直木賞『銀河鉄道の父』門井慶喜インタビュー「親子、家族の話だからこそ、現代の人にも伝わる何かがある」

『銀河鉄道の父』(門井慶喜 著、講談社 刊)

銀河鉄道の父』(門井慶喜 著、講談社 刊)

雨ニモマケズ』や『風の又三郎』など、多くの作品を生み出した宮沢賢治。その賢治も人の子であり、当然、父親がいた。第158回直木賞を受賞した『銀河鉄道の父』(講談社 刊)は、賢治に寄り添い、時に突き放し、それでもなお最後まで向き合い続けた父、政次郎の物語だ。著者の門井慶喜さんに、今作についての思いを聞いた。

「好きだから書きたい」というよりも「書かなければならない」という使命

――今回、宮沢賢治の父、政次郎さんを主人公にするきっかけは、お子さんのために買った学習漫画だったとお聞きしました。

はい。3人の息子がいるんですが、読めと言って渡したのではなく、買って置いていたんです。宮澤賢治の学習漫画を自分でも読んでみたところ、ちょっとだけ出てくる政次郎さんが、その本に書かれている以上に立派な人物である、人として魅力的であると感じたんです。もちろん欠点もあるけれど、それも含めて魅力があって、その魅力が現代の我々からみてよくわかる性質のものだったんです。

門井慶喜さん

門井慶喜さん

――具体的にどのようなエピソードだったのでしょうか。また、小説として書きたいと思わせる魅力をどこに感じたのでしょうか?

賢治が赤痢にかかって、それを看病する話ですね。明治時代の父であり、家長である人が、伝染病患者の看病をするということが、意外だったんです。そういうことをする人が明治時代にいたのか、と。賢治に対する愛情も感じましたし、ちょっとタガが外れたような(笑)部分に魅力を感じたんです。そもそも、質屋経営でお金持ちだったから入院もさせられたんでしょうし、自分で看病してもお店は大丈夫だったんでしょうが。そういう宮沢家の経済事情もよくわかるエピソードだな、と思いました。

――そこから政次郎さんについて調べていったんですね。

はい、漫画でエピソードを知って、小説になるんじゃないかと思って。そのつもりで調べてみると、政次郎さんに関する本はない。過去の作家は誰も書いていないし、評伝や学術書、郷土史と、僕の調べた限りでは一冊もない。これは誰かが書かなくちゃいけない人だ、誰が書くか?となったら、僕だ、と思ったんです。

――「書かなければいけない」という気持ちは、過去のどの作品にもあるものですか?

はい、どの作品にもありますし、文章に対しても持っている気持ちです。文章は書きたくて書いてるというものではないんです。ましてや好きだから書くというのはよくわからない。僕は、対象があって、そこに魅力を感じた、それについて読者は知らないより知った方が得だと思う、ならば、伝えるのは誰かと考えた時に一種の義務感が生まれるんですね。

――伝えて広めたいというお気持ちなんでしょうか?

うーん、読者の役に立ちたいという感じでしょうか。読者に提示したい。読まないよりも読んだ方が得ですから、という気持ちです。単純に面白いと思うだけでもいいし、そこから興味の幅が広がるのでも嬉しいですし、有益な知識かもしれないし、歴史認識になるかもしれないし、現代を見るヒントになるかもしれない。そうなると「好きで書いています」という姿勢は、読者に対して誠実ではない気がするんですね。

――そういうお気持ちから史実をきちんと伝えようとお調べになったかと思うのですが、今回、資料が少ないなかでどのように書き進めていったのでしょうか?

まず基本は、政次郎さんという人物を書こうと思ったので、政次郎さん自身の資料を調べたんですが、ない、と。ということは、あちこちから拾い集めてくるしかないわけですね。幸いにも賢治の資料はたくさんありますし、同時代の人がいろんな証言を残しているんです。「子どもの頃、宮沢さんの家に遊びに行きました、そしたらお父さんが座っていらして、賢治さんに何かをおっしゃって」というようなことがちょこちょこっと出てくるので、それをひたすら集めていきました。砂金を集めるようなことなんですけど。

――すごく地道な作業ですし、時系列を整理するのも難しそうです。

そうなんです、地道でした。皆さんの記憶や回想には、時系列があるようでないですから。「あれは賢治さんが子供の頃」と書いてあっても、子供って何歳くらいの頃なんだ、せめて学校上がってるかどうか教えてくれ!となります(笑)。整理するためには年表を作るんです。すべての歴史小説を書くときに年表を書いてきたんですが、今回も作りました。ただ、ごくごく大雑把なものですね。あんまり細かい年表を書きすぎると満足しちゃって、本文を書く気がなくなってしまいますから(笑)。

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書いている事象は過去でも、テーマは現在のこと

――今までにも、歴史上の人物を書かれてきましたが、宮沢政次郎という人を含めて、門井先生が書きたいと思える人物とは、どういう人でしょうか?

