坂元裕二の小説『往復書簡 初恋と不倫』、秋こそ読むべき「東京ラブストーリー」「カルテット」テレビドラマ脚本の名手の新作

今年6月に発刊されて以来、ベストセラーとして愛されている坂元裕二さんの小説『往復書簡 初恋と不倫』。その名の通り、手紙とメールのやり取りだけで構成されている一冊だ。物語は二つ。「不帰(かえらず)の初恋、海老名SA」と「カラシニコフ不倫海峡」で、それはどちらも過去に朗読劇として上演されたものである。それが活字となって、何度も繰り返し読める形となったとして話題を呼んでいる。

手紙やメールの手法を取り入れた小説『往復書簡 初恋と不倫』

「不帰(かえらず)の初恋、海老名SA」は、クラス中から無視されていた男の子へ、一人の女の子が手紙を通してコミュニケーションを取ろうとする場面から始まる。その後、二人は離れることになり、成長したのちにまたメールのやり取りをするのだが、彼女の婚約者が高速バスの横転事故を起こして逃亡してしまい……という話。

「カラシニコフ不倫海峡」は、お互いの伴侶が不倫をしている男女のメールのやり取りによる一篇。地雷除去のボランティアでアフリカに行き、少年兵に撃たれて行方不明になった妻が実は生きていて、不倫をしている。その相手の妻からメールがきて、お互いの気持ちが少しずつ近づいていくが、それぞれの相手が帰国することになり……という話。

と、あらすじを書くとどちらも恋愛話のように感じるが、それだけではない。手紙やメールといった手法を通したコミュニケーションは、テンポよく進んだり、噛み合わないおかしさを生んだりしている。

言葉だけでは分かり合えないからこそ、会話から生まれるおもしろさがある

坂元さんのドラマ作品では、「手紙」がとても重要な役割を果たすことが多い。『Mother』では、主人公が誘拐した子供へ手紙を書く。それは、20歳になる時に読むものとして、自らの罪と未来への希望を綴る。『Woman』では、主人公の夫が事故に遭う前、面と向かって話せなかったこととして、自分の生い立ちをノートに記していた。『それでも、生きてゆく』の最後には、被害者の兄と加害者の妹が、それぞれを思いやって毎日のように手紙をしたため、『最高の離婚』では、主人公の一人が離婚して家を出る前に、夫への思いを書いたにもかかわらず、破り捨てる。『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』では、主人公の母からの手紙が恋の始まりを作り、亡くなった母への手紙が恋を続けるきっかけになった。書き出したらキリがないほどだ。それらは、時に相手に届けられることもあれば、書いた本人の手元で終わることもあって、私たちの心に槍のように刺さったり、ホッとさせる何かを残してくれた。

『往復書簡 初恋と不倫』では、ト書きはまったくなく、手紙やメールのやり取りのみで、登場人物たちの会話だけで成り立っている。以前、坂元さんは「会話」についてこう話している。

「書きたいのは『相容れない人間たちが何を話すか』ということに尽きるんですよね、僕の仕事は会話を書くことで、会話は他者とするから面白い」(※1)

他人のことは、わからない。もちろん、自分のことだってわからない。しかし、それを理解できないままで終わらせるのではなく、わかるために会話をする。それが時として、噛み合わずに笑いを生み出したり、わかり合えない悲しみを醸し出したりする。人間には、言葉だけでは伝えきれない思いや考えがあるからこそ、おもしろい。『往復書簡 初恋と不倫』はその会話の妙を最大限に生かした話のように思えてくる。

説明しすぎないことで登場人物の人間味を表現する

 会話だけでは、説明不足のように思えるかもしれない。それは、この本に限ったことではなく、坂元さんはドラマにおいても「説明しすぎること」を避け、余白を残して、受け手側に委ねてきた。決して説明不足ではないのだ。きちんと見ていれば、ちょっとした言葉や小さな動きでしっかり伝わってくるものがある。そして誰もが「自分だけがわかったかもしれない」という特別な気持ちを抱く。理解できた、とちょっと嬉しくなる。多数の人がそう感じ、さらに作品に魅了されていくのだ。坂元さんはこうも話している。

