーンのようなものが映像として頭のなかに出てきて、それを文章にしていく感じですか?

いえ、言葉によって出てくるんです。単行本で書き足してはいますが、最初のイメージとしては、まず冒頭がありました。「朝、目が覚めると戦争が始まっていた」という一文で始まり、でも人々は特にそのことに驚いていない日常からです。そのシーンから、外に出ると移民がいる、電車に乗れば、全員がAIが搭載された携帯電話の画面を見ながらゲームなどをしている、という風に、シーンがシーンを呼ぶように、言葉が言葉を呼ぶように、繋がっていきます。そして地震か、と思い外を見たら、戦争の相手国ではない国の戦闘機と、ビルの合間に巨大な異物が立っている――という風に。前もって構築するのではなく、出てくるアイディアや言葉が、次のアイディアや言葉を自然と運んでくるように書いていきます。

──そういうフィクションの世界ではありつつ、ノンフィクションも織り交ぜているように感じたのですが。

そうです。ノンフィクションではないけれど、限りなく現実に近い事実関係をそのまま書いている部分はたくさんあります。携帯が喋るような近未来の話ですが、今を意識して書いているので、現実に起こっていることを読んでいるような気持ちになると思います。9.11や沖縄戦などの話が少し出てくるのも、作家としてあの歴史を書き、分析しなければならないということが一番ですが、それらを書くことで、小説の説得力が増すということもあります。ノンフィクションが、フィクションを補強していく効果です。

──取材にも行かれましたか?

沖縄にいきました。沖縄戦のことは、本を読んだだけの知識ではなく、現地の人がどう認識しているかということがいちばん大事だと思うので。多くの戦争跡地や記念館に行ってそこに書かれている言葉を読んだり、語り部さんが学校の生徒さんに話しているのを聞きに行ったり、そこにしか売っていないDVDを手に入れたりもしました。

──以前、犯罪者の心理などを描写する時、取材するのではなく、犯罪者の立場や気持ちがわかるから書けているとおっしゃっているのを拝見したのですが、今回はそういう気持ちから書かれた部分もあるのでしょうか?

登場人物は、今回は、栗原の内面の一部分は僕に近いと思います。加賀という悪の極致のような政治家も出てきますが、加賀については、自分の中にああいう部分はない。加賀の場合、こういう人物は好きではないですが、憑依して書くんですね。共感とは違って、分析というか。物事を見た時に、好きか嫌いかでもなく、共感できるかできないかでもなく、まず、なんでこうなったんだろうって現象をから見る。本を読んでも共感したかどうかよりも、どこまで深く書かれているかということの方が大事なんです。共感できたかどうかだけで本を読んでいたら、それはただ好き嫌いの取捨選択をしているだけで、自分の枠が広がらない。ただ、今この時代を生きにくいと感じている人たちに向けて書いているとは言えます。そもそも自分がそうですから。

──生きにくいと感じているのはいつからなんですか?

生まれた時からじゃないかな(笑)。小さい頃からですよ。高校くらいにパンクするんですけど、小説を読んで救われました。大学時代は楽しいことは楽しかったですけど、そこにはやっぱり本がたくさんありました。本がなかったらまずかったですね。どうなっていたかはわからないです。

本を読む時にも、登場人物にある意味憑依している。誰かに成り代わって、個人の生き方とか困難な状況にある誰かに感情移入する。そういう読書をしていれば想像力も増すので、立場の弱い人を攻撃する差別主義者には成り得ないと思います。

今、この時代だから書けた並行世界

──あとがきに「希望は捨てないように。」と書かれていましたが、この小説のなかには希望はないと思うんです。

いやいや(笑)。ありますよ。並行世界として読んでもらい、実際に現実の世界がいい方になれば、この小説のこれからもよくなりますという仕掛けをしています。

──今の世の中への問題提起という意識もあったんでしょうか?

このままだと恐ろしいことになると思っています。僕の感覚ですが、これまで生きてきて、こんなにも政治や世相がおかしくなっている状況はないと感じています。みんな忙しいし、なかなか社会の状況まで見れないのが生活というもので、人間は半径5メートルの幸せを求めるものですが、でもあまりにそこばかりを見ているといつのまにか時代が後戻りできなくなる状態になってしまうこともある。

実際、作家として小説に政治的なことを書いても何もメリットはない。もっとパーソナルなことの方が安全だし荒波も立たない。でも、僕はサルトル大江健三郎さんなどの世界の作家達の影響を受けているから、作家という職業をやっている以上、何も感じないのであればもちろんそのままでいいのですが、もし社会に危機を感じてしまったなら、それを書かなければ読者に対して誠実ではないのではないかと考えています。

歴史には、後戻りの効かなくなるノーリターンポイントがあり、そのポイントを過ぎると、もう何を言っても流れるように歴史が動き止められなくなる。言葉も、人の内面に届かなくなっていく。全体主義の空気はその性質上、後にあらゆる文化も抑圧するようになることは歴史が証明している。作家としては、そうなる前に抵抗することがむしろ自然だと思っています。

作家になって十五年ですが、実際、様々なことが書き難くなったり、言い難くなっていることを肌で感じます。僕はそれを振り払うように書いているので関係ないですが、昔はこうではなかった。今は徐々に危険な状態に入ってきていると感じています。

──ネタバレにならないようにと思いながらなんですが、最後に主人公の名前が変わるんですが、それがタイトルとリンクしているのは意図してのことですか?

それは一切考えてなかったです。すごいな。タイトルの意味は、実は「●●●●(ネタバレ!)」帝国の「R」なんですよ。名前は繋げて考えてなかったです。無意識でつけてましたね。小説脳ってこういうことかもしれない(笑)。


近未来のここではない世界でありながらも、今自分のまわりで起きている問題と思わずにはいられない物語。中村さんは、希望の少ない世界と言いつつも、希望を捨てずに共に生きようと呼びかけている。ここから何を感じ取り、どう動くか、私たちは試されているのかもしれないと感じる小説だ。ぜひ、最後に出てくる、くだんの名前を確認してほしい。

中村文則さん直筆POP

■書籍情報

『R帝国』

中央公論社 刊

<あらすじ>
舞台は、近未来の架空の島国・R帝国。ある日、矢崎はR帝国が隣国と戦争を始めたことを知る。だが、何かがおかしい。国家を支配する絶対的な存在”党”と、謎の組織「L」。やがて世界は、思わぬ方向へと暴走していく――。世界の真実を炙り出す驚愕の物語。

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中村文則(なかむら・ふみのり)

1977年、愛知県生まれ。福島大学卒業。2002年『銃』で新潮新人賞を受賞しデビュー。04年『遮光』で野間文芸新人賞、05年『土の中の子供』で芥川賞、10年『掏摸 スリ』で大江健三郎賞を受賞。『掏摸 スリ』の英訳が米紙ウォール・ストリート・ジャーナルの2012年年間ベスト10小説に選ばれる。14年、アメリカでデイビッド・グディス賞を受賞。16年『私の消滅』でドゥマゴ文学賞受賞。作品は世界各国で翻訳され、支持を集め続けている。

公式サイト

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アーティスト情報

中村文則

生年月日1977年9月2日(41歳)
星座おとめ座
出生地愛知県東海市

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