現代の私たちにとって切実なテーマがある人、あるいはそのテーマを語ることができる人、です。歴史には興味はあるんですが、過去には興味ないんです。一回しか起こらなかったことをいちいち気にしてもしょうがないじゃないですか(笑)。ただ、そのなかに2回目が起こりうる、現代の我々にも起こりうる、特に心理の面で起こりうる場合があります。現代の僕が書くに値する、あるいは、もっと言えば現代の読者が読むに値すると感じた時に、おそらく僕は書かなければいけないと感じるんだと思うんですね。

――今まで書かれてきた人物と政次郎さんとでは、違いや難しさはありましたか?

政次郎さんが今まで僕が書いてきた人物と大きく違う点は、僕自身の個人的というか私的な状況に近いということですね。

――それは父親であるということでしょうか?

そうですね。ただ途中から賢治が成長すると、賢治自身が僕の状況に近くなっていきました。僕の実家でも商売をやっていましたが、それを継がずに売れない原稿をせっせと書いていたという状況は、まさに賢治と同じですから。政次郎さんも賢治も、僕自身の状況に近い人間という点では今までの作品と大きく違います。家康なんて最も遠い人物ですよね、お城は作れません(笑)。

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――自分自身に近い人物を書くというのは、苦しいこともあったのではないでしょうか?

書きづらかったですね。でも、我々にとっての普遍的で切実な問題、父とは何か、子供とは何か、あるいは、親子とは何かというテーマがそこにあったので書けたんだと思います。本当を言えば、一番大切なのは親子の話だということです。誤解を招く言い方かもしれませんが、そこを語ることができなかったら、政次郎さんや賢治を書く意味はないと思います。そういう点では、扱うテーマは現代だと思ってます。

逆に、書かないと決めていたのは、賢治の文学論です。賢治文学の解釈とか、そういう本は世の中にいっぱいあるからです。それに書き始めるとキリがないですからね。全10巻になって講談社に怒られてしまいますから。したがってこの作品を書くための資料としては賢治の作品は一冊も買ってません。資料として歴史的事実としてさっき申し上げたような証言の類だけを集めたんですね。それでもすごい量でしたが。

――親子の関係を描いているからこそ、政次郎さんや賢治の気持ちは今の人たちにとっても共感できる部分が多いのではないかと思います。二人の気持ちがすごく細かく丁寧に書かれていると感じました。

書く前から政次郎さんが賢治に対して大きな愛情を持っていたのはわかっていました。それに、賢治は社会人としてどうかという部分もあった人なので、厳しくもしなければならない。政次郎さんが、息子への愛情と厳しさと、両方の心理のはざまで揺れ動いているということも書く前からわかっていたことです。そういう人物像として作っておきながら、史実を調べ、その時々の出来事に関する気持ちは、その場その場で想像しながら書いていきました。

門井慶喜さん

――賢治の言動や状況に、政次郎さん自身が迷ったり悩んだりしている姿は、どんな状況の親や子が読んでも、どこかしらにハッとさせられる部分があるのではないかと思いました。

そういっていただけると嬉しいです。というのも、題材は父と息子ではありますが、なるべく内容は普遍的であるよう、性別は関係なく親と子というものの心理を扱おうと思っていたので。親子関係は我々誰もが悩むというか、みんな誰かの子供ですから、誰しも通る道ではありますしね。

――ただ、賢治は親よりも先に亡くなるわけですが、子を亡くした親の気持ちを書くのは難しいことでは?

そうですね。僕自身、父親は亡くしていますが、子供は元気ですので、政次郎さんの状況とは違います。ただ、今つくづく思うのは、家族関係、親子関係を考えてみると、家族って必ずバラバラになるものだと感じているんです。

――子供が成長して巣立つという意味ですか?