「作り込んで説明すると、人間味が減っていくんです。『その人たちが生きている姿の一部分を切り取っている』ことを見せるためには、説明するかしないかというより、余白が必要になってくる。わからないものを作りたいわけではなくて、本当に生きていると思える人物を描きたい。その人たちが、どこかで実際に生活しているんじゃないだろうかと想像できるものにしたい」(※2)

『往復書簡 初恋と不倫』に登場する主人公たちは、それぞれ少し特殊な環境に置かれているかもしれない。だが、人として見てみれば、周りにいそうな性格で、自分たちと変わらない言葉でやり取りしている。サービスエリアで食べるラーメンが好きだったり、逃亡している婚約者を探しながらも定食を食べ、そのおいしさをメールで伝えたりする。そこには生活があって、私たちの普段の暮らしと大差はない。だから惹きつけられ、どんどん読み進めていけるのだろう。

共感できるかどうかではなく、面白みのある人物を書く

坂元さんの作品の特徴としてあげられるのは「手紙」の他に、少し不器用で、生きづらそうな人が主人公ということもあるだろう。親に捨てられた子、加害者家族や被害者家族、夢を捨てきれずにいる男女……。「作り手のルールというのはひとつだけしかなくて、それは常に弱者の味方をしなくてはいけない」(※1)と話しつつ「『生きづらそうな人を描くね』『不器用な人を描くね』とよく言われるけれど、それを描こうとしているのではなく、一生懸命人と付き合おうと努力している人を描きたいと思っている」(※3)とも言う。

『往復書簡 初恋と不倫』でも、いじめにあったり、伴侶に裏切られたりしながらも、手紙やメールを通して一生懸命に気持ちを伝えようとしている。相手を救おうとしている。にもかかわらず、うまく言葉にできない思いがあるからこそ、相手と繋がりたいという気持ちの強さが伝わってくる。

そして、受け手側は、その姿を見て自分と照らし合わせて共感するというより、人と付き合おうと努力する行為から生まれる楽しさや悲しさ、おもしろさに魅了される。感情移入するのではなく、登場人物の人間らしさに心を動かさせるのだ。

「共感できるとかは関係なく、その人物が面白い人かどうかが大事なんです。(中略)他人の中に自分では絶対しないようなおかしな姿を見て笑ったり、なんだかよくわからないけど泣けたりするという描き方は、常に心掛けています」(※2)と言うように。

 『往復書簡 初恋と不倫』には、ドラマ作品との共通項のようなものもたくさんある。「緑のふちの封筒」や「三崎」「洋貴」という名前、ファミレスで食べるハンバーグ、観覧車や金槌、ボーダー……。深い意味はないだろうけれど、見つけると嬉しくなる。「ラーメン食べながらでいいんで」(「それでも、生きてゆく」より)読んでほしい。社会的な強いメッセージがあるわけでもなければ、トリックのあるミステリーでもなく、ロマンス溢れるラブストーリーでもない。それでも、話の続きが知りたくなってしまうし、読み続けていると、このシーンのためにたくさんの会話があったのかと思わされる。

「通ったことのない道を歩いている、どこに連れて行かれるのかわからない、迷ってしまった。それってわかるわからない以前に、面白いことでしょ? と思うんです」(※2)

こう話す坂元さんは、これからもきっと、通ったことのない道を歩き、見たことない世界を見せてくれるだろう。

(文:晴山香織)

■書籍情報

『往復書簡 初恋と不倫』

リトルモアブックス 刊
著者/坂元裕二
定価/本体価格1600円(税別)

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参考文献
ユリイカ 2012年5月号(青土社)
2熱風 2017年6月号(スタジオジブリ)
是枝裕和対談集 世界といまを考える1(PHP文庫)

坂元裕二(さかもと・ゆうじ)

脚本家。主なテレビドラマ作品に、フジテレビ系「東京ラブストーリー」「わたしたちの教科書」(第26回向田邦子賞)「それでも、生きてゆく」(芸術選奨新人賞)「最高の離婚」(日本民間放送連盟賞最優秀賞)「問題のあるレストラン」「いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう」、日本テレビ系「Mother」(第19回橋田賞)「Woman」(日本民間放送連盟賞最優秀賞)、WOWOW「モザイクジャパン」、TBS系「カルテット」など。

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アーティスト情報

坂元裕二

生年月日1967年5月12日(51歳)
星座おうし座
出生地大阪府

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