親が先に亡くなるか、子が独立して外に出るか、という状況は来ると思うんです。そう考えると家庭というものは、必ずしもハッピーエンドにはならない。離れ離れになるのは当たり前だ、と。どうやら、僕には、親子や家族に対してそういう基本認識があるらしいんです。だからこそ、子どもを亡くした政次郎さんの気持ちを書き得たのかもしれませんね。

美しいだけではない、人間や親子の根底にある思いを描く

――すごいなと思ったのは、妹であるトシが亡くなったことを賢治が詩にしたことに対しての、父親の怒りの表現でした。

僕は第三者ですし、家族じゃないから、「永訣の朝」を読んだら美しいなと思うんです。でも、実際に父親から見たら、政次郎さんには子供が5人いて、絶対に区別はしないと思うんです。長男だからという気持ちはあっても、愛情は等しい。トシだって一つの命を持って生まれてきたわけで、それが尽きた時、明らかに賢治がそれを一種の出世の道具にした。そういう賢治の気持ちは、親という立場だからこそ、すごく見えやすいんだと思うんですね。父親にとっては命の冒涜であると思ったんです。

「永訣の朝」を収録した『新編 宮沢賢治詩集』(新潮社 刊)

「永訣の朝」を収録した『新編 宮沢賢治詩集』(新潮社 刊)

――それは、門井先生自身が父親でもあるから、想像できたからこその描写なのでしょうか。

そうだと思います。賢治から見たら美しい兄弟愛でしかないですから。父の視点だからこそだと思います。父が息子や娘を見る目は僕の生活によるところが大きいと思います。

――美しいだけではないというのは、一冊を通してすごく伝わってきました。親子や家族には、愛情と憎悪とどちらもある、と。

それは意識して書いていたことです。親子の話というのは、ましてや子供が先に死んでしまうと、きれいな話にするのは簡単なんですね。死んでしまった、かわいそう、いい子だった、と。でも、そうじゃないじゃないですか。立派なだけの親なんていないし、かわいいだけの子供なんて一人もいない。それは当然の人間関係だと思うので、そういうものである以上、きちんと書こうと思いました。その部分を書くことでこの作品が濁るとしたら、それは我々人間みんなの濁りなんだと覚悟して書きました。

――政次郎さんに共感した部分はありましたか?

共感というのは難しいですが、賢治も合わせてこの二人を見て尊敬するなと思うのは、悩んでもそれを表に出すことです。カッコつけて逃げない。宗教論争の話が典型的かもしれないと思うんですが、父親は法華経が大好きだから、自分は日蓮宗を勉強するっていう賢治って甘ったれじゃないですか。でも彼はそれを隠さない。本人も自覚してるんだと思うんですけど、平気で父親に論争をふっかける。父親もまだまだ青いなと思いながら、相手にしなきゃいいのに、本気で言い返している。二人とも、そういう感情を少なくとも家庭内では表に出して恥ずかしいと思わなかった。そこは尊敬していることですね。ただ、家庭の平穏のためには見習うべきだとは思いませんが(笑)。


政次郎という父親を描くことで、今までとは違った賢治像も見えてくる。ただ立派で美しいだけの人ではない。失敗もすれば、迷うこともあり、肉親の死を創作の糧にもする。そんな賢治の姿を書くにあたり、門井さんは岩手の人々に手を合わせて謝ろうと思っていたと話す。賢治を愛し、大切に思う地元の人々にとっては意にそぐわない内容かもしれないから、と。ただ、それでも、書かなければならない、伝えなければならないと覚悟し、この作品が生まれた。その強い意志は、しっかりと確実に届いているはずだ。岩手県内の書店では売り切れが続出しているというのが、何よりの証拠なのだから。

■書籍情報

銀河鉄道の父

門井慶喜 著、講談社 刊

<あらすじ>

宮沢賢治は祖父の代から続く富裕な質屋に生まれた。家を継ぐべき長男だったが、賢治は学問の道を進み、理想を求め、創作に情熱を注いだ。勤勉、優秀な商人であり、地元の熱心な篤志家でもあった父・政次郎は、この息子にどう接するべきか、苦悩した―。生涯夢を追い続けた賢治と、父でありすぎた父政次郎との対立と慈愛の月日。

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門井慶喜(かどい・よしのぶ)

1971年群馬県生まれ。同志社大学文学部卒業。2003年、オール讀物推理小説新人賞を「キッドナッパーズ」で受賞しデビュー。2015年に『東京帝大叡古教授』が第153回直木賞候補、2016年に『家康、江戸を建てる』が第155回直木賞候補となる。2016年に『マジカル・ヒストリー・ツアー ミステリと美術で読む近代』で日本推理作家協会賞(評論その他の部門)、同年咲くやこの花賞(文芸その他部門)を受賞。他の著書に『パラドックス実践 雄弁学園の教師たち』『屋根をかける人』『ゆけ、おりょう』、共著『決戦! 新選組』、初のエッセイ集『にっぽんの履歴書』などがある。

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門井慶喜

生年月日1971年11月2日(48歳)
星座さそり座
出生地群馬県

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宮沢賢治

生年月日1896年8月27日(37歳)
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出生地岩手県花巻市豊沢町

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